05-02-05:こんなこともあろうかと
ルドベキアを収めた宝物庫への侵入、本来であれば不可能なミッションであるはずだ。だが物陰に隠れもせず、廊下のど真ん中を我が物顔で歩いて行くのは果たして『忍び込む』と言えるのだろうか。時は宵で視界がわるいとしても、進む一行の様子はまるでピクニックに赴くような有様である。
「……!」
シオンが通路の向こうに警戒する衛兵の姿を捉えたが……目が合ったにもかかわらず、異常なしと向こうに歩いていってしまった。
(相変わらずとんでもないですね……)
これは同行するステラの心象魔法、
あまりの有様に先導するデルフィも驚きを隠しえない。衛兵を見つけては物陰に隠れかけて、何事も起こらぬことに頬を掻く始末である。この魔法、存在が露見すれば非常に厄介なことになるだろう。なにせ堂々と正面からやってきて暗殺可能な性能があるのだ。魔法が行使できる事実は余計な疑心を招き、彼女の命が狙われる原因に足り得ると直感する。故に固く隠すべきと強く感じ取り、以後墓まで持っていくことを心に誓った。
なおステラは本当にるんるんご機嫌ピクニック気分であった。シオンが思うに『ひみつきちにせんにゅーそーさだ』等という心持ちなのだろうと察する。まだまだ目を離すのは先になりそうである。
勿論障害は衛兵だけではなく鍵のかかった扉もあったがこれも問題に成らない。魔法的なものはステラが得物のグラジオラスでこつんと叩けばかちりと開き、物理的なものはデルフィが10秒とせずに開けてみせた。警らを気にしなくていいなら最早何も遮るものなど無いのである。斯様な一行を見逃した衛兵を『間抜け』というにはあまりに酷なとんでもない所業であった。
そんなわけで領主館の一角、ルドベキアが安置されている部屋まで何の苦労もなくやってきたのである。
部屋の中央には突き立つように双頭の赤い剣だ。暗闇にあって妖しく仄紅く輝くのは、間違いなくイフェイオンやイェニスターと同じヴォーパルの輝きである。
「
ステラが会話のために遮音結界を張ると、フゥと息をついてグッと親指を立てた。そしてカツカツと足音を立てて近づいていくと、妖艶な女性の声が響く。
『疎通確認:
『なぜ応答しないのですか? 此方は説明を求めます、ルドベキア』
シオンが胸元から六花の結晶を取り出すとイフェイオンは怒ったようにビカビカと輝いた。応じるルドベキアは深く怒りを貯めるように血のように赤い輝きを放つ。
『わたくし、無粋な者は嫌いなの。お帰りくださる?』
『否定。説明になっていません』
『ここで
不穏な気配にシオンとデルフィは口をだすことが出来ない。言いようのない圧を感じたが故だ。それはどことなく二人の女性が言い争いをしているような幻視を引き起こし……パチンと手を打つ音が響く。過剰な輝きは一旦止まり、ステラは見られている感覚が2つ追加されたことを確認した。
「はいはい、喧嘩しないの。で、君がルドベキアで良いのかな?」
『あら貴女いい声ね。そうよ、わたくしこそV.O.R.P.A.L。わたくしこそが
「ステラという。此方の彼がシオン君、後ろの彼はデルフィ君だね」
『男どもなどどうでも良いわ。わたくし貴女に興味があってよ』
「そりゃあ光栄だ。でもちょっとだけイフェイオンの話も聞いてほしいんだよね」
『嫌よ。歌の1つも奏でられない冷たい歯車の言葉なんて、何1つ響かないもの』
「ふむぅ? 君ァ歌が好きなのか?」
『そうよ。歌は良いわぁ、心のこもった歌声に魔素の響きが心地よいもの……貴女には素質がありそうね』
「そりゃ有り難いことだ」
ニヒルに笑って肩をすくめるステラであるが、続く言葉にギチっと固まった。
『なら1つ課題をこなして見せたら話を聞いてもよくってよ』
「
『V.O.R.P.A.L:RUDBECKIAがステラに命じます。
「ふぁっ?!」
『否定』
イフェイオンが強く輝く。言葉にどことなく棘のあるように聞こえるのは気の所為ではない。
『ルドベキア、巫覡ステラは剣士ではない。だというのに
『そうね、そういうことになるわねぇ』
『故障の疑いがあります。すぐさま診断するべきです』
『いいえイフェイオン。貴女こそ
「だーかーらー! 喧嘩するなっちゅうに!!」
ぷすーと怒ったステラが声を荒げるといったん2剣は押し黙った。
「ルーさんよ、つまり小生が『ウタウタイ』で優勝すれば話を聞いてくれるんだな?」
『そうよ。それぐらい出来て当然よねぇ……あとルーさんはやめなさい』
『否定、否定、否定。巫覡ステラ、貴女は言っている何を言っているか理解していない』
「イーさんも落ち着け。そのアクターってのは小生にはなれないんだろう? なら優勝したら即座に辞退すればいい」
『あら、そのまま歌ってくれてもよくってよ? どの道貴女は――』
『ルドベキア!』
『――まぁ良いでしょう。見事歌ってみせなさいな』
それきりルドベキアは押し黙り、それ以上言葉はなさそうだ。様子を見たステラがパンと手を打つ。
「ならこれで手打ちだな。じゃあ次会うときは会場で……したらな!」
しゅぱっと手をあげて別れを告げるステラは唖然とする男2人を引っ張って、部屋からスイスイと出ていった。後に残る痕跡はなく、先程まで3人も人が居たなどという事実はまるで無かったように静寂が満ちる。
『ああ……今度の巫覡は中々面白い娘なのねぇ。良い歌声を聞かせてくれると良いのだけれど』
朱のつぶやきは誰にとも届かず闇にとろけて消えていった。
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