05-08:スカウト
05-08-01:失格者のルール
呼び出しと非ば即参上。朝日が昇ってすぐステラはしっかり朝食を食べ、食後の燻茶を『はふん』と笑顔で堪能した後、『人生とは之旨き物也や』と黄昏れたあと領主館へと馳せ参じた。彼女における最速である。
領主館は中央区に存在する水上の大屋敷で、街のシンボルにもなっている。壁は設置されておらず、水路がそのまま堀となって侵入者を防ぐ構造となっているようだ。
ステラは門前で門番に名前を告げると、少し待つように言われてぽつねんと案内を待った。そこでふと既視感を感じたステラは残って対応してくれる門番をまじまじと見つめる。
(あ。この門番君、こないだ侵入した時夜勤だった人じゃないか?)
ルドベキアとの対話のため潜入した時に夜警をしていた兵士である。つまりはド間抜け……というには可愛そうだが、通路で目が合ったためよく覚えていた。ステラは心の中で『お仕事頑張ってください』と手を合わせると、ちょうど身なりの良い家宰がやってきたので案内についていった。
「……」
「緊張しておいでですか?」
「え? ええ。まぁ、はい。そんなところで……」
「旦那様はお優しい方ですから、そう肩肘はらずともよろしゅうございますよ」
「そうですか……」
家宰は気楽にと言うが、ステラとしては逆に気楽に出来ていなかった。それもそのはず、館の中は既に勝手知ったる手中の庭なのだ。本来はこれが初来訪、故に
(だが、『そわそわ』ってなんだ……?)
と首をかしげるステラである。進退窮まった彼女はいっそわざとらしくキョロキョロしたり、震えてみたりと試行錯誤を重ねたのだが……何とか騙し切ることが出来たようだ。シオン必倒の演技力をステラは自賛した。
家宰が先導する先は……どうやら執務室ではなく以前侵入したルドベキアの居室である。見るに『焔の間』と名前がついているようだ。以前は天井から侵入したため見えなかった名前である。家宰がノックして合図すると、男性にしては高いハスキーボイスが帰ってきた。
「ではこちらへどうぞ」
案内されるまま部屋に入ると嘗てと同じ部屋が目に入る。当時と異なるのはルドベキアの側には領主の姿があることだろう。姿をひとめ見たステラは一瞬で腹筋が炸裂しかけた。
(おまっ、てめっ、まっ、まっ、まっ、マグロォォオ!!!)
それはもう見事な黒鮪が服を着て杖をつき立っていた。肌はなめらかに光り輝き正に大海原のダイヤである。額の十字傷は何か、養殖場の壁に頭をぶつけた後であろうか。ぎょろりとした美味――美しい目がステラを射抜いている。
「そなたがステラ、であるな?」
(マグロが喋った!!!)
