05-08-02:逃げ惑うステラ

 突然だがステラは逃げていた。


 ルサルカの街を縦横無尽に飛び、跳ね、走り、滑り、周り、止まり、隠れ、それはもう一心不乱の逃走だ。彼女を追跡すれば見事なアクション映画が撮れるだろう見事な体捌きである。


 それもその筈――。


 人に会うては指さされ。

 鬼に会うては叫ばれて。

 仏に会うては囲まれる。


(どうしてこうなった……)


 全ては因果応報……いや、親切な領主クロマグロ粋な計らいよけいなおせっかいである。ステラが見出すことを困難と見た彼は、先だって街中にルドベキアの命題タスクが公布してしまったのだ。


 結果『推薦さえ貰えれば己もウタウタイになれる』と勘違いした有象無象が、ステラに承認を得るべく殺到したのである。ギフソフィア生花店も人が殺到し『ステラはどこだ』と詰め寄られる始末だ。


 これはイカンと彼女は敢えて身を白日のもとに晒して街中を駆けずり回り、店に迷惑がかからないよう注意を引いて大爆走しているのである。とはいえ拠点として認知されているためか、周囲には彼女が帰ってくることを予期して何人もの人が見張りのように張り付いていた。


 そればかりはどうしようもないと頭を悩ませるが、追いかける9割は引きつけられているはずだった。


 ルサルカという街は水運の街であるが、移動を船に依存ゆえに水路を通す橋が少ない。なので追手は水路を飛び越えることで撒くことが出来る……例えば今、ステラを案内をしている猫のように、船を飛び跳ね八艘飛びと洒落込めば誰も追ってくることは出来ない。


 ……勿論それはついさっきまで走っていた道で追っていた人の話であり、対岸に渡ればまた別の人が追ってくるのであるが。


(まるで『追い剥ぎ通り』じゃないか)


 かつて走ったスラム街でゾンビが如く追手が湧き出てきたことが脳裏をよぎる。目の血走り具合などそっくり……いや、カネと名誉に目がくらんだと言う意味では追い剥ぎよりタチが悪い。今もまた――。


「居たぞおおおおおおお!!!」

「やぁべえ! 逃げるぜぇじげーん!」


 まるで狐狩りフォックスハントだ。辟易しつつも帰る場所を逸した彼女は、猫の導きに従いただただ街を走り回るのであった。



◇◇◇



「どこにいった?!」

「あっちで見たぞ!」

「いや、向こうに居たはずだ。往くぞ!」


(おー……上手いこと撹乱できたらしいな)


 遠く耳に届く物騒な声をのほほんと聞きながら、ステラはフサフサの芝生の上に寝転がって猫をなでていた。ここはルサルカを統括する猫王アッシェの秘密の王宮、その中心だ。


 猫たちの先導で街中を撹乱したステラは最終的に此処に身を寄せたのである。


 ステラのお腹の上で丸くなる猫をふしゃふしゃ撫でつつ、まるでおしくらまんじゅうのように乗っかってくる猫たちと戯れる。猫たちはここまで計画的に撹乱しつつ導いてくれた勇者たちだ。


ニャーオンみこさまたいへんねー

にゃうほんまそれな


 猫たちに労われるたび、ステラがお礼にとふにふにくしくし撫でてやる。極上のマッサージを受けた猫たちは極楽気分で骨抜きになって、へにゃんとそれぞれ具合のいい場所でお腹を晒して横たわっていた。


「シオン君、大丈夫かなぁ……」


 ふと彼の顔の笑顔を思い出し、カッと顔が熱くなる。


(いや違う、そうではないのだ。そうではなくて忙死いそがしんでないかなっていうのであって……ううぅ)


 思わず猫の1匹をふにゅりと抱きしめて悶える。一緒にいる時は問題ないのだがこうして離れてみるとどうにも意識してしまう。


 恐らく考える暇が悪いのだ。


 余裕が思考の巡りを悪くして、こう、ラブ的な何かへ派生してしまうのではないだろうかとステラは思いたいのだがどうにも彼を見ていると安心すると言うか手を繋いでいたいと言うか時折どうしようもなく抱きしめたい瞬間があるというか彼の寝顔は可愛いなぁと思うことがあって『待て待て自分なにしてるんだ』と首を振るってベッドに戻るのだがでもやっぱりみていたくて――。


「アカン」


 ぷしーと耳から蒸気を吐き出す彼女は心を空としたかった。結局できなかったわけで悶々とするのだが、のたうち回るのが猫たちには『遊んでくれている』と捉えられたのか、てしてしと猫パンチが飛んでくる。


ニャアアン!わーい!

フシャー!まけないぞー!

ミャオーンォ!にゃんとせいけんおうぎ!

にゃおー!ぬわー!


 そうしてしばらく猫と戯れていると、疲れてきたのか1匹、また1匹と丸くなって眠ってしまう。猫は基本的に自由の風の元に生きている。最後の1匹まで眠ってしまうとまた1人の時間がやってきた……とはいえもふもふ毛玉に囲まれているから寂しくはないのだが。


「さて……しっかしどうしたものか」


 ステラはウタウタイを探すことについて、2人の候補を検討している。


 1人はプリムラ。『心の歌エゴ』を失ったローレライ。

 1人はナルキソス。情熱故に燻ぶりの残り火を残す呪歌使いローレライ


 一体どちらを選ぶべきだろう。順当に考えればナルキソスに頼むべきであるが、しかし彼女は不完全燃焼の燃えさしのような状態だ。しかしてプリムラは歌えないと言っている。考えあぐねていると、また新たな猫が宮殿へとやってきた。

 毛玉の園にふにふにとエントリーする猫たちは、ステラにすり寄ると甘えるように鳴いた。


ニャゥウンみこさまーなでてー

ゴロゴロはうーぬくぬく

フニャァンみこさまだいすき


 代わる代わるやってきては撫でられて捌ける。そのさまはどことなく見覚えがあるようで――。


「ははは、まるでアイドルのようだ、な……?」


 ぴしり、とステラの脳裏に電流が走り名案が浮かんだ。それは全てをいっぺんに解決する素敵な案といえる。


「とはいえまずは2人に接触しないとなぁ……」


 それが難しいのだから困っているのだが。ううむと悩むステラは、だからこそ周囲のモフモフたちに協力を仰ぐことにした。

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