06-01:火宮都市へ

06-01-01:ラブ&ピース

 ステラはドワーフが率いる10数台の馬車、その中央の幌の上で胡座をかいて座っていた。商隊護衛の依頼を受けて、目の良さを売り出したステラが陣取って4方8方を観測しているのだ。


(あ~長閑だなあ……)


 木立がちらほら見える街道はさんさんと太陽がふりそそぐ。程よくぽかぽか陽気で、風もすこし吹いて心地よい。木漏れ日の下に行けば昼寝を楽しむに良さそうだ。丁度木の根の交差する辺りなど、すっぽり嵌まり込める場所があるやもしれない。


 さがせばきっとお気に入りのくぼみがあるはず、そこにうずくまり丸まって眠るのだ。とても素敵な名案だとステラはぽんやり考えつつ、故に思い浮かべる光景に自分以外の影が現れて頭を振るのだ。


(あー、もー。シオンくん……今何してる、かな……)


 彼も当然同じ商隊護衛をしている……のだが、現在彼は先頭馬車の直掩にあった。それは偏にこの商隊の長たるドワーフ老に気に入られてしまったからといえる。もう1つ理由があるのだが……同じ隊列に有るとは言え、そばに居ないとどこか物足りなさが有る。


 別に雑談がしたいわけではないのだが……側に居たらどれだけ安心できるだろう。ただ隣に居て欲しい。そんな些細な胸中を打ち明けられたらどれだけ良いことか。


(……だめだ、出来ない)


 出来るはずもない。なにせ彼は彼女の秘密を知っている……のだ。ステラという存在、出生の秘密、何1つ秘することなく伝えてしまった。


(男にすきっていわれたら……やだ、よね……)


 結局は其処なのだ。身体は女性だが、中身は男だと宣言した。してしまった。故に彼はステラに然程気を使わないでいてくれる。それはとても心地の良い関係であるが、気がついてみれば手が届かぬほどに遠い場所に立っていた。


 それがどれほどの苦痛であるか、如何程に悲しいことか。シオンはステラの苦悩をまだ知らない。悶々とする彼女にふと御者台から声がかかった。


「おーい、ねえさんよ!」

「ッ……。はいはーい、ステラさんをお呼びかな?」

「よっと、差し入れだぜ。こぼさないようにな!」


 そう言ってドワーフの男が差し出したのは無骨なドワーフの手に乗る巨大な果実だ。ステラの目見では椰子の実に見えるものは表皮をえぐって中身を飲むものである。名前はヤッシー……ココナッツではなかった。

 ヤッシーには穴があいて、ご丁寧にストローまでついている。


「これをに? いいのか、商品だろうに」

「いや、ねえさんが目を自慢するだけあって非常に快適でなァ。商隊が1度も止まること無く進んでいるなんてのは初めてだ。なら多少はな」

「……なら頂こうかなっ」


 受け取った果実はずっしり重く、思ったよりジュースの量が多いようだ。はむりとストローを咥えちゅうと啜れば、果物由来の優しく甘酸っぱい味が口の中に広がる。


(初恋は甘酸っぱい、か……)


 限りなく可能性は低い、だが心は正直だからステラは。今更、と自分でも思う。それでも、それでもだ。少しでも可能性を探りたかった彼女なりの決意である。


(はー、まったく恋ってやつは厄介だなあ。気づくと彼のことを考えている……すべてが彼に繋がって考えちゃう……ほんとうに、ほんとうに不治の病だ……)


 ステラはシオンが好きだ。ちゃんと己を女性として、彼を男性として。異性として彼を好きになった。だからこそ彼女は困り、諦めようとして、やっぱり顔を上げ、目を伏せ、しかし視線をそらせず、彼の姿を追う。今だって望めば彼の姿を【鷲の眼】イーグルアイで捉えることは可能だ。しかしそれもできない。


 もし、もしも彼が……彼が誰か他の女性と笑い合っていたら?


 仕事に真面目な彼だからそれは100%絶対にありえないし、むしろドワーフ老に『ガハハ』と笑われながら背中を叩かれているのだが――不可能な可能性むじゅんを見出してしまい悶々としていた。


 今、ステラはシオンを好きであると同時に、彼がどうしようもなく怖い。


 だから目をそらすように視界は広く、周囲をくまなく、気を紛らわすように巡らせていのだ。だから即座に相手の情報を掴むことが出来た。


「……ふむんっ?!」

「おいどうした?」

「御者君、魔物を見つけた……んだけどねぇ」

「規模はどの程度なんだ?」


 苦い顔をするステラが淡々と報告する。


「規模って話じゃない、武力衝突が必要だよ」

「は……?」

「相手はようだ」

「なんだってェ?」


 素っ頓狂な声をあげる御者が立ち上がってステラに顔を向ける。


「無数だ、数がわからんがおおよそ1,000は居るな。ゴブリン、ウルフ、オークとよりどりみどりの混成部隊だ。距離は約4,000先。このままだと1刻後に接敵、直後にとなる。徒党ではないが暴徒ではある集団が明確な意思を持って走ってきているな。目的は――少なくとも商隊じゃないだろう。なんだこれ逃げているのかな?」

「そりゃ本当かい?」

「ああ。そして確実に言えることが1つある。この商隊を1つの街としたなら、壊滅する程の集団的暴走スタンピードが迫っているってことだ」

「……おいおい、どうしろってんだよ。回避はできるか?」

「無理だな。向こうは『面』で迫ってきている。今から舗装されていない路を迂回するか?」

「……できねぇな。むしろ側面を打たれてどうしようも無くなる」

「然り。だから迎撃が必要だ」


 よっと立ち上がるステラはフフンと自慢げに腰に手をあてる。


「なあに心配するな。我々護衛の目的は『商隊がいきのこること』だ。小せ……わたしに然と任せてくれれば切り抜けてみせよう」

「出来るのか?」

「任せろぅい! わたしは勝てる試合しかしない臆病者なのだ!」

「……ならわかった、ワシらはどうすりゃいい?」


「馬車を止めて布陣を引くよ。手伝ってくれ」


 頷くドワーフの御者に、ステラはからりと笑って答えてみせた。

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