05-10-04:リバース・ファントムシフト
時はさかのぼりウタウタイ本祭の日の朝。まだ開場前の舞台『ブドウカン』ではピリピリした空気が流れていた。原因は本番前だからと言うこともあるが、それ以外にも気になることがステラにはあった。
「シオン君、ちょっと話を聞いて欲しい」
「なんですか突然、僕これでも忙しいんですけど。ああ……おやつなら午後にしてください」
「あ、なら小生骨せんべいがいいなー♪ ……じゃーなくてだなあっ!!」
ステラが荷物を移動させるようにジェスチャーしてむむむとシオンを睨んだ。
「真面目な話だからちゃんと聞いてっ!」
「はいはい、なんですか?」
「先程からすごく嫌な視線をひしひしと感じるんだ」
「……それはいつものものとは異なるのですか?」
「ああ、明確な敵意だよ」
「それは穏やかではないですね」
シオンが眉をひそめステラに向き直った。
「ステラさんがウタウタイを除外されてから感じていたものでしょうか」
「半分正解。正しくは『それに混ざっていた殺意』の純度が上がったものかな。紛れていた有象無象から、本質の悪意が顔を出したと言ったところだ」
「つまり敵ですね。目的は何でしょう?」
「タイミング的に『ウタウタイ』をおじゃんにしようとしているのは間違いないな。このまま放置すると、何をしでかすやら……」
ふむ、とうなずくシオンが考える仕草をする。
「まず……警備に連携は勿論ですが、対象のステラさんしかできそうにありませんね。僕もやれないことはないですが、少し時間がかかります。今このタイミングでは時間が惜しいです」
「なら小生が動いたほうがいいな」
「その上で僕が|後始末バックアップに周りますが……具体的に何をするつもりです?」
「全員しょっぴくだぜ!」
「しょっぴく」
シオンは恥ずかしい格好で吊るされるだろう、哀れな
「うん、邪魔するやつは全員デコピンだよ」
「でこぴん」
シオンは額が腫れ上がるだろう、愚かな
情報を知っている人物の首が折れなければ良いなぁと、親指を立てるステラを見つつシオンは憂いた。
「じゃ、行ってくるね」
「捕縛者の後始末は任せておいてください」
「へへへ、共同作業ってやつだね?」
「はいはい、じゃあやりすぎないように」
「もちもち! わかってるってぇ!」
「……」
これは絶対やりすぎる。確信を持ってシオンはステラを送り出した。どのみち悪人であれば情け容赦無用であるし、言ったところでやり過ぎるのだから後は諦めの問題だ。とりあえず1人ぐらい話が分かる者が居るなら問題ないだろう……。
「まったく、暇しないで良いんですけど」
ステラ案件は真面目に取り組むと胃がひっくり返るのだ。ちょうどいい雑さが長生きのコツである。
◇◇◇
「ヴッ」
背後に降り立ったと同時に首筋を打ち据えると、男は意識を失い倒れ込む。都合8人目の『嫌な視線』の持ち主だ。ちょうど死角になるような位置に引っ張り込んで男の懐を弄ると……出るわ出るわ凶器の類。戦争でもおっぱじめようというのかという有様だ。
中には爆発物と思わしき魔道具も有る。確実に『やらかしてやろう』という前提で動いている……あぶないので危険物のみ回収して吊るすことにした。
さらにステラの眉間に深山幽谷がごとくシワを寄せている原因が、連中が一様にして持ち歩いていた『ペンダント』である。
(まーた
クラーケンがジャバウォックという事から『絶対いるな』と思っていた存在である。大方
恐らく今回の催しにも手を打っていたと思われるが、結局強硬策にでたというわけである。ステラは
下着丸出しでプランプラン揺れるさまはなんとも哀れだ……。誰しもが『ああはなりたくないなぁ』と思うこと間違いのない、そんな無様を晒している。
ただ申し訳ないなと思うのは、水路を通る幾多の舟である。こんな汚いものを頭上に越えねばならないなど悪夢にも等しい。とはいえテロリストなので許してほしいところだ。未然に危険は防がれた、其処に何の違いもありゃしないのだ。
「……ん?」
ふと気づくと視線が消えて移動していることに気づく。今まで敵意を追って始末をしていたのだが、明確な視線が急速に減りつつ有る。どうやら此方が動いていることに気付かれたようだ。
(まぁよいか。もう全員見えたし)
派手に動けば相手も動く。なら予め
動き出す者たちの向かう先には指向性が有るのだ。どうも有る一点を……恐らくアジトと思わしき場所に向かって走っているように思える。
(誘いか? まぁなんとでも成るか)
そうする自信があるからこそステラは前に進む。非常に楽観的であるが、超常のスペックを持っているなら致し方ない驕りではある。そもそも今の自分を追い込む図が思い浮かばないのだ。
ステラはひょいと猫のように体を伸ばし屋根へ駆け上り、目をつけた数人が向かう先へと追跡を始める。向かう先はとある屋敷……何処かと知れぬ商家かあるいは貴族の持ち物か。何にせよスナッチのアジトであれば領主が接収することになるので、どうなろうと関係はない。
全員が集ったあたりで、一網打尽とすべく屋敷へと向かった。
◇◇◇
まだ朝早く太陽も朝焼けの色を残す時間であるが、屋敷はどこか陰鬱でおどろおどろしい。ぴこりと耳を震わせたステラはカツカツとブーツを鳴らして屋敷の扉を開け放つ。
ロビーはホコリがうっすら積もって、かなり長く使われていないことが分かる。床材などは良いものを使用しているだけに、何とももったいない物件だなぁとステラは考え前に進み出ると、玄関の扉がひとりでにバタンとしまった。
なんとわかりやすい状況だろう。
ざわざわと衣擦れの音が静寂に響き、囲まれつつ有る事がわかった。だが
「おやん?」
構成しようとした矢が上手く形に収まらない。はてなと首を傾げると、周囲からクスクスと笑う声が聞こえた。
「流石のハイエルフも最新型魔法制限の魔道具には対抗できないか」
「ああ、ナルホドなぁ……やはりおびき寄せる罠だったのか? 何にせよ説明ありがとう」
「1等強力なやつを揃えたかいがあったというもの。之でお前は魔法が使えない……」
「さいですかーさいですか~」
「ッ! そして此方は一流の戦士ばかり。俺達全員相手できると思っているのか?」
囲んだローブの男たちが全員抜剣する。刃には薄く輝き、それぞれの属性色に彩る〈スパーダ〉が展開された。どうやら全員
たしかにこれだけの量の
ただ此処にいるのはステラ、常に思惑の外にある存在である。彼女はは少しだけ考え込むと薄く微笑んだ。
「これ、制限っていうよりジャミングか……それで
ジリジリと迫る男たちにため息をつくと、ステラは自然な動きで身構える。
「じゃあ遠慮は要らんよな」
「何をバカなことを」
瞬間、突風が吹いた。
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