06-01-03:ナイト&メイルズ

  嵐がさった夜、商隊は細やかながら宴の時間をとった。激戦を超えた戦士たちを讃え、お互いに褒めあう時間が必要だと商隊の主、シュタールが声を上げたのだ。これには誰もが納得し――むしろ酒が飲めると喜び勇んで――拳を掲げた次第である。馬車の周囲の篝火をそれぞれ囲んで、酒盛りの最中だ。


 中でもアルマドゥラのお気に入りのシオンなど対面2人で話し合いになるなど気まずいことになっていた。酔っているのか居ないのか、バンバンと背を叩かれて痛そうにしながらカップを傾けている。


「ガハハハハ! 良い戦であったのう! おヌシもそう思うであろう? のう、のう!」

「痛いです、痛いです……」

「ガハハハ! ガハハハハ!」

『すまぬ童。此奴阿呆じゃからちょっとだけ我慢して』

「えぇぇ……」


 そんな光景をドワーフの男たちが笑い合って円陣を組んでいる。他種族などシオンとステラの2人だけしかいないひどく濃い空間である。

 しかし何故この様に和やかなのか。ドワーフ達にとってエール程度の酒など水に等しいことも有るが、それ以上にヴォーパル・ファレノプシが貼る魔除けの結界が張られていることがあがる。


 さらにあれ程の大移動があった後だ。残っている魔物も殆ど居ないため警戒も厳としなくてよい事があった。なおステラも協力しているため、ほぼ完璧に近い構成となっていた。


 それはそれとして鎧の上からというのに、アルマドゥラの掌撃はいちいちシオンの肺から空気を奪い取っていた。


「ああもう、どんな怪力ですか」

「だから現役というておろう!」

「現役なら加減を知ってください……」

『童の言う通りじゃ。また腰をやっても妾知らぬからな』

「その時は治してくれれば良かろう」


 これに背負われた翠の特大斧剣はとても、とても嫌そうに輝いた。


『嫌じゃよ妾。っていうか知ってる? 妾V.O.R.P.A.Lっていう霊験あらたかな由来有る神剣なんじゃけど。しかもNo.03じゃよ? 知ってる? ねぇねぇしってる??』

「なにをいうておる、ファルはファルじゃろうが?」


 キョトンと首を傾げるドワーフ老にずんと闇を増したように翠が輝く。瞬間、シオンは我弁えたりと1歩物理的に身を引いた。


『わかった。パンデラにチクって置くからの。孫娘に叱られるが良いわ、盛大にのう!』

「うえええええそれは辞めよ! それは辞めよ! ダメじゃろうそれは!!」

『いい機会じゃ。珠には灸を据えねばのう。あーあ、じいじーがきーらわーれるー!』

「ウォオオオオ!!」


 ドシャァとアルマドゥラは崩れ落ち、特大斧剣の柄がシオンがさっきまで居た場所を勢いよく薙いで地を削る。ギリギリかすらない位置に居たシオンに被害は無く、のほほんと杯のエールをあおった。少し甘いエールははちみつが混ぜられているようだ。


「仲いいですね」

『それなりに長いでな。しかし童、御主なかなかやるのう。起こる前に見極めるか……然り然り、面白い』

「まぁ良くあるシチュエーションですので」


 若干疲れたようなセリフに一瞬驚いたファレノプシは、一瞬シオンと己の姿を重ねた。片方はハーフエルフ、片方はヴォーパルの剣。形もあり方も違えど……分かるのだ。


 同じ精神的に苦労する派おともだちだと直感したのである。


『すまぬ、妾が悪かった。童、御主ホント苦労してるんじゃな。うん、わかる。わかるぞ……いや、そもそもしていないほうがおかしいのじゃが。これは妾もしくじったか、カカカ』

