05-06-02:予選・ドレスショウ

 地区予選。ステラの出る外縁5区は街の人中心に集まった区画であり、ある意味素朴な雰囲気の予選会となっている……はずなのだが。


(怖え……)


 マントで身を隠すステラはこのギスギスした控室せんじょうにて完全に怯んでいた。控えとなるスペースは女同士が口裏で本音を言い合う、ベシャリロワイヤルの屠殺場キリングフィールドと化していたのだ。


 正直ステラは彼女たちが何を言っているかさっぱりわからない。だが意図は汲める。例えば部屋の奥にいる2人の女性を見てみよう。


「あら、素敵なお召し物ね。いい布も使っているし肩のラインがきれいだわ」

「そういう貴女こそ素敵な髪じゃない」


 字面は可愛いが、視線を読むステラからすれば次の副音声が脳裏によぎるのだ。


『あらお笑いだわね。3流生地に縫い目の荒い縫い目……程度が知れるわ』

『モジャモジャ頭に言われる筋合いはない』


「ふふふ……」

 『テメエ……』

「ホホホ……」

 『やんのかオルァ』


(ひぃいい……)


 ステラは絡まれないように全力で気配を消した。いつ何時目を付けられるかわからないし、絡まれて生きて帰れる気がしない。ステラ史上最大のピンチと言ってもいいだろう。最早魔法を使って彼女は静かにしていた。魔物を散らす隠遁術ならバレることはない……はずなのだが時折キッと目を向けてくるものが居て怖い。結局ステラのキのせいであるのだが、その眼力が余りにつよすぎて気圧されているのだ。


(正直ナメてたわ……)


 完全に借りてきた他所猫……でなければこの先生きのこる事は出来ない。恐ろしい水面下バトルに自ら身を投げるなど自殺と何が変わると言うのか。ステラは賢いので壁の花になった……もし1歩前に出れば床のシミになってしまうだろう。


 研いだ直後のナイフのような空気は、予選会スタッフの掛け声で晴らされる。振られた番号順に名前が呼ばれ、最初の1人が出ると控室からでもわかる歓声が湧き上がった。


 ついに『衣部門ドレスショウ』が始まったのだ。


 控室に居た女性は1人また1人と舞台に出ては戻ってくる。女性達はすれ違う時、まるで鍔競り合いでもせんがごとく一瞬睨んで控室を出ていく。お披露目に当たるこの日は、特に評価もないためそのまま解散なのだ。

 さらに同じ区画のライバル達について、お互い『見た目』に関する評価は既に済まされている。これ以上の牽制も必要なく、翌日からの『踊部門』について最終調整のほうがよほど大事なのだ。


 ステラはそっと己に振られた木札を見下ろす。『24』とかかれたそれは本日のトリを意味していた。


(よし、がんばらねば……)


 盛り上がる歓声とは逆に寂しくなる控室でぐっと拳を握りつつ、殺伐空気が薄れていくのに安堵するステラであった。



◇◇◇



 半円形の段々になった椅子に座る観客の少女は今日という日が楽しみで仕方がなかった。彼女は市井に数多居る半人前のお針子の1人だ。いつかは己のデザインした服を作って、『ウタウタイ』の乙女に採用されるのが夢の、何処にでも居る普通の少女である。


 『ウタウタイ』のドレスショウは彼女のようなお針子にとって一世一代、夢の舞台だ。己の手が入った可憐な花が幾多の人の目に留まるのが今日この日である。人々も単純に美しい女性を見る為に集まり、また女性たちは最新のファッションに鋭い目を光らせている。当然ドレスが評価されれば作った工房や担当したお針子は噂になるため、ドレスを着る乙女たち以上にお針子達は殺気だっていた。


 いわばダイレクト・マーケティングに相当するショウにドレスを出展するのは、ルサルカ全てのお針子の夢なのだ。ましてや『ウタウタイ』のドレスをひと刺しするなんて……。半人前の少女には本当に夢のまた夢であるが、だからこそ彼女は本気であった。


 今年もまた幾多のドレスが翻る。少女は『いつか自分もあんなドレスを』と手元の葉紙に特徴や思ったことをつぶさにメモしていった。今年もずいぶんな力作ばかり揃っているし、技術的にも目を見張る物が多い。多いのだが……、


