05-03-03:お花をお届け

 運ぶべき花は何種類も有るが、シオンがアイテムポーチを持っているため運搬に関して困ることはない。勿論ステラの【次元収納】でぃめんじょん・すとれーじも同じ事ができるため彼女が運んでも良いのだが……デルフィの精神的健康の為に秘匿することにした。そもそもシオンのアイテムポーチで足りるのだからそちらを使う方がリスクが低い。よっぽどのことがない限り彼女の収納魔法を使うことはないだろう。


「しっかしえんってやつは面白いよなぁ」

「確かに……なんと言いますか、世界は広く世間は狭いのですね」

「ほんとにね。まさか運び先がエーリーシャちゃんの商会事務所とはなぁ」


 そう、聞き覚えが有る配達先だと思ったら、船旅で世話になった少女の家の注文だったのだ。恐らく主人一家を迎えるにあたり、注文をということなのだろう。


「んじゃこっちだ。ついてきてくれ」


 【鷲の目】いーぐる・あいで街路を俯瞰しながら、ステラはシオンを道案内してルサルカの街を歩いて行く。



◇◇◇



 港区にある商会は立ち並ぶ他の建物と似たりよったりの間取りをしている。大体が物流を担う商会なのだから似るのも当然であり、そうなると掲げる看板を1つ1つ注意深くみて調べ廻る必要があった。


 だがここには野生動物も仰天する視力の持ち主ステラが居る。通りを一瞥すれば看板の可否など一目瞭然で分かるのだ。手がかりの全てが解っているなら道に迷うことはほぼ無い。そんなわけで宣言通り一直線で裏口へやってきた2人であった。


「ちわーっす、『ギフソフィア生花店』でーす。お花のお届けにあがりゃーっしたはっ?!」


 尻をひっぱたかれたステラがぴょいと飛び上がる。


「な、なにするんだ?!」

「こういうの『残当』というのですよね?」

「ちがぁうよ! トーヨー古式にのっとるミカワヤ・フロー・モデルだよ!」

「では残当ですね」

「ぐぬぬ」


 一片の曇もなく非を悟りステラは押し黙る。それと同じくして声を聞いた店員がやってきた。


「『ギフソフィア生花店』か、待ってたんだ……って、見ない顔だね?」

「臨時の雇われ店員です。どうか宜しくお願いします」

「お願いしまあす!」


 元気よく居挨拶すると張り付いたような笑顔で店員は応えた。所謂商売モードだろう。


「商品はアイテムポーチに。どちらに置けば?」

「承知しました、ではそのまま作業台の上にお願いします」


 そのまま梱包された花束をそっと置いていく。量は多く小山となるほどある……少なくとも商館を飾り立てるには十分な数と言えるだろう。全量置く間際、ステラは思いついた様にぽんと手を打った。


「あー、あとこれは私用なのだが。エーリーシャちゃんはいる?」

「……なんの御用で?」


 突如言い当てられた主人の一人娘の名に店員の態度が固まるも、ステラが苦笑いで応える。


「悪い悪い、警戒するな。『結局ウタウタイに出ることになった』って一言伝えてほしいだけさ。んじゃ頼んだよ」

「ウタウタイ……?」


 懐疑的に見る店員は、突如ひらめいたように顔色が変わった。


「……まった、あんた……いや、貴女、名前は……?」

「うん? 小生がステラで彼がシオン君だけど」

「もしや御嬢様が船でお世話になったというエルフの……」

「ああひどい船酔いだったらしいね」


「しっ……失礼しました! 少しお待ち下さいませ!」

「ううん?」


 にわかに騒がしくなったバックヤードでぽつねんと待たされるステラである。一体何かやっただろうか……ステラが首を傾げるも、『それだけのことをしたんだよ!』とシオンがジトリと見上げた。船酔いを軽減するクスリはあっても治癒するクスリはないのだ。その点を考慮すれば如何にとんでもないことをやったかわかろうはずなのだが……こういう所が放って置けないのである。


「ステラお姉さん!」


 程なく奥から太陽のような少女がトテトテと小走りにやってきた。両手を広げてやって来るのに合わせてステラがしゃがみ、ギュッと抱きしめてやる。


「やあ、また会ったねぇ」

「遊びに来てくださったの?」

「いや、そこのお花を届けに来たんだ。小間使いだね」

「わああ♪」


 ステラから離れぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ彼女は実に可愛らしい。この場において、まるでお人形のようにくるくる廻る彼女こそが真の花であろう。


「えへへ、ありがとうお姉さん!」

「わーい小生何もしてないんだがなー。ま、今日にでも飾ってくれると嬉しいよ。その方が花も喜ぶ」

「もちろんですわ!」


 ふわっと笑う彼女からはえっへんと胸を張った。それは彼女が望む淑女らしさは欠片もないが、年相相応の可愛らしさがあって周囲の誰もが微笑ましく見守っている。


「それで1つ報告があってね。小生『ウタウタイ』に出ることにしたんだ」

「ほんとう?! わたくしおうえんしますわ!」

「そかそか、なら頑張らないとねっ」


 ステラに駆け寄って手をぐーに握って跳ねるエーリシャ。苦笑するステラはつい手が伸びて頭を撫でる。『ふわあ』と気持ちよさそうにする所が、どことなく猫のようで面白い。


「さて、伝えることも伝えたしそろそろ行くとするよ」

「あっ、練習たくさんしないとなのね……」

「そそそ。じゃあ、ありがとうね」


 名残惜しそうに裾を掴むも、意を決してふんすと決意した彼女は丁度やってきた両親にトテトテと駆け寄り、此方におしゃまなカーテシーをして挨拶をしたのだった。

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