05-09-05:アイリース・祭りの前に
シオンとステラ、ナルキソスにプリムラ、そしてエーリーシャとトゥキシィを加えた関係者一同。人目を避けて集まったそれぞれが、ルサルカ領主館の一室に集っていた。
いや、関係者という意味ではもう1匹。ルサルカの猫王にして祭司たる灰猫アッシェも、部屋の隅で丸くなって控えている。
「――さて、全員そろったな」
口火を切ったステラが嬉しそうに手を合わせて声を上げる。
「まず各位の進捗を改めて確認しよう。シオン君、進捗は問題ないね?」
「ええ恙無く。僕が教えている範囲外でも、見様見真似で始めたものが出ているようです。名実ともに『流行っている』として良いでしょう」
いまルサルカの街でシオンが伝えたリズムを弾かぬ吟遊詩人はいない。街はウタウタイ本祭に向けて、まずは音楽でもって湧き上がっていた。
「よしよし。ならエーリーシャちゃんは?」
「はい、お任せなのです!」
「待った待ったステラの姐さん! その子は何なん? まだ子供やんか」
「今回の舞台や、関連グッズ作成環境を整えた商会、その指揮をとったエーリーシャちゃんです」
「お姉さま方、どうかよろしくお願いいたしますわ」
元気よく答えた少女に訝しむナルキソスとプリムラであるが、彼女が語る内容に目を白黒させて最終的には沈黙した。少女らしからぬ見事な出で立ちで、朗々と語るのは彼女が成した事業、その結果である。
「ステラお姉さん発案の魔道具の開発、及び頒布について目処が立ちました。目新しいものではないですが、非常に画期的と言えるでしょう」
「
プリムラがすーはーすーはー深呼吸した。もう墓場に持っていく秘密のほうが多いのではないだろうか。その気持ち、ナルキソスはよくわかったので深く頷いた。
「よし、ええで……何を作ったんや」
「お姉さん命名、
そう言って足元の箱から取り出したのは小柄なエーリーシャには少し大きな鋼の円筒だ。一方の先端が黒く、穴が開けられている。エーリーシャがウウンと咳払いするとマイクを握って――
「 こ う つ か い ま す ! 」
「うわっ!」
「なんっ?!」
「なんとぉ!!」
大音量になったエーリーシャの声に驚いて飛び上がる。驚かなかったのはステラとシオンぐらいなものか。灰猫アッシェもビックリして毛を逆立たせていた。
「な、なるほど『拡声器』やな……」
「これで歌うんか……」
「そうです! 元々は港のウタフネをステラお姉さんが解析した物を簡略化したものです」
ウタフネ……以前ステラが港で見た真紅の豪華船。ウタウタイが鎮めの歌を歌う際の舞台である。ステラは以前の体験……『
事実トゥキシィに質問したところ、何時の頃からか知れぬほど昔からある船だと分かった。流石に偽装は改修されているようだが、コアとなる部分は当時のまま……。
つまり迷宮都市における大魔法陣が、水唱都市ルサルカに於いては『ウタフネ』だということだ。
そして歌船の役割は舞台であると同時に、クラーケンに声を届ける機能を持つ。まさに拡声だ。そんな最高位の手本が在るなら実装は易い。ステラは魔道具を視る目でもって詳細を解析し、結果をコンパクトに纏めて必要な部分に圧縮。結果をエーリーシャに伝えて今日この様になったというわけだ。
笑顔のエーリーシャは笑顔で2本目の円筒を取り出し、ナルキソスとプリムラの前に立つ。
「どうぞ、我が商会の新商品です。『ウタウタイ』のおふたりには差し上げますね」
「どうも……」
「おおきに……」
「当日はそいつを使って歌ってもらう。より多くの人に声が伝わるようにね」
ナルキソスは赤、プリムラは紙と同じ桃色の
「さて、それを持った2人に問おう。仕上がりはどうかな?」
「なんとかっちゅうとこやな。せやけど見られるぐらいにはなっとるで」
