05-03-04:コールサイン・カンターヴィレ

 商館を後にした2人は港の桟橋の付近までやってきていた。このあたりは今でも入港、出港の船が行き交い忙しない。クラーケンの驚異が有ると聞いていたが、危険を考慮してさえ商機と見た商船がギリギリまで粘って商売をしているのだろう。


 とはいえその様なリスクを負うもの達ばかりではない。クラーケンを警戒して既に係留固定している船の方が圧倒的多数なのが事実だ。そんな係留している船の1つにステラの目が止まった。周囲の貨物船や貨客船とは異なり1等装飾の施された……特に朱色と金で装飾された豪華な船である。どこぞの貴族か王族の持ち物であろうか。気になって目を凝らすと、驚くことに魔道具に見られる述線ラインが見て取れる。


(つまり超巨大な魔道具、とんでもない船だな……)


 他にも有るかと見回してみるも、たったそれだけが特別である。しかしながら王侯貴族がという話は聴かないし、居たならばデルフィが言及していただろう。となれば……『ウタウタイ』に関する特別な船なのかもしれない。沖合に出るというクラーケンに対応するための特別な方舟だ。


「ところでステラさん、プリムラさんがどこにいるかわかりますか?」

「さてな、港区にいるとしか聞いてないし……流石に一期一会の人を魔法では探せないな」


 さもありなんとシオンが頷いた。この世界において住所という便利なものは存在しない。誰かの住まいを探すとなれば、基本的に聞き込みを行って探す必要がある。ただ今回の場合プリムラのように、良くも悪くも名前のしれた人物を探すならそう時を要することもないだろう。

 


「では聞き込みしましょう」

「いや、その必要はないぞシオン君」

「どういうことですか?」

「探すではなく呼び出せば良いのだ」

「呼び出すって……居所がわからないのにどうやって」

「まぁ見といてよ♪」


 首をかしげるシオンの前でステラはくるっと回ってそばにあった空き箱に座る。そして1つ深呼吸して息を整えた。



――ラーララ ララーラ ララ~ラララ♪」



 特に意味のない内容リズムを口ずさみ、ただ楽しいという気持ちを籠めて歌を刻む。『呪歌カンターヴィレ』の基本である旋律が周囲に響き渡った。声を耳にした幾人かが此方に気づいて和やかな笑みを浮かべ、再度己の仕事を全うすべく元気よく立ち去っていく。

 だが立ち去らぬ者も存在する。特には目の色変えて此方に駆け寄ってきたのだから驚きだ。


「ほらな?」


 ジト目で見るシオンに頬をかくステラはいたずらっぽく笑った。やってきたプリムラは興奮したように羽根を戦慄わななかせ、ステラに辛抱たまらぬと詰め寄る。


「やっぱ姐さんかいな! このビビッとくる声は聞き逃がさへんわ」

「やあプリムラさん。御機嫌如何かな?」

「如何言うてもなーんもかんも上手くいかん。まぁ自業自得やからしゃないけど……で、なんで歌ってたん? 『ウタウタイ』には出ぇへんなら辞めたほうがええで」

「え、なにかまずかったか?」

「突発的にいちゃもん付けてくるアホウがおってな、面倒事になるんや」

「居るんだそう言うの……」


 むすっと腕を組んで周囲を見回す彼女を見るに、実際に起きた出来事なのだろう。確かに『可能性の芽を潰す』なら一番安易な手として有効ではある。脳裏の継ぎ接ぎの記憶によれば、靴に『カミソリ』『ガビョー』『ヤットー』を靴に仕込まれるとあった。

 恐るべき非道である。もしその様な卑劣な真似をするものが居るならば絶対に許さないとステラは誓った。具体的には百叩きおしりぺんぺんしてやるという決意である。


「で、本題なんだが。小生諸事情あって『ウタウタイ』に出なきゃならなくなった」

「ファッ! なんやて?!」

「なので少し手伝ってほしいんだけどー……あの、もしもし?」


 ガッシと肩を掴まれるステラは、欄と輝くプリムラの視線に縫い留められて固まった。だが瞳に宿る光の底に、ステラは狂気を一瞬だけ感じ取った。かくも妖しい輝きはしかし直ぐ様決意に上塗りされる。


「間違い、ないやろな?」

「うっうん。こんなポンコツで良ければ……」

「ファァァア! おおきに、ほんま嬉っしいわあ!」


 一瞬で喜色に彩られた彼女はギュッとステラに抱きついた。だが身長差から彼女の顔はステラの胸に埋もってしまい、何か喋っているようだがモゴモゴとして一向に言葉が聞き取れない。同時に彼女の相応に大きな祝福がステラのお腹を押しやり、フワフワとした感触に少しドギマギしてしまう。やがてプリムラは動きを止め埋まった胸から顔をむくりとあげた。


「……姐さん、大層な祝福やな……ちょっと埋まるのが気持ちええ感じ……」

「変態さんかーー!!」


 無理やり引っ剥がしてぺちーんと額を叩く。加減した一撃は、しかし痛かったらしくプリムラは額を痛そうにさする。


「すまんて……せやな、その祝福は彼氏さんのやもんな」

「彼氏ってー……誰だ?」

「え、シオンくんて彼氏やんな?」

「……んんっ?」


 彼氏、つまりは異性のパートナーを指す単語に思わずどきりとしてシオンを見る。だが彼は頭を悩ませるように目頭を押さえ俯き、首を降っていた。話を耳にもしていないようだ。


「そ、そんなことはないぞ? うん、そんなことはない」

「……なんや? 姐さん結構ウブやな」

「いや初というかなんというか……うぅ、よくわからん!」

「まぁええわ。せやったら早速打ち合わせと行こうや♪」

「お、おい待って、待ってったら」


 うきうき鼻歌を歌う彼女はステラの腕を組むと、グイグイと引っ張ってあるき出す。シオンはやれやれと2人の後ろを追いかけて歩いていった。

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