05-06-04:予選・ダンスショウ2
ダンスショウ予選3日目ともなれば街も祭りにこなれて活気づいてくるのだが、この日シオンを伴うステラは控室で殺気めいた視線を一気に浴びた。
「あの、何か……」
「「「……」」」
沈黙は金、雄弁は銀と人は言うが、これでは『沈黙のギンッ! 雄弁はしゅん……』である。ちなみに隣のシオンは慣れたものでしんと……いや、違う! しれっとステラを盾にして気配を消しているのだ! 隙のない侮れぬ少年剣士、いや楽師である……!
(怖ェ……)
まるで親の仇でも目にしたかのような彼女たちの有様は一体どういう事か。
全てはドレスショウで噂を全部かっさらっていったが故。いつの間にか紛れ込んだ不穏分子、今わかっているのは名前のみのイレギュラーが突如頭角を顕としたなら警戒もひとしおだ。そして今もなおマントで身を隠す彼女はなにかをしでかす前触れでしか無いのである。
おずおずと部屋の中央に歩き――壁際は既に7人の候補達が使用していた――仁王立ちする。
(気まずい……これは気まずいぞ)
ヒソヒソとささやかれる声は確実にステラの耳に届いているのだが、如何せん本来なら聞こえないほど小さく呟かれているので言い返すにも言い返せない。ステラの耳は地獄耳より精度が高いのが仇となる形だ。
(うわぁ、ドロドロだよこの密度……)
たしかこういう時は『猫泥棒』と叫ぶのだったか。だが叫んでどうなるというのだろう。視線がより一層強くなるだけでは。思案しあぐねたところで最初の候補の名前が呼ばれ難を逃れ……たわけではないが多少緩和した。
「……」
ちらっとみたシオンは黙したまま静かにしているし、仕方なくステラも名前が呼ばれるのをじいっと待った。待ったところで視線は減らないがここはグッと耐え忍ぶしか無い。実はダンスショウ最終日の今日は評価点の発表日であり、控室に居る者たちは総じて戻らず待機していたのである。
それどころかステラを除くすべての候補23人が勢揃いで一斉に睨んでくるのだ。
故にステラは脳裏で『小生は悪くぬぅえ!』と叫び続けた。だが叫ぶと『おうてめぇジャンプしろよ』とか言われるに決っているのでひたすら耐えた。ルサルカではお小遣いが心もとないのである……!
「24番、ステラ並びに伴のシオン! こちらへ!」
「ああ漸くかぁ」
「お疲れ様です」
はぁ、とため息をつく彼女は若干げんなりしつつ……控室からの痛い視線を浴びながら2人は舞い踊るべき舞台へと足を進めていった。なお23人の女性は突如声を上げたシオンに、まるでおばけでも目撃したかのようにヒュイと声を上げて驚いた。
◇◇◇
カグラ……神楽とは本来、神道の神を祀り祝い奉じる儀式である。
(――と、虫食いの記憶は語るが骨子はそこじゃない)
ステラは神楽について次のような理解を示している。
まず観客は人だけではなく『見えざる神』が実際に存るものとして仮定すること。どこかにいる神聖なものに対してささげるものであることは当然として、見えずともいる『確かな観客』に見せるための舞という解釈だ。
次に『見えざる神』は存在を想定しても良いということ。神に捧げる儀式ではあるものの、それは神が飛び入り参加する可能性を示唆する。実際に神と相撲を取る儀式が存在するため当然考慮すべき点だ。
これを踏まえてステラが出した結論は、ある種の狂言であると言える。
舞台へ進み出たステラがふぁさりとマントを取り払うと、現れたのは白の狩衣に袴。烏帽子こそないがまるで陰陽師がごとき出で立ちだ。見たこともない衣装に観客はざわめくも、ステラが纏う静謐な空気に呑まれてゴクリと唾を飲み込む。静まる会場にずしと立つステラは懐から双ツ花、グラジオラスとロスラトゥムを抜き放った。
「
揺らめく魔法が得物を伝い、美しい刃を形成した。
――ベィィン……
力強く揺れる音が響く――シオンの奏でる三琴だ。続けて極めてスローに、かつしっとりとした曲を奏でれば、同じくステラもするりと動き出す。
極めて静かに音もなく、四方、八方を岩の剣が滑り撫でた。炎は静かに揺れて線を引く。『あ』と声を上げたのは果たして誰であったか。
観客が舞台に見出したのは『壁』だ。ステラが舞い踊り1つの動作を終えるごと、明確に観客と舞台が仕切りで隔てられる。
スローな踊りが終わったとき、出来上がったのは不可侵の聖域だ。いま駆け寄ったとて誰も舞台に近づく事はできないだろう。実際には何もないはずなのに、明確に線引が成されてしまっていた。
――ベベン ビィン!
三琴の奏でる曲調が変わる。それまでの静謐は鳴りを潜め激しいリズムに切り替わっていく。同じくステラの
時は一瞬。
振りかぶる炎が中空を切り裂き、ひねり切り上げて離れる。1合、2合、3合。全て美しく、しかして力強く振るわれた剣の音に観客達は不確かな違和感を覚える。故に一瞬も目をそらすことが出来ないのだ。一体何がこの剣舞に潜んでいるというのか。
「騎士だ……細身の騎士が、いる……」
誰かがつぶやいた言葉に、『騎士』という言葉が波のように伝わる。観客達はステラの前に神々しい大剣を抱く騎士の姿を垣間見ていた。異邦の剣士と神代の騎士、2人の戦いが盤上で繰り広げられているのだ。
打ち合う剣、閃く刃、瞬きすら勿体無い程に剣戟のひとつひとつが美しい。息を呑み、手を握りしめ、勝負の行方をつぶさに見守る。見守ることしか出来ない。なにせこのような勝負など見たこともないし、戦う乙女は炎に照らされ輝いているのだ。あの騎士は一体何なのか。戦う乙女は誰なのか。人々が心に問いかけ、1つの結論に至る。
騎士は火の女神ブリードであると。
勇猛果敢にして苛烈、柔よく剛を制すを握りつぶさんとする剛剣はまさに女神を体現する存在だ。乙女は神と戦う……戦っているのだ。故に目を離すことが出来ない。神はここに在り、楽しむべく笑っている。
また乙女も嬉しそうに笑う。まるで輪を描く輪舞曲を踊るように2者が舞い飛び戦う先にあるものは果たして……。
「っ……!」
ひゅ、と息が止まり手を口に当てる観客は見た。乙女の剣先を騎士が弾き、その一撃を見舞う瞬間を。あれ程の大剣を前にして乙女の体は割断されることは容易に想像でき……しかしぴたりと首筋で止まった。
――ピィン トン ピィン……
曲が鳴り止み、ステラの魔法が解かれ炎は消えた。また先程まで居たはずの騎士は何処にもなく、ただ異邦のエルフが2人壇上に居るだけだ。
静まる舞台の中、うやうやしく礼をした2人はするすると舞台袖へと消えていった……。
まるで、お伽話を見ていたかのような夢見心地に人々が浸り、口々に『今のは夢だったのでは?』とお互いに確認しあった。そして本当に起きた出来事だったと知った時、ハッキリと乙女の名を脳裏に刻んだのである。
焔舞のステラ、と。
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