「あら」
声はプリムラの隣から響く。嘲るような声はナルキソスのものだ。
「あらあらあらまぁまぁ、『清流の乙女』さんがなんとかやて。本気でいうてんの?」
「じゃかあしゃナルキソス! 長う歌ったらんの知っとるやろが! それで見せられるまでなんぞ他の『ウタウタイ』でもできんわ! そういうお前はどうなんや、ああん?!」
「ウチ? 完璧に仕上げてきたけどなぁ……そんなの当たり前やない」
「ほぉー? ならきかせてもらおやないか。『完璧』なんて有りえんと思うけどな……ッ!」
「なんや?」
「やんのかええっ?」
「はい」
パァンと大きな柏手が打たれ、ビクッと震えた2人がステラに目を向ける。手を合わせた格好の彼女は『フムン!』と鼻息を吐くとヒラヒラと手を振った。
「喧嘩は其処まで。今回はデュオだがそれぞれのソロパートは各々の持ち味を出したものになる。つまり同じ高みで戦うセッションになるのだな。それは君達2人でなければ出来ない。そして小生は2人が同格にあると信じてやまないぞ? でなければこの場に皆が揃うなどということはないのだ」
「む……」
「ぬぅ……」
諭された2人が押し黙りステラの言葉に耳を傾ける。
「プリムラさんはもっと自信を持って挑め。君は凄いやつだ。倒れても立ち上がれる勇ある者だ。胸を張れ、声を上げろ。この世全てが否定しても、小生はそれを認め称賛する」
「せやけどな……」
「せやもクドーもない!
やるのだ、我々は! 成すのだ、我々は! 刻むのだ、我々は!
時代の最先端に居るならば、遂げる結果しか残っていないのだ! 見ろ、シオン君なんて泰然としたものだぞ!」
話を振られて目を開くシオンは『何故話を振った』とばかりにステラを見て困惑した。ステラの中で最先端がシオン故であるが、彼がそれを知るすべはない。
だがその勢いが、自信満々な言葉が何故か説得力を生み出しプリムラはつい頷いてしまった。
「ナルキソスさんも同じだ。自信満々に仕上げたのはプロの業と言えよう。だが此処から先に必要は『本当の本当』だ。それはちゃんと君の内側にある焔の熱である。誇りを讃えよ、声を閃かせ。この世全てが認めなくとも、小生はそれを見出し掬い上げる」
「……まかしとき」
「自信がないなら周りを見渡すがいい。君の輝きを見た誰しもが、君の輝きに手を伸ばしている。届かぬと知ってなお美しいから伸ばすのだ。そう、君は美しいのだから。な、シオン君?」
だから何故話をふるのか。とりあえずシオンは深く頷いたが、それにステラはなんとなく嫌な気持ちになってムスッと頬を膨らませた。
「むー、まぁいい。じゃあ最後の確認だ。
我々は『アイリース』というデュオ名で戦う。楽師隊を率いるシオン君は舞台後方。赤のナルキソスさんが右、白のプリムラさんが右を固める。小生はバックコーラス……まぁ一番目立たない所だな。全員安心して挑むと良い」
「わかったわ」
「ウチにまかしとき」
「承知しました」
胸を張る全員にステラが頷いた。
「みなさん、わたくしができるのはここまでですわ。ご存分にお歌いくださいまし」
「まかしときや。生涯に残る歌を聴かせたる」
「せやなぁ、その点についてはウチも同意やわ」
流石に子供には優しいのか、2人の色よい声にエーリーシャがふにゃりと笑う。これにステラが腕を組んでうんうんと頷いた。
「なんだかんだ、やっぱ君達仲いいよな」
「どこがや!」
「どこがやの?」
「そう息を揃えるところとか特にな♪」
「「……」」
等しく押し黙った2人はお互いを見合い、バツが悪そうにふんと視線をそらしたのだった。
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