05-10-05:リバース・アクセルシフト

 男が口を開くと同時にステラが心象魔法を願う。


(時計を想起リコール――加速を心象イメージ――願掛ファンクション【身体強化】フィジカルブースト――【重時間加速】アクセル奏効アクト


 瞬間世界は短縮される。


「N――――A――――」


 数は25。ステラが粘りつくような空気の中を泳ぐように前にでる。瞬時に風の盾を展開して深海の如き粘り気を軽減……それでも気休め程度だ。深い海の底のような空間は誰も動かない。いや、動いてはいるがそれはごくごく微細なものだ。


「――N――――I――――」


 だから歩くような速度で1人へ近づき、握りしめたロスラトゥムで額を撃ち抜く。すると男の額はまるで豆腐のようにひしゃげながら仰け反り、上半身が引っ張られて首が異様に伸びあがった。まるでカメかスッポンのようだ。


(あー、交通事故でよく見るやつ)


 前世ステラが死んだ時のトラック運転手もこの様に首が伸びていたのだろうか。そんな事を考えながら、1人、また1人を殴り飛ばしていく。


「――――W――――O――――」


 【重時間加速】アクセルは身体強化を拡張したものだ。自身を加速し、停滞した時間の中を移動する。ただ自身だけが加速しているため、空気は重たるく粘り気を持ち、音は響くこと無く水底の様に響く。


 この速度についてこられなければ、待っているのは単純な暴力だ。いや、むしろ単純な暴力だけがこの世界において有効であると言える。


「――――V――A――――」


 淡々と潰していく相手に、一部が気づいて身を動かすが如何様にも遅い。大股に開いた男を蹴り上げ、ぷちぷちと潰れる感触に梱包材を思い出しながら処理を続ける。


「――K――――――A――」


 右手のグラジオラス、その黒い刃は見た目通りに鈍い。切るように振るえば鈍器の如きダガーであり、刃物とは到底言えない得物である。だがこの停滞した時の中で突きを放てば、思ったより鋭く相手の胸に埋まってしまう。思うに加速した時間を動くだけの膂力が可能にしているのだろう。


 たとえば鉄パイプ等は尖っていないが、相応の速度を持ってすれば万物を貫く槍となりて相手を貫くように。……ステラはなぜか怯えて拳銃を棄てたい衝動に駆られたが、持っても居ないものは捨てることが出来ず首を傾げた。


「――――N――A――――」


 順調に男たちを倒しながら、しかしステラは1人眉を歪めていた。


(これ力加減が難しいぞ……)


 停滞する世界において、人はあまりにも。優しく触れるだけでも相手は砕けて散ってしまう。このままでは話を聞ける者が誰1人居なくなってしまう。


「――――K――――O――――」

(しかたない……1人は無傷で残さないとだしな)


 開き直ってステラの主観でペチペチと男たちを羽虫のように叩いていく。拳を食らうごとギャグ漫画を見ているかのように歪む男たちの顔は、いっそ滑稽とさえ言える。ただクスリとも笑いが起こらないのは見えているのがステラだけという事と、同じ光景を20余数も見てしまったが故だ。

 そう……天丼が有効なのは3回までである。


「――T――――O――――」


 いい加減この重苦しい世界も面倒だ。ステラが口上を述べる1名を残し、24人目の顔面を殴りきった。


【重時間加速】アクセル開放イジェクト


 ぱちんと指を弾けば時が元の流れに戻った。。


「――を言っている? ッウオオ!?」


 嵐のような風が吹き荒れた。同時に強い打撃音が響き、壁板や柵に肉塊がぶつかりバキリベキリひしゃげて折れた。目に見えてブチブチちぎれる繊維がいたるところで舞い散ってねじれ飛ぶ。


 生きているものは……物騒なモノつるぎを抜いた時点で自業自得と思ってもらおう。


だったかな、スナッチの刺客君?」

「ッ……バケモノめ!」

「むおっ!」


 言うが早いか煙幕が張られる。同時に脱兎のごとく逃げ出す男にステラはヒュウと口笛を吹いて称賛した。確かに無慈悲な蹂躙を前にして力量差を測るのであれば、逃げの一手を打つのが正しい選択だ。


 だがいくら『正しい』といっても逃げ切れるとは限らない。


「じゃあ狩りごっこだな~ハハハ」


 笑うステラが煙幕の先、逃げ出した男を捕らえるべく駆け出した。



◇◇◇



 追跡は付かず離れず行う。勿論ステラの距離なので、相手から追跡されているということすら悟られることはない。もし別の拠点や隠れ家があるなら彼が案内してくれるだろう。だが追跡中にふと冷静に立ち返ると不審な点が多いことに気づく。


(相手は待ち構えていた。つまり此方が追跡できるという事実を知っていたということだ。……小生の情報が漏れているのか?)


 だが追跡する男は大慌てで人混みをかき分け走っている。幾人かを突き飛ばして駆ける彼はとても冷静なようには思えない。これでは迷惑極まりないのだが男はかまうものかと走り続けている。


 今回罠をはられた事実とは反するが、それが余計に怪しく思えてならない。


(うーむ……あの場には25人しか居なかったはずだが。以前の件から探られた?)


