05-07-05:祭りのあと

 本戦も終わって一段落した一行は、ギフソフィア生花店で打ち上げをすることにした。したのだがステラは顔を真っ青にしてガクガクブルブル震えていた。まるで引きつけを起こしたように痙攣する様に隣のプリムラが心配するほどである。


「どっどどどどどどどどどどどどどどど」

「姐さんホンマ大丈夫か? モノがモノだからってちょい落ち着いて深呼吸やで……?」

「そっそそそそそそそそそそそそそそそ」


 なお彼女は五体満足、健康体である。原因は目の前の更に乗る漆黒の物体。香ばしい焼き目の付いたステーキは一体何なのか。


「せっかくのやんか。はよう食べんと旬を逃すで」

「しらないしらないしらないしらないしらないしらない、わたししらないこんなのしらない」

「あかん……姐さんがポンコツになりよった」


 ステラはこのキノコ、アムル・ノワーレが大の苦手である。正確に言えばキノコがだすヌメリが苦手だ。この世界に生を受け、初めて受けた『生理的に受け付けない感触』がこ奴である。ステラの中でアムル・ノワーレは悪魔の代名詞であり、まかり間違っても食べようなどと思わない。


 大絶賛茸理焼却是非もなし、触るのも嫌なトラウマ筆頭なのだ。


 何故こうなったかは言うまでもない、対面のシオンだ。彼は近年稀に見る笑顔でステラに魔法の水でキノコ培養を願い出て、嫌がるステラにキノコを生やさせたのである。彼は未だに菌床を持ち歩いているのだ。


 ステラは本当の本当で言えば嫌だ。だが『なんでもする』と言った手前わけには行かない。だから泣きながらやった、そしてこのザマである。自業自得、因果応報もいいところであった。


「どうです? 良い香りでしょう」

「わからない」


「肉厚な身がしっとりとして舌触りがいいんです」

「わからない」


「噛めば噛むほど濃厚なジュースが溢れ出る、これを実感するにはステーキが最高なのです」

「わからない」


「……やっぱり駄目ですか?」


 しょんぼりするシオンに、ステラの胸がドギャアンと撃ち抜かれた。一旦『特別な人』という認識が出来た以上余りに破壊力が高すぎる。


 正直好きか嫌いかで言えば明らかに好きだ。


 しかしLike的な好きなのかLove的な好きなのかと問われたら言いあぐねるし、Loveでないとしたらこの胸の苦しみは何なのかという話であり、明らかにLikeを超越した感情であることは確かで、でもLoveでいいのかという葛藤があり、すると『男』と言った手前嫌われたら死ぬほど吐く未来がみえるし、嫌われたくないから隠すべきじゃないかと思うのだが、時折微笑まれるとキュンとする感覚はまさしく止めようがないし――。


 つまりステラは混乱していた。混乱の末数多の選択肢は取り敢えず『嫌われたくない』を選びとる。結果は即ち……。


「たべ、たべ、たべ、ます!」


 恐るべき悪魔へ立ち向かうという勇気。黄金の意志が彼女を支えている。


 眼の前の暗黒塊は記憶にあるねっとり粘液は帯びていない。しかし、しかし目を閉じれば見えるのだ。暗黒の海、深淵より来る者、悍ましきはディープワンのうぞめき……。


 火を通したのでお腹を壊す心配はないがそういう話ではない。恐る恐るナイフを通し、つぷりと繊維を切り裂く感触が帰る。


(ひいいいい……)


 切り分けた小片をフォークで刺す。ステラはいっそ殺せと思ったが毒性もないただのキノコで死ねるわけもなく。泣きそうになりながら口元へと運んだ。


 あまりの必死さに同席したプリムラとデルフィは固唾をのんで見守っていた。シオンは言うまでもなく100%善意の笑顔である。このキノコキチめ、恨みがましく見ながらえいやと口へ放り込んだ。


「どうですか」

「おいひいえふ……」


 トラウマだが美味である。香りはいいし、味は濃い味のエリンギが近いか。ステーキにすると元の水分が抜けるためか噛みごたえがあってそれが心地よい。それがどうにもむかっ腹が立つ、トラウマのくせに……。だがキノコ特有の癖があるだろうか、これさえなければ――。


「エーリーシャさんのご両親から頂いたワインを一緒に飲むと更に美味しいですよ」

「む……」


 言われたとおり流し込むと癖がなくなりさらっと食べられるようになる。くやしい。ステラは歯噛みした。


「とつてもおいしいれす……はい」

「いや、ステラの姐さん大丈夫かいな……」

「とらうまとたたかっているんだ……ゆうきはゆうしゃでおうさまなんだ」

「あ、あかんやつや……」


 ちなみにエーリーシャはシオンが無事商会へ届けた。お礼として色々もてなしを申し出てきたのだが、ただ友達を助けただけだと辞したのだ。それでもせめてと渡されたのがこのワインである。


 シオンも知っている銘柄のかなり良いワインだ。良く仕入れられたなと思う次第である。というより之を見たからアムル・ノワーレが食べたくなったと言っても過言ではない。それほどワインなのだ。


「ちなみにエーリーシャちゃんはなんでさらわれたんだ?」

「詳しいことは分かりませんが、商会の内輪もめのようですね。エーリーシャちゃんは時期商会の頭取なんですが……その身柄を抑えて無理やり結婚させられそうになったとか」

「うわぁ……それで事態が収集するまで一次避難でルサルカにってこと?」

「そのようです」

「でも無事で良かったなぁ……」


 感慨深くため息を付きつつ、なんとかかんとかステラが目の前の漆黒に立ち向かっていると、プリムラも同じ様にため息を付いていた。


「騒ぎで言うたら此方も相当やったでほんま……」

「うん?」


 ステラが顔をあげてプリムラを見る。


「優勝者が突然居なくなるんやもん。運営もおおわらわやわ」

「しょれはそにょう……」


 プリムラが言う通り、結果的に言えばステラは『ウタウタイ』で優勝した。ルドベキアも含め審査する全てが認めたのだ。だが表彰式の段となって祝うべき本人が会場に居ない。


 プリムラが言う通り歌い終わったステラは発表を待たず、びゅんと飛び出してシオンの元へ馳せ参じたのだ。それまで震える彼女だったが、一直線に向かって直にシオンの姿を認めるとわんわん泣きながらエーリーシャごとシオンを抱きしめた。そのせいで周囲の注目を一気に集めてしまったが全く意に介さない。

 ステラの顔は涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの酷いものであり、さらわれたエーリーシャが逆に心配するほどであった。小さい子に労れるステラは全くお姉さん度がダダ下がりである。


「結局表彰式は有耶無耶になってしもた。アタシもホンマ頭下げに下げたで……」

「ご、ごめんて……」

「領主様から『明日来い』言わはったから、明日謝りに行こ。な?」

「うん……」


 しょんぼりするステラはフォークでキノコを突きつつ曖昧な返事を返した。


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