だが笑ってはいけない。
ここで笑ったら後がひどい。そんなことは分かりきっているなけなしの理性が総動員で本能を取り押さえると、1つだけ深呼吸した後返礼の挨拶をする。
「り、領主っ様、こっ、この度っはご機、き嫌麗しっく」
カーテシーは完璧だったがセリフが噛み噛みであった。これでも頑張った方である。噛んだことで理性の拘束がゆるみ、顔を伏せたステラの口元がピクピクと釣り上がる。
ステラは己の髪が長いことを今日これほど感謝したことはない。なぜなら上手くカーテンになって笑っているところを隠しているからだ。そんな彼女を領主は『反省の色濃い』と見てうなずいていた。
故に出来た間に心を落ち着かせねば……ステラの命がアブナイ! 如何な寛容な領主と言えど笑っているなどと知れたら怒らないわけがないだろう。
(オーケー落ち着け……落ち着くんだステラ。いいか、相手はただのゼルマーフだ。マグロじゃない、ゼルマーフ。マグロじゃないマグロじゃないマグロじゃない。よし、いいな? マグロじゃな――)
「如何した? 調子が悪いのか?」
「ふむンッッッッッッッッッッッッッッ!!!」
マグロに覗き込まれた。笑い出さなかった己をステラは自賛した。凄い、人間って奴ァやれば何でも出来る。
だが次はないとステラは悟った。
仏の顔も三度までとは『三度目まで許す』ではなく『三度目に
「ちょ、チョトきんちょうしたネ。しんこっきゅするヨ!」
「左様か?」
若干エセ外人のようになりつつ息を整える。マグロ、スシ、テンプラ、ニンジャ、フジヤマ。過るワードに身を委ねて『何故三なすびは縁起が良いのだろう……愛する嫁に食べさせられない物が、縁起物のハズがなかろう』などと、論点を無理やりずらしてなんとか爆笑を回避した。ステラはやればできるこである。
「はい、ステラは大丈夫です!」
「なら良いが、無理をするのではないぞ」
「はい、ステラは大丈夫です!!」
「コココ、元気でよろしい」
ルドベキアは紅いなあ。ステラは笑うマグロから視線をそらした。元気であることを確認した領主が元の位置に戻ると、コホンと咳をする。
「さて。
「まあ、そんな所ですね」
「本来であれば罰する所であるが……」
ちらりとDHAが豊富に詰まっていそうな目を向けると、ルドベキアがチカリと光った。
『あら、駄目よトゥキシィ。その子は私の預かりだもの。勝手をすれば許さないわよ』
「……との事である。それにそなたが助けた娘は私の友の孫でな。浅はかならぬ縁なのよ。運が良かったのう」
肩を竦めるトゥキシィに再度頭を下げたステラの脳裏は、『ワオオー築地の甘い玉子焼きまるかぶりしたいだぜ』一色である。
『さて、今回逃げ出したのはわたくしとしては看過出来ません。私を担うには至らないと判断したわ』
「ルドベキア様?! お認めになるという話では……」
『坊や……領主たるもの、泰然となさい。些細なことで揺れてはだめよ』
「坊やはおやめくだされ、良い年なのですよ?! それに些細なことなどとは」
『そういう所が"坊や"だと言っているのよ……』
「し、しかし『ウタウタイ』無くして『鎮めの歌』はあり得ませぬ! クラーケンが居たままではルサルカは遠からず崩壊しますぞ!」
『だから彼女に
「
眉(と思わしき線)を歪めるトゥキシィはステラに振り返りまんじりと姿を見た。すかさず彼女は頭を垂れて敬意を表すように見せかけて視線をそらした。
『巫覡ステラ。今年のウタウタイ、あなたが探してらっしゃいな』
「なんですって?! 彼女は旅人、祭日までに探すなど不可能では……」
『それでも探すのよ。私に似合う歌い手をね……わかったかしら』
「YES,Mam! 早速探しに参りますこれにて失礼!!」
言うが早いか踵を返してステラは焔の間を後にした。もう腹筋は限界だったのだ。
◇◇◇
「――というわけで探さねばならないのですナー」
ギフソフィア生花店に戻ったステラは、帰り際に渡された珊瑚でできた優勝杯を弄びつつシオンに敬意を説明した。
「まあ、こうなりますよね。候補の目星は立てているんですか?」
「うむ……その前に
「ルドベキアの権能、確かに知りませんが重要なのですか?」
「もちろんだとも」
ならばとシオンが胸元の六花結晶を取り出してコンコンと叩いた。
『――了解、
「選択に正義か。また難しいワードだな」
「正義に絶対はありませんからね。ならば彼女が好む正義とは何でしょうか……?」
「少なくとも『ウタウタイ』がキーになるのは確かだな。即ちルドベキアの担い手、転じてヴォーパルの騎士だ。ならば正義とは何なのか見えてこないか?」
腕を組むシオンがふむ、とうなずく。
「……なるほど、『
「ご明察! 正義とは千差万別、ならば輝く『
燻茶をすすりながら、ステラは楽しそうに答えた。
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