05-03-02:歌えないウタウタイ

 デルフィの言葉にステラがキョトンと首を傾げた。


「『歌えないローレライ』ってのはどういうことだ? そもそもローレライは歌がとても上手い種と記憶しているんだが……魔人族ディアブロだから魔法の扱いにも長けているだろうに……」

「しかし彼女は歌えない……己の声を見失った呪歌使いローレライなのですよ」

「ふむん? 意味が違う、のか……どういうことか教えてくれ」

「わかりました。ならまず、ステラ様のためにローレライと呪歌使いローレライについて御説明しましょう――」


 ローレライとは魔神族ディアブロに属する1種族だ。ステラの記憶におけるセイレーンと同じ様に歌をこよなく愛し、また魔力を載せた歌は人々を魅了する力を持つ。この歌を『呪歌カンターヴィレ』と言い、また歌い手をローレライの名を借りて『呪歌使いローレライ』と呼ぶ。


 呪歌カンターヴィレはその特性上広域に影響を波及させることが出来るため、過去に大軍を鼓舞する目的で使われた事もあった。しかしローレライたちは争いごとより歌を愛でることを好むこと、また戦時利用が難しい能力であるために使い所の難しい能力でも有る。


 それは呪歌使いローレライが個々に持つ『心の歌エゴ』だ。


 己そのものを表す詩であり、世界に刻むべき声。つまりはアイデンティティの結晶こそが『心の歌エゴ』であり、『心の歌エゴ』を持つものが『呪歌使いローレライ』なのである。故に他種族も『心の歌エゴ』さえ持っていればステラの様に扱うことは可能である。


 ローレライ以外であれば、魚人族ゼルマーフ人魚マーメイドは適正があるようだ。


 だが注意すべきはやはり『心の歌エゴ』。己を表現し、体現し、形となす基底が失われれば『呪歌使いローレライは歌を失う』……つまり歌えなくなる。例えば戦争などでいやいや歌わされれば、やがて『心の歌エゴ』が壊れてしまうのだ。


「……なるほどなあ、プリムラさんは己の真ん中を欠いていると。でも何故そんな事になってしまったんだ? 心の有り様は少しずつ変わるだろうが、一度見定めた己のアイデンティティが突然崩れることはないはずだろう」

「そのアイデンティティが問題だったのです。彼女の『心の歌エゴ』はに支えられたものでした」

「旦那さんや恋人のような特別なパートナーってこと?」

「そうですね、とても親しい間柄の方だったようです。数年前までは『ウタウタイ』最有力候補だったのですが、決勝直前にその方を失いました。結果舞台上で歌えなくなり不戦敗したのですよ。以後街から姿を消していたようですが……そうですか、戻ってきていたのですね」


 感慨深げに話すデルフィはふむと頷くが、疑問を覚えるステラはやはり首を傾げた。


「決勝まで残った猛者なら、教師役としてはかなり有力な候補なのではないか?」

「ステラさん、『歌を失った呪歌使いローレライ』ですよ? いちばん重要な『心の歌エゴ』を見失ったローレライが、一体何を教えられるというんですか」

「たしかにそうだが……」


 『ウタウタイ』とは言わば呪歌使いによる歌の闘技場、つまり専門魔法の技を競う競技会と言える。本質を理解していない者が、専門業種に関わって良い結果を生み出すことは殆ど無い。プリムラが如何に情熱を傾けようが、呪歌を使う上で一番大切なことを失っている事実は変わらないのだ。故に彼女の疑問が解けきることがない。


「それって彼女が1番わかっていることだよな? ならなぜ教師役を買って出るなんてを言い出したんだろうか。街中に知れているなら、もし小生が頷いたとしても後に断られることは確実だったとおもうのだが」

「前金だけ貰って逃げるなどは考えられませんか?」

「それこそ有り得ないね。彼女の目は本気だったし……嫌な感じも一切しなかったのは前も言ったとおり。あの時点で彼女は本気で『ウタウタイ』優勝を目指そうとしていたのだよ」

「であればなにか事情があるのかもしれません。一度話を聞くのは有りでしょう……彼女は港にいると言っていましたね」

「なら行ってみよ……あー。もっ、もちろん仕事が無いときに、ね!」


 慌てて向けられた視線にデルフィはニッコリと笑顔を浮かべた。


「港に行かれるのでしたら、小職の配達を1つ任されてくれませんか? 丁度注文があるので届けてほしいのですよ」

「えっ問題ないぞ、任せて欲しい! っていうか……もしかして事前に用意してたとか」

「そんな事はありませんよ? 小職は先見の目を持っておりませんので本当に偶然です」


 懐疑的なステラの目線に対し、デルフィは真剣な眼差しでシオンに向き直った。


「ですが若様、くれぐれもお願いしますね? ステラ様は若様でないとダメなのです」

「勿論無茶する時は止めますよ……それより畏まらなくても良いのですよ? 僕は雇われにすぎません」

「こればかりは如何とも。お許しください……では配達の花を用意いたしますね」


 苦笑する彼は肩を竦めると、食器を片付けて地下へと歩いていってしまった。

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