05-10-03:エコー・ウタウタイ
赤い装飾の絢爛なる特殊歌唱船『ウタフネ』は、ステラの見立てどおり音響増幅装置……つまりアンプリファイアである。もちろんヴォーパル・ルドベキア専用に最適化された機構は神代の代物であり、魔道具と言うには格が違う。いわば量販店で売られる安物と、プロ向け劇場設置型の違いと言えよう。
ウタフネには現在ナルキソスとプリムラの2名のみ搭乗している。操船はルドベキアが担うため乗組員の必要はない
『『さて、2人とも準備はよろしくて?』』
「ええ……」
「まあ……」
『『まあ、そんな覇気のない返事をするなんて! 私を持つ
そうは言うが事態が事態である。叱る言葉はナルキソスとプリムラそれぞれの手元から聞こえるのだ。勿論これは半分に折れたルドベキアである。
儀式の段になってどちらが手に取るかと話し合い、譲りあっていると『面倒ですわね!』と叫んだルドベキアが文字通り折れたのだ。場はカチンと凍りついき、領主トゥキシィもびっくりして顎が外れてしまった。もしステラが同席していれば今度こそ腹筋が破裂していただろう。
勿論これは『星鉄』の特性によるもの――担い手の望む形に自らを変貌させる――だが……そんな詳細は武器に通じる者たちくらいしか知らない。そうでなくてもルドベキアは『双頭剣』のイメージで固まってしまっているのである。
それが折れた……目撃者のショックは計り知れないだろう。いまではショートソード大きさのルドベキアを持って、微妙な空気となるのも致し方あるまい。
『『やるべき事はお分かりですわね?』』
「そらわかりますけど……」
『『なら自信を持ちなさい。笑顔なくしてローレライはなくってよ』』
特にプリムラは初めての感覚に戸惑いを隠せない。手に取った瞬間、鋼で出来たゴーレム猫とルドベキアの幻覚を見た気がするのだが……どうにもはっきりしない。ただそれ以上に流れ込んできた知識にくらくらするのだ。
流れ込むのはウタウタイの知識である。
ナルキソスは『練習の必要がない』と言っていたが、確かにこれなら必要がない。歌い方、踊り方、全て初めてなのに完璧にこなすことができると確信する。もはや自信がある以前に『当たり前』なのだ。なんとも不思議な感覚であった。
では当のナルキソスはといえばこちらも困惑している。知識については事前にあったがゆえに衝撃はないが、『折れる』というイベントが余りにショックで茫然自失としていた。かつて手にした神器が突如折れたのだからそれも仕方ない。ちなみにこの分身術、ルドベキア曰く最大で四分割まで可能なようだ。
『『さあ、本番をはじめましてよ』』
ルドベキアの声に2人はしゃんと背筋を伸ばした。
◇◇◇
『『参ります。
『鎮めの歌』とは現代に生きる人々が付けた題名であり、本来は異なるタイトルが付けられていたという。とはいえ歌の真名を知るものはルドベキアを除き最早いない。そもそも歌に使われる歌詞は現代で使われる言葉とは異なるものだ。今となっては音の響きしか感じ取ることはできない。
だが言葉通りの清澄なる歌である事は確かであり、それさえ違えなければ歌い上げることは可能だ。この点ルドベキアのサポートが有るため、過去ウタウタイが鎮めの歌を失敗したことはない。
船がざばりと波を切り裂きウタフネが海に出る。帆を広げるでもなく自然と進むウタフネは湾岸定位置まで船を進めると、自動的に錨をおろして停止した。
「「
重なる声に合わせ、ゴンゴンと小さく鳴る船の駆動音が響く。同時に砲門が開き、砲塔のような機関が露出する。くにゃりと曲がった狙いは沖合を指し示して、ばしゃりと器のような形へと変形した。
かつ、と靴音が2つ鳴って前に進み出る。ナルキソスは右手に。プリムラは左手にルドベキアを構えた。そしてルドベキアからもたらされた歌を、透明な声で空を震わせる。
――ヌゥジ ウキュナリアノ
――サゥハコヌァイトゥリ イアシャイマヌァリ
――イトゥミア トゥドケド ウトゥアイアス
――トゥーク トゥーク アティマディモ
――オオロア アロゥ ハハライテ
不可思議な言語によって歌が紡がれる。言葉の意味はわからない、だが非常にゆっくり歌う声はルドベキアを通じ、歌船を経由して、砲塔から海に向かって響き渡る。同時に海がざわりと持ち上がり、触腕を掲げて水上に浮かび上がった。現れた巨躯にプリムラが少し身を震わせるが、その手を隣のナルキソスが取る。プリムラは一瞬眉をしかめるも、しかし微笑んで答えた。
――ヌゥジ ウィンマムルアノ
――イトウヌァンニァリシヲ ナウサミトトゥケ
――ウウミア トゥドケド ウトゥアイーク
――ウァーク ウァーク ソクァマディモ
――オオロア ナーレ カルヤカイ
言葉の意味はわからない。だが
プリムラとしては何とも言えない心持ちであるが、しかして必要の意味は理解している。だから歌うのだ。この場において、痛みを知るものとして歌わねばならない。
――ヌゥジ ウイヲウヴェシアノ
――アウトゥセキムナサイアーレ エエドゥアイアオゥェティル
――カカイミ トゥドケド ウトゥアトゥーク
――タァーク タァーク テンナウエ
――オオロア ウーイ ユエヲイウ
バケモノであるクラーケンは静かに歌に聞き入った。同調する歌声に静かに身を委ね、余韻を楽しむように身を震わせる。歌い終わった後、クラーケンはザザンと大きく波を立てて沈みゆく。沖合にありて狂乱のバケモノであったはずの巨影はいっそ申し訳無さそうなほど小さく波を立てて沖合へ沈み、ウタフネをぐらぐらとゆらしながら遠くへ消えていった。
『『……ふたりとも、よくやりましたわね。成功ですわ』』
同時に沖合のウタフネからも聞こえる大きな歓声がルサルカのほうから上がり、歌いきった2人は互いを見合わせてやりきったと笑いあうのだった。
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