05-03-02:歌えないウタウタイ
デルフィの言葉にステラがキョトンと首を傾げた。
「『歌えないローレライ』ってのはどういうことだ? そもそもローレライは歌がとても上手い種と記憶しているんだが……
「しかし彼女は歌えない……己の声を見失った
「ふむん? 意味が違う、のか……どういうことか教えてくれ」
「わかりました。ならまず、ステラ様のためにローレライと
ローレライとは
それは
己そのものを表す詩であり、世界に刻むべき声。つまりはアイデンティティの結晶こそが『
ローレライ以外であれば、
だが注意すべきはやはり『
「……なるほどなあ、プリムラさんは己の真ん中を欠いていると。でも何故そんな事になってしまったんだ? 心の有り様は少しずつ変わるだろうが、一度見定めた己のアイデンティティが突然崩れることはないはずだろう」
「そのアイデンティティが問題だったのです。彼女の『
「旦那さんや恋人のような特別なパートナーってこと?」
「そうですね、とても親しい間柄の方だったようです。数年前までは『ウタウタイ』最有力候補だったのですが、決勝直前にその方を失いました。結果舞台上で歌えなくなり不戦敗したのですよ。以後街から姿を消していたようですが……そうですか、戻ってきていたのですね」
感慨深げに話すデルフィはふむと頷くが、疑問を覚えるステラはやはり首を傾げた。
「決勝まで残った猛者なら、教師役としてはかなり有力な候補なのではないか?」
「ステラさん、『歌を失った
「たしかにそうだが……」
『ウタウタイ』とは言わば呪歌使いによる歌の闘技場、つまり専門魔法の技を競う競技会と言える。本質を理解していない者が、専門業種に関わって良い結果を生み出すことは殆ど無い。プリムラが如何に情熱を傾けようが、呪歌を使う上で一番大切なことを失っている事実は変わらないのだ。故に彼女の疑問が解けきることがない。
「それって彼女が1番わかっていることだよな? ならなぜ教師役を買って出るなんておかしなことを言い出したんだろうか。街中に知れているなら、もし小生が頷いたとしても後に断られることは確実だったとおもうのだが」
「前金だけ貰って逃げるなどは考えられませんか?」
「それこそ有り得ないね。彼女の目は本気だったし……嫌な感じも一切しなかったのは前も言ったとおり。あの時点で彼女は本気で『ウタウタイ』優勝を目指そうとしていたのだよ」
「であればなにか事情があるのかもしれません。一度話を聞くのは有りでしょう……彼女は港にいると言っていましたね」
「なら行ってみよ……あー。もっ、もちろん仕事が無いときに、ね!」
慌てて向けられた視線にデルフィはニッコリと笑顔を浮かべた。
「港に行かれるのでしたら、小職の配達を1つ任されてくれませんか? 丁度注文があるので届けてほしいのですよ」
「えっ問題ないぞ、任せて欲しい! っていうか……もしかして事前に用意してたとか」
「そんな事はありませんよ? 小職は先見の目を持っておりませんので本当に偶然です」
懐疑的なステラの目線に対し、デルフィは真剣な眼差しでシオンに向き直った。
「ですが若様、くれぐれもお願いしますね? ステラ様は若様でないとダメなのです」
「勿論無茶する時は止めますよ……それより畏まらなくても良いのですよ? 僕は雇われにすぎません」
「こればかりは如何とも。お許しください……では配達の花を用意いたしますね」
苦笑する彼は肩を竦めると、食器を片付けて地下へと歩いていってしまった。
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