05-02-02:懐かしい顔
2人が通されたのは2階の生活スペースだ。彼が普段使いするのは主にここなのだという。
決して広くはない、だが狭すぎるわけでもない。3人揃って少し余裕がある広さのリビングは質素な調度品で整えられ、同時に独身独特の淡白な生活感もある。飾らない軽さがなんとなく心地よく、懐かしくも在る。
テーブルに付くとデルフィはルサルカでよく飲まれるというお茶を出してくれた。少し甘く香ばしいく煎った臭いにはなんとなく覚えがある。ステラの鼻孔は初めて感じるはずなのだが、故にぴくっと反応してツギハギの記憶が急に浮上した。
「あ、これ……烏龍茶かい?」
「いえ、
「そうだね。紅茶と違って半分だけ熟成させる系統だろう? 香りが強く、冷やして飲むとさっぱりして美味い。温めると体の底からホクホクしてくる。そんなお茶だよ」
「なるほど、
取っ手のない薄い陶器のカップに注がれた濃赤茶は常温より少し冷たい。流石に氷は無いようだが贅沢は言えまい。ほんの少し含んで味見すると、しかし虫食いの記憶が返す烏龍茶とはまるきり違うものだった。
まず当たり前だが香りが違う。周囲に紛れて気づかなかった仄かな花の香がカップから漂っている。含む一瞬にほんのりと、まるで絹をそっと撫でるように香るのだ。
つづいて茶自体はすこしとろりとした粘りがあるようにおもえる。しかしへばりつく類ではなく、茶本来がもつ甘みゆえのもので心地の良いものだ。
最後に味、これがまたよろしい。甘みを推すように独特のほろ苦さがあり、さらに香りに潜んだ花の蜜がアクセントになって非常に爽やかだ。
「うん、美味しいな……暑い日に一口飲みたいお茶だ」
「良かった……味にうるさいステラ様ですからお気に召すか心配だったのです」
「そうでもありませんよ? ステラさんは悪食ですから、もてなしの品ならなんでも『美味しい』と喜びます」
「ま、まちたまえよ! そんな人を馬鹿舌みたいに!」
「でも悪食ですよね?」
「それはー、まあー? その、認めないでもないけど?」
しかし最近拾い食いは良くないと覚えたステラである。精神年齢は漸く10と少しといったところか。日々成長を実感し、前に進む彼女である。果たして進んでいるといえるかは解らないが。するとくすくす笑うのは対面するデルフィだ。
「ずいぶん仲が良くなられたようですね」
「そりゃ拾われて1年はたつもの。ツーカーとまでは行かぬとも、仲が悪い訳もなし」
「扱いはだいぶ慣れましたね。最近はぴゅうと飛んでいってしまうことも無いですし」
「そんな子供みたいな事もうしないよぉ!」
「言いつつぷくーっと怒るところがまだだなーとか思ってます」
「くう、辛辣ー! でも前より評価あがってて素直に嬉しい小生であった」
2人のやり取りに当時と異なりニコニコ微笑むのは、かつてを思い出したが故であろう。いつかこの様に会話しつつ、彼の主は楽しそうに微笑んでいたのだ。そんなあったかもしれない光景をデルフィは幻視し、心の内で祈りを捧げる。
「何はともあれご無事でよかった……良ければお話を聞かせていただけませんか? きっと大冒険をなされたのでしょう」
「ほう、確信するような言い方だな」
「若様ほどではありませんが、小職もステラ様の破天荒は理解しているつもりですからね」
にやりと笑うデルフィに、シオンは肩をすくめることで応えとした。
◇◇◇
2人は冒険について……迷宮都市での出来事をつぶさに語った。特に最後、シオンの活躍を聞けばデルフィがは柄にもなく興奮し、ステラのありえなさに閉口し、去り際に聞いたヴォーパルの伝説が本物であることを確信させた。
「――なるほど。そのような大冒険を」
「かなり荒唐無稽ですが、信じるんですか?」
「嘘を語る意味がありませんし、それ以前にステラ様に若様ですからね」
「信頼は嬉しいのですがステラさんと並べないで下さい……」
「ヱー、シオン君だってもはや
「あくまで『
「ですが若様なら本当の騎士にだってなれるでしょう。奥様が聞けばさぞお喜びになったでしょうに……」
「母様、この手の話に目がありませんでしたからねぇ。はしゃいで体調を崩すのが目に浮かぶようです」
「そうですね、奥様は意外とおちゃめな方でしたから……」
成る程とステラは腕を組む。シオンの母親は絵に描いたように線の細い深窓の令嬢だったが、2人が言うように知っている物語をステラに聞かせてくれたのだ。その時の目の輝き、心の弾みはまさに冒険する旅先に飛んでいたに違いない。まるで子供のように語る様子は未だ記憶に色褪せず、無意識に胸元にしまわれた銀の櫛へと手が伸びた。
「さて――話し込んでしまいましたがお2人とも。今日の宿はお決まりですか?」
「いいえ、まだですが……」
「でしたら暫く泊まっていってください。今の時期ですと宿はどこも満杯ですし、お2人なら大歓迎ですよ」
「……ありがとうデルフィ。助かります」
シオンの了承にデルフィがふにゃりと笑う。だがステラの記憶によれば、もっと堅苦しく抜き身の刃がごとき緊迫を伴っていたはずなのだが。
「デルフィ君。なんていうか……ずいぶん棘が抜けて柔らかくなったねえ。なにかあったのかい?」
それにいたずらっぽく笑って応える彼はやはり様子がおかしい。
「ええ、ならお見せしましょう。どうかこちらへ」
立ち上がった彼に顔を見合わせた2人は頷いて、デルフィの後ろについて歩いていった。
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