06-05-04:高嶺の花

 目的の霊草薬草はヴォルカニア火山中腹を探索することで得ることが出来る。また敵対する者もドラゴンを除き存在せず、それすら血の匂いを嗅ぎつけて近寄ろうとはしない。


 またしても平和な時が訪れ、採集ははかどりにはかどった。特に食べられることもなく残された薬草類が取り放題なのだ。とりわけシオンなど目をキラキラとさせて、


「ステラさんステラさん! キノコが! 山のようなキノコが!!」


 と見た目通りにはしゃいでいた。その笑顔の何万分の1でいいからこっちに向けてほしいものだ。思うだけならタダなので、ステラは優しく微笑み返すにとどまっている。


「しかし不思議だな、こんな高山地帯にキノコが生えるとは」

「言われてみればそうですね。暗がりも少なく、湿気も少ないはずなんですが」


 これにキョトンとステラが首を傾げた。


「いや、湿気は意外と高いぞ? 多少肌がベタつく感覚があるぐらいだ」

「そうですか? ……たしかにそのような気もしますが、霧が出ているわけでもないですし。いや、少し蒸し暑いでしょうか?」

「蒸し暑い? それに湿気……ってもしかして?」


 その一言でステラはぽんと手を打った。


「温泉! 温泉が近くにあるとかはないか?」

「オンセンというと、無限に湯が湧き出るというあれですか」

「そう、アレだ。少し待て、源泉の位置を割り出してみよう」


 そう言うとステラは目を閉じてくんくんと臭いを嗅ぐ。ツンとつく硫黄の匂いに、彼女がニヤリと笑顔を浮かべた。


「火山故かと思っていたが、微かに指向性のある硫黄臭が付近から漂ってくる。こっちだ、ついてきたまえよ」


 わくわくと歩くステラに、シオンが一応の警戒をしつつ付いていく。いくら魔物が居ないからと言って、無警戒で歩けるほどシオンは図太くないのだ。


 しばらく歩いていくと一層むせ返る暑い場所に出た。そこには他と比べ物にならないほど様々な草花が覆い茂っている。その中央付近でステラがしゃがみ込み、地面に手を当ててにんまりと笑顔を浮かべた。


「……うん、ここだな。この地下に水の流れ……いや、湯の流れがある」

「相変わらずというかなんというか。井戸掘りに便利そうですねえ」

「いや、今回は匂いを頼りにしただけなんだが……あれ、でも雨って独特の匂いがするし行けるのか?」

「しかしここは温室のような場所ですね。手入れさえすれば見事な庭園になるでしょう」


 シオンの言を証明するように、この周辺は砂利地にもかかわらず草花が多く咲き誇る。植物が成長しやすい環境ができている証明だ。


「これは源流とでも言うべきものだがな。これを伝っていけば、地下水のたまり場に出るだろう。そこからパイプを伸ばせば温泉が引けるかもしれん」

「へえ、使えれば便利ですね。湯はそれだけで価値がありますからね」

「うむ。温玉も作り放題だ! もちろん下水の整備も必要になるが、グルトン君に教えてあげねば」

「ああ、彼は温泉宿の経営が夢でしたもんね」


 懐かしいというほど昔のことではないが、きっかけとなった戦いは酷かったなと思い返す。ただ結果として彼等は探索者ハンターとして目を覚まし、最終的には生き残れたのだから運が良かったと言うべきか。


 ステラと直接関わりを持った者は、やはり幸運に恵まれるようだとシオンは再確認した。


「帰りは源泉を追いつつゆったり帰るとしよっか」

「――ああ、なら少し待ってもらえます?」

「え、うん? わかった」


 山中にある花園で、シオンがキョロキョロと周囲を見回しお目当てのものを採取していく。彼は紫のサルビアに似た花、ローザインを集めているようだ。特に薬効はないただの花であるのだが、探索者ハンターギルドの資料室を調べればよく名前を見かける植物の1つである。


 シオンはいくつかの花を括り束にすると満足気な足取りで此方に戻ってきた。


「はい、此方をどうぞ」

「シオンくん……」


 差し出されたのは花束のプレゼントである。だがステラの表情は嬉しいやら悲しいやらやらと難しい面持ちをしていた。


 純粋にプレゼントは嬉しい。特に花束などと思いつつ、実際渡されるととても嬉しくなるものだ。心がふわりと跳ねて浮かび、香る花が身に染み渡って軽くなる。


 だが花束がローザインとなれば話は別だ。


「よいしょ」


 ステラは花をムッシャリとちぎり取り、花弁の根本を口元へ持っていき『ちゅぴり』と吸いとった。それはもう思いっきり吸ってやった。同時にふわっと花の香に混じって優しい甘みが口の中に流れ込んでくる。


「……あまいね」

「そうですね」


 そう、ローザインは探索者ハンター達が共有するトップ3にランクインする、なのである。現にシオンの手にもくくられたローザインの花束が握られ、つぴつぴと蜜を吸っている。


「美味しいですか?」

「うめえっす」

「それはよかった」


 たしかに良かった。ローザインの蜜はステラも好きなおやつの1つである。ひとつであるのだが……。


(そうじゃあねえんだよシオンくん……嬉しいけどな?!)


 こう、ちゃんと心をこめたプレゼント的なプレゼントが欲しかった。だが蜜は美味い。美味いので怒るに怒れない。一体どうしたものか……とりあえずは。


「ちゅぴー」

「ちゅぴー」


 嬉し悲しやステラは蜜をものすごい勢いで吸いつつ、下山の途につくのであった。

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