05-03:ルドベキアの命題

05-03-01:勝利条件の為に

 ルサルカにおける食事といえばやはり海産物が主体となる。海風の吹く地帯故に乾物が多く生産されるためか、朝食もそれに沿ったものだ。


「む、これって干物を戻したスープなのか」

「そうですね。イサラの貝柱を使った、ルサルカでは一般的な朝食です」


 ステラが見る木製のカップに入っているのはホタテに似た極太の貝柱だ。カランと乾いた身に熱湯を注いで戻すのだが、普通の乾物と異なりインスタント食品めいて3分ほどでふにゃりと柔らかくなって食べられるようになる。出汁が溶け込んだカップに塩を少量入れれば立派なスープに早変わりだ。貝柱はコシがあって噛みごたえが在り、噛む毎に味が染み出してきてなんとも美味い。これに干パンを加えれば1日の活力がもりもりと湧き上がってくる。


「しかし大変な事になりましたねぇ」

「『ウタウタイ』の件か? まあ仕方ないよ、左様な課題だと割り切るしかない」

「デルフィ、ステラさんの歌については知っての通りです……それでも難しいのですか?」


 彼はコクリと頷き、眉間にシワを寄せた。


「ステラ様の歌はたしかに『呪歌カンターヴィレ』に準じますが、なら他の候補者も扱えます。むしろ制御できていない分、ステラ様は圧倒的に不利と言えるでしょう」

「え、マジで?」


 楽観視していたステラの笑顔が引きつる。だいたい物事は力技で何とかなってきたし、歌については特に『聖餐の聖女』等と言われたこともあり自信があったのだ。故に快諾したのだが……確かにデルフィの言い分は最もであった。一流は才能がものを言うが、しかして努力せず掴み取れる一流など存在しない。

 如何にステラが神の恩恵を帯びていたとしても、その点にかわりはないのだ。


「そもそもしっかりと歌の練習をしたわけではないのですよね?」

「……たしかに避けてきた領域だし練習などしたことがない。特には一度もないね」

「如何に規格外とはいえ、熟練の歌声にはやはり及ばないかと。少なくとも先生をつける必要があるんですが……」

「教師ですか……難しいですね」


 シオンとデルフィが難しい顔で唸る。先生という言葉にステラが考えをめぐらせれば成る程と納得した


「あー、そうなると月謝払わないといけないもんね。収入ない我々では雇うことは難しいか」

「それだけではありませんよ。『ウタウタイ』の先生は殆どが元『ウタウタイ』なのです」

「え……」


 納得した筈のステラがガチリと固まった。


「不味いんじゃないかそれは。つまり絶対数がほとんど居ないってことだよな」

「そのとおりです。『ウタウタイ』は見る側にすればとても華やかで楽しいお祭りですが、参加者にとっては人生を賭けるにたる勝負の場なのです。少なくとも翌年まで大きな栄華を得て、知らぬものは居ない著名人として持て囃される事となります。また優勝した実績は以後箔となり将来は保証されたも同然となりますね。昨年の優勝者は元々宿屋の娘だったのですが……今では貴族もかくやという生活をしているようですよ」

ヴォーパルルドベキアが認めた、というのも大きな利点なのだろうね」

「はい……故に本人の偽物もよく出回りますが……バレれば処刑です」

「あー、ありそうな話だ」


 なお『ウタウタイ』の詐称は厳罰に処されるため非常にリスクが有る。それでもなくならないのは、相応にリターンが有るからだろうか。


「また箔を得た優勝者が続けて『ウタウタイ』に出ることは殆どありません。第2の人生として教師役を引き受けることになりますから」

「それなら寧ろ勝ちやすそうな気はするけど……なにかあるのか?」

「はい……『ウタウタイ』候補者達は毎年高いレベルで揃えてきますよ。元『ウタウタイ』が教えているのですから当然のこと、全体の質もかなり上がっているのです」

「不味いですね、となると月謝以前の問題ですか」


「まとめると……月謝が超高額、教師も極少数。我々の手が届くものではない、と」

「そうなりますね。となると優勝は夢もまた夢となりますが……」


 困ったと3人が悩むが、ステラがハッと気づいたようにぽんと手を打った。


「あ、でもシオン君。我々、一応『ウタウタイ』の先生に関する伝手はあるのだよな」

「伝手ってどこに……もしかして港の彼女ですか?」

「うん、ローレライの娘。彼女に依頼してみてはどうだろう。自分から推してくるぐらいだから月謝とかも勉強できるかもしれないよ?」

「確かにそうかも知れませんが……問題は実力があるかどうかです


 これに首を傾げたのがデルフィだ。目を瞬かせた彼はキョトンとしつつ質問する。


「港でなにかあったのですか?」

「ああ、ルサルカについてすぐステラさんが捕まりまして」

「捕まった、とは……」

「寄港する前にひと歌いしたら、それを耳にしちゃったようでね。それで『ウタウタイをめざさへんかー』とか駆け寄ってきたんだ。出るつもりはなかったからその場では断ったんだけど……彼女の目は真剣で嘘をついているようには思えなかった」

「彼女、ウタウタイ、ルサルカの方言……念の為特徴を教えていただけますか」


 デルフィが庭師しごとの顔をしつつ少し前のめりになる。彼の漆黒の鎌は有象無象を刈り取るスゴイ得物……例えば主に障害となる雑草等は目につく前に処分するに限るのだ。


「ええっとな……桃色の髪、真っ白な翼、角は小さくアメジスト……深い青だな。胸はそうだな、小生の半分ぐらい?」

「少しお待ち下さい、その方の名前は……もしや『プリムラ』ではないでしょうね?」

「よく知ってるな? 」


 彼は驚いたように目を見開き、ついで苦い顔をして唸るように切り出した。


「……この街に住むなら誰でも知っていますよ。彼女は『歌えないローレライ』なのですから」

「なんだって?」


 歌えないローレライとはこれいかに、シオンとステラがデルフィに注目した。

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