 考えるとすれば、『計画が失敗したこと』事態が情報であるということ。勿論今逃げる男が帰還すればより質のよい情報を得ることが出来るが、『帰らなかった』事も情報には変わりない。


 結果的に得られるのは、何らかの手段で追跡可能なスキルを持っていること……また魔法阻害ジャミングも効果を成さないこと。つまりは今までの積み重ねがこの自体を招いている。


 今までは余裕で切り抜けることができたが、何れ追い詰められる時が来るかもしれない。一層気をつけねばならない……と考えていると、第2の視界がとんでもないものを捕らえた。


「あ……」


 見慣れた姿が男に突き飛ばされているのだ。以前暴漢から助けた、アコニートという『呪歌使いローレライ』の少女である。しかし隣りにいた男がかばったため大事は免れたようだ。急いで駆け寄るも外傷は特になさそうだ。


「おーい、大丈夫かー?」

「あ……」

「きっ、貴様は!」


 前に出る護衛らしき男の膝は少し笑っているが、それでも彼女を守るべく身を盾にしている。職務に忠実大変結構……であるが、ステラの心中に驚かせすぎたかと後悔の念が募った。いやさここは軽く気にしていない風を装って朗らかに挨拶するのが良しと見た。


「ソウイエバー!」


 自分でもびっくりするぐらい棒読みで話の切替を図る。穴があったら入りたい気分だがやっちまったもんは仕方ない。はぁ、とため息を付いて本題を切り出した。


「予選会、残念だったがちゃんと聞いたぞ! 可愛らしい歌声だったな~♪」

「……っ」


 なごませるために褒めてみたのだがアコニートは顔を俯けてしまった。むしろ怖がらせてしまったろうか……ため息をついたステラは手を振る。


「まぁお祭り楽しんでおいで! 小生もちょっと遊びすぎた。じゃあね!」

「あっ、まって……」

「おん?」

「……あのときは、ありがと。すごく、すごく、たすかった……」


 その視線は真っ直ぐで、ひたむきで、心からの感謝を示している。……いっそ抱きしめたいほど可愛らしい。だからすぐに上機嫌のステラは最高の笑顔で笑いかけた。


「むふふん、なんてことないさ♪」


 それきり駆け出すステラは行き交う人々を縫うように駆ける。追うべき男は最早放置できない。

 追いつくには訳もなく、障害物競走に並走して何もないトラックを走るようなものだ。ステラは少しだけ全力で足を踏みしめ、一瞬で男の背を捉えた。


「俺の邪魔をするな!!」

「はいはい邪魔は君なのだよな」


 追いついた男を足払いをして転ばせて組み伏せると、リボンの蛇があっという間に手足を縛り上げてしまう。ステラはそのまま男を無理やり立たせて締め上げた。


「ッ……」

「さあ、来てもらおう。諸君の企み、全て吐いてもらうからな」

「……」

「黙っても無駄だ。観念するんだね」

「…………」

「おい……どうした?」


 様子のおかしさに首を傾げると、男の顔がみるみる真っ青になっていった。同時に男からステラにしか見えない死の影……黒い霧が吹き出してくる。


「がば、べっ、ごぼおっ」

「うぉぅン?!」


 同時に大量の血を吐き出してクタリと力を失い動かなくなった。悲鳴が上がりステラの周囲に空白が生まれていく。これは不味い、瞬時に毒による自死と気づいたステラが拳をみぞおちに叩き込む。


「せいやァ!!」

「オッぐぇッーーー!!!」


 魔法を纏わせた打撃は飲み込んだ内容物を吐かせると同時に、【基礎治療】きゅあが乗っている。毒の種類は不明だが、多少の解毒作用は見込めるだろう。だが黒い霧は未だ吹き出していた……ならばやることはただ1つ!


「イヤーッ!」

「オボェッー!」

「イヤーッ!」

「オボェッー!!」

「イヤーッ!」

「オゴボェッー!!!」


 段々弱ってくる男の腹を殴打、殴打、殴打。ひたすらドッゴンドッゴ殴り続ける。だが黒い霧は……薄れど消えない! 治らないなら治るまで叩く! だがどうにも霧が消えないのでステラはこれ以上の治療が不可能と断念した。都合13発目のボディーブローの末のことである。


 額を拭ったステラは一言、


「やはり解毒薬が必要か……」


 とつぶやいた。いやむしろ殴ったから弱っているのでは……周囲は突っ込みたかったのだが、余りに強烈なボディーブローだったので遠巻きに見守るしか無い。なにせ『ボッゴォ』などと鳴るブローなど聞いたことがなかったのだ。あまりの衝撃にちょっとお近づきになりたくない状態である。


 ステラはそれらの視線を意に介さず、顔を真っ青にしてグッタリした男を担いで走り出した。とりあえず衛兵詰所に行けばなんとかなると信じるしかない。


「死ぬなよ! 生きろ!」


 寧ろ死なせてほしい気分で一杯な男であったが、やむなく意識は途絶えてぶらぶら揺らされるまま運ばれるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る