05-06-05:予選・シングショウ

 『ウタウタイ』予選、『歌部門シングショウ』はドレスショウと同じく3日に渡って行われる。ドレスショウでさんざんこりたステラは出番まで控室にいる居心地の悪さに絶えきらず、社長出勤よろしく遅くから出ることにした。


 そんなわけでギフソフィア生花店2階の生活スペースで、ゆったりお茶を飲むシオン、ステラ、プリムラの3人である。なおデルフィはドレスショウの噂から配達の仕事が増えたため現在大忙しで対応していた。

 ドレスショウで使った髪飾りの華がデルフィオリジナルと知った敏なる者たちが、こぞって注文をしていたのだ。これも嬉しい悲鳴というべきものだろうか……。

 シオンとしては想定外の沸騰に対応しきれないから災害じゃないかなぁと思う次第であり、昨日まで申し訳無さそうな彼を全力サポートしていた。


「さて、本番は今日これからやね。2人とも意気込みはどうや」

「フフフ、小生に緊張という言葉が似合うとでも?」

「そらもうわかっとるけどな、一応っちゅう伝統文化があんねんで?」

「すみません……僕もこの程度は問題ありませんよ」

「肝座っとんなぁ……毎年ビビって声が出ん娘や、緊張して失敗する楽師もおるんやで?」


 これにシオンとステラが顔を見合わせ、お互いに微妙な表情になる。


「うーん……正直我々が戦ってきた魔物に比べたら全然軽いっていうか、なぁ?」

「そういう考え方もありますね。僕は単純に慣れているだけですが」

「2人共見かけによらず修羅場くぐっとるんやな……」


「ああ……」

「まぁはい……」


「な、なんやその気の抜けた返事は」


 くぐった修羅場が世界危機なので説明に困る。ただそうそうひけらかすことでもないのでどういったものかと悩む次第だ。特にシオンなどは『蒼の妖精』なので自分から言うことは絶対にない。


「っていうかシオン君はやっぱ慣れてるんだねぇ」

「父の家にお務めに向かうよりはよほど楽ですね。子供のお使いより『いいじいEasy』です」

「あー、うん。たしかに」


 シオンはアルヴィク公国・公王の庶子であり、王に連なる血筋の男子である。継承権こそ持たないものの、嫡子が愚物だったことも在り彼の存在は市井に広く知れ渡っていた。また何かと公王に目をかけられていたが故に貴族作法はもとより、人前に出ることなど茶飯事であったのだ。

 たかが群衆。如何なる場合においても今回彼が動揺を示すことは無いであろう。


「はぁー。念の為一発気合いれたろと思たんやけど無意味やったか」

「すまんなぁ、図太くて」

「ちなみに何をする予定だったのですか?」

「いや、終わったらちょっといい飯くいにいかへん――」


 瞬間、プリムラの背筋に悪寒が走った。具体的にはといえば良いのか。原因は対面に居るステラであり、彼女の目が爛と輝いていた。


「シオン君、ちょっと本気出す。全力でブッこむぞ」

「いや出さないでくださいよ?」

「なんでだ! ここが勝負どころだろ?!」

「ある程度呪歌を上手く使えるようになったとはいえ、制御出来ないじゃあ何が起こるかわからないでしょうに……」

「でも良い飯だよ?! 良い飯なんだよ?! タイメシにちがいないよ!! タイメシってよくわかんないけど美味しいもの筆頭のはずだよ!! それを前にして本気を出さない訳には――」


 燃える瞳のステラに、決断的冷徹なシオンの瞳が悲壮を告げた。


「暴走したらご飯抜きですよ」

「――ひ」


 ステラが一瞬で鎮火し涙目になった。


「ごめんなさいゆるしてくださいなんでもしますから」

「分かったらよろしい」

「うぅーごはんぅ……」


 本当に操縦うまいなァと、プリムラはクスクス笑いながら2人の茶番を見守っていた。



◇◇◇



 名を呼ばれ舞台へと足を踏み出したステラは急に舞台がしん、と静まり返るのを感じ取った。彼女の高精度の耳にも喧騒は遠く、ただ密やかな息遣いだけが届く。1步前に出るは簡素な白のキトンのようなドレスに身を包んでいる。頭には一輪、少しだけ萎れたギフソフィアが飾られていた。


