05-07:本戦

05-07-01:消えた少女

 本戦当日。ギフソフィア生花店朝の食卓は沈黙に包まれていた。原因は同席したプリムラによるものであり、側でお茶を用意したデルフィは珍しくおろおろしている。なおシオンは空気と同化した。貴方は其処に居ますかと問われても無視する所存である。


 テーブルに肘を付き手を組むプリムラは、重い声をステラにかける。


「……ステラの姐さん」

「はっはいなんでせうか」

「今日は本戦やな」

「本戦。はい。本戦ですね」


「……」

「…………」


 指の奥から鋭い視線がステラに刺さり、彼女はたらりと冷や汗を流した。


「……『心の歌エゴ』は見つかったんか?」

「ヴッ! めっちゃお腹が痛いきがする!! ちょっと席を外したい感じ!!!」

「じゃあこのクッキーはもろうてええんやな」

「いたくありませんのでとらないでください」

「せやな、バレバレの嘘やもんな!」


 プリムラは深いため息をついて頭を抱えた。


「どうすんねん、本番今日やで……?」

「うっ……後ろの方だし……それまでになんとか」

「なるんか? ホンマなるんか? それ出来ないやつの言い訳筆頭やで?」

「い、いやでもずっと考えてたんだよ? でも結局よくわかんなくって……」

「わからんはずがないやん! ステラの姐さん、何度も言うようやけど『心の歌エゴ』っちゅうのは自分の真ん中の真ん中や。己を作っとる基本骨子がなくして『呪歌カンターヴィレ』は使われへん。姐さんぐらい単純やったらすぐ見つかるはず……なんやけどなぁ」

「面目次第も……ごじゃりません……」


 しょんぼりするステラに流石のシオンも同情したのか、挙手して話に割言った。


「プリムラさん、余り責めないであげてください。これでも毎日頑張ってましたので……」

「せやかて兄さん……このままやと街中から笑い者どころか叩き出されるで?」

「え、そんなに深刻なんですか?」

「ルサルカの『ウタウタイ』熱を舐めたらあかん」


 少しの笑顔もないプリムラの様子にシオンも事情を察して唸る。


「致命的なのはわかりましたが、一旦於いておきましょう。確認のため今一度本戦について教えてくれますか?」

「……せやな、とりあえず出来ることからしよか」


 ふぅ、と一息お茶を含んでからプリムラは切り出した。


「本戦は各区画のトップが港区の野外劇場で歌うんや。順番はくじ引きで、ステラの姐さんは最後から2番目やな。歌うのはそれぞれオリジナルの歌を持ってくるのが常道……まぁ替え歌もようあるから最悪問題ないんやけど……ひとえに『心の歌エゴ』を前に押し出さんと勝負にならん」

「やはり難しいのでしょうか。予選ではいい線行ったと僕は思うのですが」


「不可能やな。予選会はあくまで予選……手慣らしみたいなもんや。そもそもルドベキア様が直々に歌をお聞きになる。ごまかしのしようがないで」

「うーん……こまりましたね」


 視線がステラに向けば、カップを持つ彼女は申し訳なさそうに身を縮こまらせた。彼女自身もいい加減まずいとは思っているのだ。いわばテスト前に試験勉強を忘れていたようなものである。 ここで赤点を取らない、というのは神がかって不可能な話であろう。


 どうにかならないものかと考えていると、ふと裏口側でどたどた音が聞こえた。


「なんや? 偉い騒がしいやんか」

「うん……どうも尋常でないようだ。ちょっと見てくる」

「なら僕も行きましょう」


 とてとてと階段を下って裏口に出ると、見知った顔が汗だくで息を荒げていた。


「ああ、ステラ様!」

「君はエーリーシャちゃんのとこの番頭さんじゃないか。一体どうしたんだ?」

「お嬢様はこちらにきていませんか……?」

「いや、来ていないけど……何があった?」

「急に居なくなってしまわれたのです。ああ、どうしたものか」


 真っ青な番頭の様子にステラが振り返り、シオンに目配せした。彼は渋々といったように頷く。


「よしわかった、我々も探そう」

「よろしいのですか? ステラ様はたしか『ウタウタイ』に……」

「時間はまだあるからな。それに小生、探しものは得意中の得意なンだ!」


 朗らかに笑えばきゅっと口を結ぶ彼は深々と頭を下げた。


「……ではよろしくお願いいたします。もし見つかりましたら商会の方へ」

「承知した、ならまた後で」


 言うが早いか、彼は駆けていってしまった。


「さて、そんなわけでちょいと野暮用ができた。プリムラさんは先に行っててくれるかな?」

「ちょっ! ほんまにいくんか?」

「本気も本気さ。エーリーシャちゃんは友達だからね」


 ぐっと指を立てるステラに息を呑み、しかして決意のこもった瞳の強さにプリムラはため息をついた。


「それならちゃんと時間までに来るんやで? ああもう勝率もほっとんど低いのに問題ばっかりや」

「時間内に戻るは勿論だが……でも念のためにこいつを渡しておく」


 ステラが懐からリボンを1本取り出して渡す。シオンが見咎め止めようとしたが……既にリボンはプリムラの手の上だ。


「なんやこれ。リボン……か?」

「くいくいっと引っ張れば小生がわかる。そういうものだ」

「なんやそれ……? まあわかったわ」


 艶のある萌黄色の、シルクのようなリボンをくいくいっとひっぱる。プリムラは気づいていないようだが、呼応してステラの耳がピコピコ揺れる……明らかにステラの魔法が込められた品物だ。


「プリムラさん、くれぐれも大切にしてくださいね? バチが当たる系です」

「え? 呪われ――」

「てはいないんですが、丁寧に扱えばいいことがある品です。大切になすってください」

「お、おうわかった」


 困惑するプリムラに一言告げて、2人は街を探索する事にした。

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