06-02-04:宿と街並み

 たらふく、それはもう流星のごとくハンバーグした2人は店を後にした。結局グルトンの姿は見えなかったが、彼とて修行中の身……店の賑わいを見る限りでは顔を出す余裕もなさそうだ。


 ただ、チャルタを見る限り少なくとも元気でやっていることであろう。


「はー、しかしなんだな。マジで居なかったね」

「居ないって、誰がです?」

「人じゃないよ、猫だ。猫が居ないんだ、この街には」

「そういえばそんな事を聞いたような……」


 シオンが言われて目を配るが、確かにそれらしい影は見当たらない。ましてや彼より視界に優れる、かつニャンコマイスターのステラが言うのであれば本当に影も形もないのだろう。


「ちょっと異常だと思わないか? 街にいけば猫の1匹や2匹確実に見かけるはずだ」

「たしかに……何時もなら自然とすり寄ってきますもんね」

「そうなんだよ。街に来てからまだ時は浅いとはいえ、1匹も撫でてないってちょっとおかしすぎる。猫たちは何処に行ってしまったんだ?」


 うーんと首をかしげるステラは心配そうに周囲を見回すも、やはり隠れているような仔は居ないようだ。


「やはりこの街の不可思議さに影響しているのでしょうか?」

「可能性は充分あるだろうな……できればこの街の猫王か猫皇に話を聞きたいところだが……」


 ステラはやれやれと肩をすくめた。


「流石にしもべの猫たちが居ないんじゃ、何処に居るか分からないよ。下手すると彼らすら居ない可能性もあるが」

「ステラさんにも出来ないことは有るんですねぇ」

「そりゃあるさ。ステラさんはお役立ち魔法使いまほうつかいだけど、限界ってものはあるのだ」

「うーん、多少なり期待していたんですが、今回に限っては普段どおり情報収集しないとですかねぇ」

「そうだね、今までが好調すぎたと考えることにしよう……。とりあえず宿を決めたら、それぞれで話を聞いてみようよ。ヴァグンさんが紹介してくれたところが良いんじゃないかな」

「ですね。まずは拠点を作らないと」


 頷き合う2人は、紹介された看板を目指して宿を探しだした。



◇◇◇



 宿を探す中でまたもや2人は驚愕に襲われ、また同時に途方に暮れていた。


「……宿屋、ほとんどやってなかったな」

「そうですね……」


 ヴァグンが紹介してくれた店は営業していたのだが、それ以外はほとんどが閉まっている状態だ。まるで客が来ないことを想定したかのように営業していない。


「なんだろうな、この違和感。まるであらゆる外来者を排斥して閉じこもろうとしているようだ」

「ああ、言い得て妙ですがそのとおりですね。ギルドが機能していない。宿屋が機能していない。でも街は活性して、流通も滞り無く行われている……確か、前に『サコク』という政策をステラさんが言っていましたよね。そのような印象を受けます」

「鎖国か! たしかにそうかも……」


 うむとうなるステラは腕を組み考える。鎖国、鎖国と繰り返し、ツギハギの記憶から必要なキーをピックアップしていく。


「鎖国が実際に行われた背景は様々あるが……まあここでそれを語っても意味はない。重要なのは『他者の排斥』を行っている事実であり、それが何故行われているかだな」

「しかし宿屋の方に普通に受け入れられたことから、を意図的に排斥しているわけではなさそうです」

「それな。フツーに出迎えてくれたよな……ということは、ヴルカンについて聞くべき噂を聞き逃している可能性が高いな」

「ありえない話ではない……というより確実にそうでしょうね。街の人にとっては既に当たり前になっているから、話にも上がらないのでしょう」


 ここでシオンがステラを見上げ、手をひらりと揺らす。


「その上で何故ファレノプシは『観光』を勧めたのでしょうか?」

「観光客の受け入れ体制ができていない癖に、製品……土産物はガンガン作ってたよね。観光には良いかも知れないが、持て成そうとしていないものなぁ」

「ヴルカンは王都ではないですが比肩する大都市です。少なくとも観光するものが少なからず居てもおかしくないですし……そもそも探索者ハンターが居ないというのもおかしな話です」

「我々を除いたらごく少数じゃないか? ついさっき商隊で一緒になったドワーフの探索者ハンターさん達ぐらいだったりして……」

「更に猫の件、これも気になります。ステラさんは猫神シストゥーラ様のお気に入りですから、猫がすり寄ってこない訳がない」

「それな。ほんと居ないのおかしい……まさか鍋にして食べちゃったなんてこともあるまいし」


 事実レニングラードの例に拠るように、飢饉によって猫を食用とした歴史は在る。しかしながらこのヴルカンは戦争状態ではなく、ましてや飢饉に陥っているわけではない。


「食料は行き届いているようですから在りえません……そう、この街は全くもって矛盾しています。この意味をまず掴まないと前に進めないでしょう」

「うーん、なんかきな臭くなってきたなぁ……」

「確かに……」


 ヴルカンという街は機能している……だが全てではない。まるで臓器に癌を患ったかのように機能しない部分が多数ある。


 ひとつひとつの意味を掴み、原因を知らねばならないだろう。


「うーん、猫たちに聞ければ早かったんだがなぁ」

「今回ばかりは通常通り聞き込みをしてみましょう」

「そうだね……それで、えっと、その、聞き込みはっさ~……」


 少し甘えた猫なで声をあげれば、シオンは見事に応えてみせた。


「ええ分担しましょう。多少なら1人で任せても問題なさそうですしね」

「うっ、うんそうだよね。ハイ……じゃあ夕方にまた」

「はい、夕方にまた」


 若干肩を落とすステラは、気を取り直して踵を返し、シオンと別れて聞き込みを開始するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る