 深呼吸。シオンに合図を送った彼女は詩を奏でる。



――遠き今際の  その先の

 ――昏き影より まろびでる

  ――いと恐ろしき 魔黒の唸り


――日夜を問わず かの魔黒

 ――光陰いずれも くいたりぬ

  ――いと悍ましき 狂乱の宴


――叫びとうねり 混ざり合い

 ――人の慟哭 世にひびく

  ――いと狂わしき 暗冥の時



 低く、おどろおどろしい声で奏でる歌は大敵アークエネミーの存在を告げる。この世すべての人が知る物語……いや、実在する怪物、ジャバウォックの歌だ。弱き人では対抗できぬ圧倒的なバケモノ……故に。



――星光差し振る 彼の宮で

 ――七つの願い たてまつる

  ――いと祈りしは 真摯の心


――そして降りたる 煌めきは

 ――女神の御元に かがやかん

  ――いと眩しきは 星鉄はがねの光


――願いと希望 背に負いて

 ――七つの誓い ここにあり

  ――いと勇ましき 六花の騎士ヘクラリトアス



 アップテンポの軽やかなリズムが英雄の到来を告げる。六花の騎士は人々の嘆きと願いのもと立ち上がるのだ。英雄譚はまさにここから始まらんとする。



――明けより来る 六花の騎士

 ――腰に靡くは イフェイオン

  ――いと麗しき 至高なる騎士


――青に輝く 剣は冴えて

 ――魔黒の下僕 うちはらう

  ――いと勇猛なり 六花の騎士


――斯くて日の差す 大地にて

 ――希望の姿 かくありき

  ――いと眩しきは 夜明けの光



 伸びやかに、軽やかに、花開くが如く。英雄が歩く道はかくあるべきと華やかだ。陽の光が当たる場所で、輝きの元戦う者こそが六花の騎士である。



――光を担うは 六花の騎士

 ――振るうは神剣 イフェイオン

  ――いと絢爛なり 穿きの騎士


――青に閃く 剣は速く

 ――魔黒の強者 きりむすぶ

  ――いと震わしきは 勝鬨の叫び


――斯くて暗雲 切り裂いて

 ――勇のいさおし とくかたる

  ――いと輝かしき 希望の光



 彼女は『蒼』を識っている。故に輝きを伝えるべく鋭く勇猛に、しかして妖精の如き燐光を歌声に乗せる。イフェイオンは最も鋭い兵器やいばであるが、だからこそ彼女は美しい。



――夕暮れを背に 六花の騎士

 ――携え担うは イフェイオン

  ――いと望まれしは 最高の騎士


――青に染まりて 剣戟は止まず

 ――魔黒の王者 たたかわん

  ――いと願いしは 彼の勝利


――斯くて最後の 雄叫びが

 ――夕闇と共に くれなずむ

  ――いと残りしは 六花の剣



 そして英雄は怪物との戦いに挑む。嘗てあっただろう神代の戦い、そのひとかけでも彼女は知っているから激しく歌い上げる。お互いに理解し合えぬ、殺し合うしか結末はない。決定的な関係がここにあり、結末は推して知るべしだ。



――夕闇に去るは 六花の騎士

 ――その道行きは なおしれず

  ――いと語りつぐ 騎士の騎士


――青は鳴り止み 剣は眠る

 ――宮に祀るは イフェイオン

  ――いと待ちたるは 星鉄はがねの剣


――刻み残るは その爪痕は

 ――以て隠せよ きりふかく

  ――いと忘れじや 魔黒の鋭牙



 まるで鏡合わせの両極にいる片方を失った英雄は何処かへと消え、全ては御伽の話の中へ。だが忘れるなかれと歌は告げる。その怪物は確かに居たのだと、また我々の前に現れるのだと。


 聴衆は怪物にクラーケンの姿を重ねて聞いていた。いつか、何時かクラーケンに対する六花の騎士ヘクラリトアスが現れることを。

 勿論祭りは無くてはならないものである。……だが海を見よ。今まさに、我が物顔で海を蠢く巨大なクラーケンが波打ち際を占拠している様を。


 居なければもっとルサルカはいい街になるはずなのに……。何故イフェイオンと同じルドベキアは征伐に力を貸してくれないのだろうか。歯噛みする思いに、ハッと気づくのはという事実だ。


 『呪歌カンターヴィレ』に熟れた聴衆の殆どを入れ込ませたその歌声。気がついたように誰かが拍手をして、皮切りにまたしても万雷の拍手が巻き起こった。


 壇上のステラは恭しく観客に頭を垂れると、楽しそうに手を振って舞台を後にした。



 予選の結果は……最早言うまでもないだろう。

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