(やっぱり……)


 のである。どうにも心に刺さるドレスがない。たしかにどれも半人前の自分には作り出せない、一等見事な品であることは確かだ。だから『何れ到達しうる場所』だとわかってしまう。日々努力を重ねれば彼女も作り出すことは可能なのだ。


 故にひと刺し。一歩前に出た珠玉のドレスがない。


(ま、早々あってたまるもんですかって話よね)


 デザインのシンギュラリティなど起こるわけもなく。お貴族様たちの流行が少女のような下々まで降りてくるのも稀であり。ドレスショウ最後の乙女を前に、ため息をついた少女はメモした葉紙を仕舞おうとした。


 だから会場のどよめきに一瞬遅れてしまったのだ。目を向ければ全身を茶色のフード付きマントで覆った女性が現れている。


(何あれ……ふざけてるの?)


 華やかでもなく、何かを凝らしたわけでもなく、ただ己を隠すように地味な格好でその助成は佇んでいた。確かに村娘などが出たときは地味な格好ということは往々としてあるが、それにしたって身を隠して現れるなど何のつもりなのだろう。


 佇む彼女はどよめきを前に臆すること無く一歩前に出た。


「24番、ステラ。参る!」


 彼女はマントの裾から腕を前に伸ばして指を弾いた。響きは会場中に響いて、同時に女性のマントは文字通り燃え上がる。


「なっ?!」


 炎は渦を巻き、熱をちらして火柱となった。後に現れたのは……熱だ、熱が其処にあった。燃え上がるような真紅のフリルが風に舞い、乙女の姿を白日のもとに晒す。


(あれ、は……)


 真紅のAラインドレス。胸元は大きく開いて……いや、首元にあるチョーカーからごく薄く透ける、美しい花を刺繍した生地で覆っている。それがデコルテと肩を包み、シルクのような手袋へと続いている。胸元から腰までは大きな胸を支えるように立体的なコルセットだ。それ自体もまた見事な華が刺繍されているのが遠目からもはっきりと分かる。真紅の中で艶のある花びらは少女の記憶が正しければ茨をもつアルマ。いっそ蠱惑的なまでのリボンに包まれた花々は、まるで生きた花束のようですらある。


 そして何よりスカートだ。膝下まであるドレスは全てがフリルなのである。通常フリルといえば可愛らしさを演出するパーツであるが、相対的に重い印象を抱かせる。しかし乙女が着るものはその重さを感じさせない。むしろ羽毛のように柔らか、それでいてしっかりとした陰影を産む生地で作られていたのだ。


(あんなの私、知らない……)


 乙女が一歩前に出て、少女の心臓が早鐘を打つ。一体何をするというのか、彼女は軽くステップを踏んでくるりと回った。するとスカートがまるで産毛のようにふわりと浮かび上がり彼女に従うように舞い踊った。とんと跳ねる彼女はまるで妖精のようで、フリルは蝶のようである。そして目を引く薄金アイボリーの髪に挿してあるのは大輪の白花。たしか……最近話題のギフソフィアという花ではなかったか。


 纏う乙女も美しい。まるで今生に降り立つ女神の如きエルフであった。


 静まる会場にはほぅという溜息ばかりが漏れて、歓声の全てが鳴りを潜めている。降り立つ乙女は淡々と踊り、最後に微笑みカーテシーでお辞儀をすると静かに会場を後にした。


 だれかが『ぱち、ぱち』と手をたたき、それを皮切りに万雷の拍手を持って彼女を見送る。同時に少女たちお針子の間にもざわめきが起こり、アレは何だ、生地はどこで、どこの工房が作った等情報が錯綜する。


 しかしすべての情報は彼女の耳をただ通り抜けるだけだ。


「すごい……すごい!」


 少女の頬は紅潮し、現れた乙女のドレスの全てを脳裏に記憶した。少女の心に炎が宿る。ひとえにそれは、


(私もあんなドレスを作りたい……!)


 という真摯な熱であり、この日を境に少女の練習と技のさえは燃え上がるように上がっていくのだった。後に『焔のひと刺し』の二つ名を頂くお針子の始まりであったが、それはまた別の物語である。


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