05-06-03:予選・ダンスショウ1

 初日のドレスショウを終えた後は、3日間に渡って『踊部門ダンスショウ』が開かれる。ここから観客に拠る評価投票などが始まるため、1日8人が踊りを披露することになるのだ。


 ステラの番号は24、トリも大トリ故に1日目は物見遊山と洒落込むことにする。


「いや遊びや無いから。敵情視察やからな?」

「それは手にあるラケンの焼き物を於いて言うべきだったね!」

「すっ、ステラの姐さんかて両手に揚げ物やんか! 2倍のワルやでこれは」

「僕としてはどっちもどっちだと思います」

「「はい、すみません」」


 ちなみにシオンは串に刺したをかじっていた。趣味が渋すぎてステラとプリムラが心配する様であったが、ひとかけ貰うとこれが美味い。ちょうどいい塩加減に噛めば噛むほど旨味が溶け出して無限に噛めるのだ。さらに脂身が少ないため、口周りが汚れないのも良い。

 なかなかいい趣味ではないかと悪どく笑うと、ジトリと睨まれたのでステラはサクサク揚げ物を始末した。


 そんな茶番をしつつ売店を周り、近郊の劇場へと向かう。するとステラの長耳がピョンとはねた。それを見逃すシオンではない。


「何がありました?」

「いや、顔見知りが困ってるんだけど……」

「えっ、助けに行かないんですか?」

「そうなんだけど……ちょっと気まずいっていうか?」


 唸るステラにシオンが驚いたように目を見開いた。


「ステラさんもしかして熱でもあるんですか……? こういう時『わはーちょっといってくるえへー』とかブっとんでくじゃないですか」

「君の中で小生のイメージがどうなのかわかったよ。だがそうだね……よっしゃあ、ちょっと行ってくるか!」

「ええ、行ってらっしゃい」


 嬉しそうに笑うステラは人混みをすり抜けるように駆けていった。


「ちょちょ兄さん、追わんでええの?」

「すぐ戻ってくるでしょう」

「いやそうやなくてやな……逸れたら迷子にならへん?」

「彼女に限ってはないですよ」


 断言するシオンも干物を食べきってふぅと息をついた。飄々とし態度に目を丸くするプリムラだが、しかし納得するようにうむとうなずく。


「なるほど、シオンの兄さんは港なんやな」

「なんですそれ?」

「いーや、なんでもないで~♪」


 楽しそうなプリムラもラケンの串をひとかじりして、鼻歌交じりでまつりを楽しんだ。



◇◇◇



「あっははへぇ、お嬢ちゃん可愛いねぇ」

「や、やめて……いそいでる……から……」


 少し路地に入ったところでイワシの魚人族ゼルマーフの女性、アコニートは酔っ払いに絡まれて怯えていた。大柄な獣人族ビーストは舌なめずりして彼女に迫るが、手が伸びようとしたところでそれは阻まれる。


「ダイナミィックウゥゥ・エントゥリィイイ!!!」


 鈴なりの軽やかな美声とを伴って。ゴロンゴロンと転がっていく酔っ払いを前にヒュウと息を吸う彼女は大声で叫んだ。


「幼い女の子を手篭めにするとかクズの犬野郎め!! 恥を知るが良い!!!」


 思わず耳をふさぐほどの声量に、なんだなんだと人々は斉に視線がアコニートに向き、ついで酔っぱらいのビーストに向いた。その視線は凍えるほどに冷たい。


「テメェクズ野郎! なんてことしやがる」

「クズ中のクズ! こらしめてやるぜ!!」

「テメーはタコス以下だ、クソ外道が!」


「おっ、ちょ、やめらばぶっ?!」


 遠くで砂埃や殴打音といった物騒な音が聞こえる。怯えるアコニートだが、突然ふわっと身を持ち上げられた。視線はいつもより高く、少し恐怖を感じてそばにあったにしがみつく。一体何が……と気づけば、彼女はお姫様抱っこされていた。


「え……?」

「飛ぶよ、しっかりね」

「何を……ひゃっ」


 言うが早いかアコニートは勢いよく中空へと飛び上がり、一気に屋根の上へと身を持っていかれた。そして水路を2本飛び越える頃にはお祭りの喧騒しか聞こえなくなる。


「フー、とりあえず撒いたと見ていいだろう」


 屋根の上にアコニートは降ろされ、膝をつく彼女と目線が合う。眼の前に居るのはつい先日己を恫喝した恐るべきハイエルフ……名前はステラ。ニコニコ笑う彼女はいったい何が嬉しいのだろうか、アコニートにはその笑顔が逆に怖くてたまらない。


「あ、あの……」

「うん? どしたん?」

「なんで、ここに……」

「君が襲われてたからサクッと助けた。以上」

「ほ、本当に……なぜ……」

「小生がそうしたかったからだよ。……それより君、急いでるんじゃあないか?」

「え、あっ……!」


 そう、アコニートのダンスショウは今日なのだ。それも3番とあまり時間は残されておらず……しかし会場はここからは遠い。最早間に合うまい。気落ちするアコニートだがステラにもう一度抱きかかえられた。ふわりと朝潮の香りがして、くすぐったいあたたかみに包まれる。


「見たところ君の舞台に向かう途中で絡まれたようだな……場所を教えてくれ。カカッと向かおうじゃあないか」

「で、でも……」

「良いから良いから。先日のわびだと思って、な?」


 ぱちんとウィンクする彼女からは威圧感はなく、ただ女神のように微笑むのみだ。先程まであんなに怖かったのにどういう事か、即ち自分が怖がっていただけなのではないか。信用して良いような気がしてコクリとうなずき場所を告げる。


 それからはあっという間だ。ふわりふわりと、高級なベッドの上を跳ねるようにステラは屋根を飛び、まるで猫のように街を駆け、またたく間に会場にたどり着く。手番はちょうど2番の乙女が演目を終えるところであり、ちょうど間に合った形となる。


「あ、あの……」

「じゃあがんばってね。応援してるよ!」


 そういって彼女はグッと親指を立て爽やかに笑うと、現れたときと同じようにサーッと消えていった。伸ばした手が所在なさげに空を掴み、軈てぽてんと落とした。


(お礼……言えなかった……)


 ステラは確かに恐ろしい人だ。だからこそ敵対しなければいい人……なのかもしれない。アコニートはふぅ、と息を吐いて自分の名前が呼ばれたことに気づいて慌ててステージへと駆けていく。



◇◇◇



「よっと」

「ひゃあ?! ってステラの姐さん?!」


 突如空から飛来したステラに驚いたプリムラが飛び退いてステラを見る。パタパタと裾を払うステラは満足げだ。


「どうでした?」

「うむ! 上手く助けられたよ。せっかくだから応援しに行かないかい?」

「応援ですか……わかりました、行きましょう」

「ちょちょ、待てや! 何が起きたか分かるんか?!」

「いや、だいたい察したので……」

「『ロシウと月』かいな!」


 プリムラの言う『ロシウと月』とは、ロシウという人物がこの世界の月ル・レイア、ル・レイスを己と妻に例えて言ったという愛の囁きである。まさに今のシオンとステラのように、言わずとも理解し合ったような間柄をさしていうことが多い。所謂『ツーカーの仲』と同じ使い方だ。


「ま、慣れですよ慣れ」

「ホンマ船に港やな……もうとことん着いてくわほんま」


 諦めたように肩を落とすプリムラは、ふんすと息を吐いて胸を張った。




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