「まぁはい……所で話は変わるのですが、イフェイオンとそのコーシン? をしてほしいのですが」


 シオンが胸元から六花結晶、イフェイオンの本体を取り出す。秘密を晒して良いのかと言われればダメに決っているのだが……今まさに崩れ落ちているアルマドゥラが一見看破し盛大に暴露してしまっていた。


 もちろん商隊のドワーフ達全員の知るところである。


 だがこれにファレノプシが激昂したたため、空気を読んだ全員が知らないことにした。王の馬鹿より手綱を握るファレノプシである。そもそも彼女自信から『漏れたら皆殺し故のう』とお言葉を賜っている。たしかに情報は金になるが……この場合沈黙こそが金だ。そのあたり探索者ハンターという者は弁えている。


『ごきげんよう、ファレノプシ。では――』

『ああ待て。それなんじゃが……すまぬ、

『――理由の開示を求めます』


 重苦しい空気の中、カカカと笑うファレノプシは軽快に語り始めた。


『のう、イフェイオン。わが姉にして幼子よ。イェニスターとルドベキアには、もう会ったのだな?』

『肯定。既にラインは確認できています』

『その時に何か命題タスクを課されたのであろ? であれば妾も等しく課さねばならぬのが道理である』

『否定。それは理由になっていません』

『カカカ、左様左様。理由でも理屈でもない……これはじゃからな』

『疑問。我儘とはどういうことですか?』


『それも含めて従騎士エスクワイアシオン、及びイフェイオンに命題タスクを課す。我らが火宮都市サラマンディアを見よ、ヴルカンの街を知れ……これを成すのだ』


 これに身構えていたシオンがキョトンとして首を傾げた。


「街を知れ……ですか?」

『難しく考えることはないぞえ? つまりということじゃからな』

「観光ですって?」


『――理解不能。ファレノプシ、自己定義の修正を推奨します』

『ウーム、わかってはおったが頭固いのう姉上……もっと柔軟に対応せぬからというのに。まぁ妾が言えた義理ではないが……』

『疑問。何を言っているのか理解不能です』

『マジそういうとこじゃよ姉上。解ってる? わかってる? ああ答えはいらんよ解ってないのが分かっておるから』

『理解不能です』


 一見すれば姉妹喧嘩の中、シオンがおずおずと手を上げた。


「えー、と……とりあえず観光すれば宜しいのです?」

『うむ! 妾と、この阿呆の街を見てゆけ。時が来たれば疎通処理はしておく故な』

「時が来たればとは……」

『言わせるでないわ恥ずかしい……』

「あー」


 恥ずかしいことなのか……シオンは警戒した。ステラと長く付き合う彼はこの手のぼかした言葉の裏に、何か重大な事件が潜んでいることを理解している。概ねステラがしっちゃかめっちゃかにするたぐいのものであり、恐るべき困難への前触れである。また同じ苦労人属性なのでそういった細かいニュアンスが、アイコンタクトレベルで出来てしまうがゆえの直感であった。


 ただステラが此処に居れば『厨二病乙』と返したであろうが。


『童よ。そなた探索者ハンターであろ? であれば探索者ハンターらしく逗留してくれれば良い。妾の望みはそれだけよ』

「承知しました」

『うむうむ、物分りのよい童よな。妾、好きじゃよ? すきじゃよ?』


 どこか母のように慈愛を持って響く声に、シオンはどこか亡き母が語りかけてくれたような幻視を得た。どうやらファレノプシはとても面倒見の良い性格のようだ。


『さて、あとは……これおおうつけアルマドゥラ! 何時まで落ち込んでおる! 轡を共にした戦士を接待せぬか!』

「ヴォオオオ、パンデラーー、じいじを嫌わぬでくれぇぇ~~……」


 ……何とも言えない沈黙に、篝火がぱちりと弾けた。


『すまぬ童。此奴阿呆じゃからちょっとだけ我慢して……』

「ああはい、お互い苦労しますね……」

『マジそれの……』


 なんとなく意思が通じて、1人と1本はクスクスと笑いあった。

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