06-01-02:ハック&スラッシュ

 商品を満載にした10数台の馬車が縦列をなし、戦塵覆われた街道に立ち尽くしている。響き渡る剣戟の音は辛うじてこちら側の優勢を知らせ、苦境にあってなお勇気を以て戦う者達の存在を示した。


 商隊を護衛するのは探索者ハンターを初めとしたドワーフの戦士たち。突如進行方向から現れた魔物の大群に対し、孤軍でありながら獅子奮迅の働きをしていた。


 その一角で剣を振るうシオンは、車列に迫る魔物のみを的確に処理する。ただし始末するのは必ず一振りで屠れる者のみ。捉えきれない大物は傍らで奇怪な特大斧剣ふけんを振り回すドワーフの老戦士が見事に割断していく。彼がシオンを見出したドワーフの戦士にして、商隊の主のドワーフ老である。


「ちぃ、きりがないのう!!」

「そうですっ、ねっ!」


 シオンの得物、頑健のロングソードも先程から血の乾きを知らない。襲いかかる魔物は多種多様、ゴブリンに始まりフォレストウルフ、オークにオーガときて、時折サイクロプスも目についた。


 とても対抗できない魔物の姿すらちらつき、通常なら全滅も結末の1つに数えられただろう。然しこの場を守り、嵐を去切り抜けるのはただの探索者ハンターではない。


「ッ――援護来るぞぉおおお!!」

「下がれ下がれ! 巻き込まれては堪らん!!」


 何れかのともがらの叫びが辛うじて耳に届く頃、無数の魔法が乱戦区画の側へ降り注ぎ炸裂した。前衛で戦う者を的確に避けて放たれた暴威は、砂塵に血の匂いを染み込ませて踊りあげる。さらに飛散した石塊がぶちあたり、使用した人数にしては驚くべき破壊力を狂乱状態の魔物たちへ知らしめる。


 悲鳴、怒号、咆哮。閃光は様々な音を引き出した。


 だがそれで終わりではない。理路整然と雷爆した魔法の直後、〈フィジカルブースト〉に〈スパーダ〉を載せた凶悪な剛弓の矢嵐が降りかかる。螺旋を描く投槍が如き石矢はよく魔力を通し、逃げ漏れた……或いは気の触れた魔物の身体へ突き刺さっていく。


 危険、絶命、警告。無視して進み出た残留は、ただモノとなりはてた肉片だけだ。


 統制の取れた斉射により、恐るべき魔物の流れは商隊の列を避けるように割れる。それでも一定数現れてしまうだけが、シオンたち直掩部隊が駆逐する対象だ。


 決して少なくはない、だが多すぎもしない。深追いさえしなければこれほど頼もしい事はない。


「ったく唸るほど見事な指揮! 頼もしいお嬢さんじゃなあ、おヌシの相方……ステラというたか! ガハハ! ガハハハ!」

「雑談とは! ずいぶんっ! 余裕っ! ですねえ!」

「なあにワシもまだまだ現役よ!」


 シオンが珍しく嫌そうに声を上げつつ剣を振るい、それを掻き消すがごとく振るわれる大旋風が哄笑とともに旋回する。ひとつ、ふたあつ、みっつ! 肉塊血風巻き上がり、竜巻のごとく吹き荒れた。


『これアルマドゥラ! 飛ばし過ぎじゃ、ちいとは己の歳を考えぬか!!』

「なあにまだまだ屁でもないわ!」

『うつけめ、それでこの間腰をやったであろう』

「それはそれ、これはこれよ!」


 振るう特大斧剣より挙がるは老獪なる幼き少女の声。碧風を纏い推切り透るはドワーフ王国が持つヴォーパル……である。


 シオンの隣で戦うアルマドゥラはヴォーパルの騎士なのだ。シオンが此処にいる理由の1つがこれである。何の因果か目的たるヴォーパルの剣とその操者アクターは、2人を護衛として雇ったのだ。


「ところでおヌシ使?! 折角騎士リッターが轡を並べておるというのに!」

『否定、騎士アルマドゥラ。イフェイオンは魔物のための剣ではありません』

「だそうです、よっと!」


 シオンの胸元から女性の声が上がる。ヴォーパル・イフェイオンのものだ。流石に本人、いや本が言えば諦めるかと思いきや、シオンの背筋に『ぞわり』と悪寒が走った。もちろん戦闘による致死ではなく、厄介ごとの予感である。


「ぷ……ガハハハハハハ! わっぱめ、まだ余裕とぬかしおる! よいよい、後程一戦交えようぞ! ふははは燃えるのう! たぎるのう!」

「何言ってんですかねぇ?!」

『童マジすまぬ。こやつ阿呆なのじゃ』

「ええええええ?!」


 シオンの叫びはしかし、戦場に飲まれてどこにも届く事はなかった……。



◇◇◇



 一方ステラはステラで滅茶苦茶に忙しかった。屋根の上で己の得物たる黒色をした星鉄のグラジオラスを右に、銀色をした鈍護のロスラトゥムを左構えて声を張り上げる。


「魔法射撃準備! いいか属性は考えるな、こっちで合わせる!」


 間髪入れずに7名の魔法使いマギノディールが詠唱を開始する。併せてステラの周囲にヴン、と音を立てて浮かぶ4色16本の長剣型【飛翔魔剣】ウォラーレ・シーカーが刃先を車列前方へ向けた。魔剣はそれぞれ4方属性の色を一層輝かせてぶるりと震える。


「カウント往くぞ! スリイ、トウ、ワン……放て!」


「〈ヴィル・ラ・ハンマー〉!!」

「〈ネア・ランス〉!」

「〈タウ・ラ・ピアッシア〉!」

「〈ディア・ボルト〉!!」


 同時に其々の起動文エクセリアをもって、てんでバラバラな攻撃魔法が放たれる。戦鎚、戦槍、千本針、石巨塊。だがこのままでは相剋関係で対消滅をするが――。


奏効アクトォ! ゆけい!!」


 振り下ろすグラジオラスに合わせて魔剣が真っ直ぐ射出される。高速の刺突は飛来する攻撃魔法に直接、瞬時に溶けて混ざり合った。加速を喰んだ魔法は肥大し眩いばかりのへ姿を変えて弧を描く。


 ステラの魔眼が見抜く魔力特性に合わせ特注の魔剣を生成、相生関係としてミキシングしたのだ。結果得られる効果は統一された莫大なエネルギーの奔流である。


 結果少人数かつ最小の魔力で最大限の破壊力となり、『絶対的な危険』として君臨を可能とした。だが魔法使いマギノディール達の魔力とて無限ではない。それに全員がステラの様に無詠唱で魔法を使えるわけではない……彼女のスペックが特別に優れているだけだ。


 だからこそ詠唱の時を稼ぐ次の手が必要である。


「さあ矢を番えよ! 矢弾を気にするな! 己が技を以て弓主が何たるかを語るが良い!」


 号令は同時に4つの風切り音を返し、途切れることなく続いていく。バシン、バシンと弦打つ音が弦楽器がごとく鳴り響いた。


「こちら残り10」

「すまんっ打ち尽くした!」

「阿呆疾く言え! 『略式リデュース【螺旋矢作成】クリエイト・ヘリックス!!」


 ステラがロスラトゥムを振り払えば、弓師達の前に砂柱がせり上がる。それは大地に突き刺さった螺旋の矢だ。魔法をもって抽出・圧縮した石塊いしくれには風切羽がないが、代わりに捻じくれた溝が回転を促し、安定性と貫通力へと変換してくれる。


 この螺旋矢ヘリックスの良いところは、『魔法で作った』であるところだ。つまりただの実体矢であり、弓師たちの魔技が乗るのだ。これほど高性能な矢をまったく気にせず使い潰せるのは弓師たちにとってこの上ない吉報であろう。


 結果として導かれるのは矢雨による無差別な牽制と、必殺撃滅の魔砲による。現れた魔物の群れに対する回避策として選んだのは生存本能に根ざす、ごく当たり前な恐怖という感情だ。


 それでも狂った思慮外は、彼女が最も信頼を置く彼が処理してくれる。失敗することはありえないと確信し、守られているという事実が彼女を此処に立たせていた。


「もうひと踏ん張りだ! 隣を助け、隣を救い、隣を守れ! 総員奮戦せよ!」


 ステラの掛け声に全員が身を引きしめる。そうして彼女の言うとおり、号令の5分後には嵐のような敵陣はことごとく去っていったのだった。

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