05-02-03:秘密の花園

 1階に降りてカウンターの内側、スタッフルームに入る。簡単なキッチンと作業用のテーブルや棚、梱包に必要な器具などが置かれていた。一見何の変哲も無いようにみえるが、ステラからするとどうも違和感を覚えてしまう。何かと言われれば言葉にしづらいが、強いて言えば耳に響く音がどうも鈍いのだ。


「ここが見せたい場所ですか?」

「いいえ、少しお待ちを」


 デルフィが棚の脇の壁板をトンと叩くと、板がくるりとひっくりかえる。隠された裏側には引っぱりスイッチがあり、しっかり掴んだ彼は引いて四分の一ねじり、更に逆方向へ二分の一ひねって押し込んだ。

 すると『ガコン』と音がして棚が少しだけずれる。できた隙間に手を差し込み引っ張ると、なんと扉が現れたではないか。


「こ、ここここれは隠し扉じゃないかっ! かっこいい!!」


 なるほど違和感の正体はこれだったのだ。目を輝かせるステラはデルフィの所作に注目する。彼は懐から鍵をとりだして差し込み、かちんと解いて扉を開いた。中々に重いセキュリティが敷かれている扉の先には、薄暗い地下への石階段が続いている。


「で、デルフィ君! きみは、君のおうちはアレか、秘密基地なのかい?!」

「偶然見つけた物件なのですが、概ねそのようなものです。では小職の秘密をお見せいたしますよ」


 言いつつ笑顔のデルフィは〈ライト〉を唱えつつ、深い暗がりへと2人を誘う。



◇◇◇



 階段は螺旋状に潜り、しばらく進むとまた扉に突き当たった。隙間から漏れ出る明かりは思ったより強く眩しく見える。ともすればほど明るい。デルフィがギイと押し開いた扉の先には……。


「……おう? おぅおぅおぅおぅ?!」

「これは……一体」


 一行の眼の前には整備された庭園が広がっている。舞い散る花が幾多も見受けられ、見上げれば地下とは思えぬ青空が広がっていた。燦々と輝く太陽すら中天に浮かんでいるのである。空間がゆがんでいるのだろうか、およそありえない広さをもって眼の前に広がっていたのだ。


「ようこそ、小職が誇る『秘密の花園』へ」


 まさに言葉通り、庭園は秘すべき場所となっていた。しかし一体これはどういうことなのだろう。異常の根源にシオンは真っ先に気がついた。


「これ、もしや迷宮ラビリンスですか……?」

「待て待て、だったら魔物が出てくるだろ。ここにそんな嫌な気配はしないぞ? 寧ろ清浄というか……落ち着くような雰囲気すらある」


 ステラが目を凝らして流れを見るに、清流のように規則正しく巡る魔力……いや、魔素の流れが見て取れる。これが迷宮ラビリンスであればもっと淀んだ、言わば雨天後快晴に舞うスギ花粉が如きカオスになる筈なのだがそうはみえない。


「いえ、一歩前の状態です……あそこに井戸が見えるでしょう? あれから街を滞留する魔力を集約して、この様な空間を作り出しているのです。

 湧き出た魔力はステラ様が仰る通り、そのままでは淀みますが……全て草花の育成に割り当てているため問題にならないのですよ」


 言われたとおり目を向ければ、確かに井戸から噴水のように魔素が湧き出しているのがわかった。流れは通路に沿って庭園を流れて、植え込まれた草花にゆっくり浸透していく。つまりここは秘密……なのだ。


「……なるほど、ここは聖域……なのか」

「ご明察」


 さくさくと青草を踏みしめて井戸へ歩いていくのについていく。


「元々この建物の前の住人は奇特な魔法使いマギノディールだったそうです。しかし怪奇な死に方をして以来、化けて出る屋敷の主を恐れて誰も近寄らなかった……というなのですよ。その原因がこちらの井戸です」

「おいおい、そりゃ大丈夫なのか?」

「問題ありませんよ、しましたので」

「おっ、おう」


 笑顔で語るデルフィにステラが再度井戸を見やるが、言葉通り何かが憑いていたということは無さそうだ。つまりは庭師が……ということなのだろう。腰の黒塗りの鎌が今もまた怪しく輝いているのだから。


魔法使いマギノディールの死については単なる事故死でしょう。私も調べましたが、罠や呪いの類は発見できませんでしたし。唯一隠し部屋となるこの部屋以外に秘密はないようでした」

「てーなると……この部屋って元々何だったんだ? 魔法使いマギノディールってことは、なにがしか魔法の研究を行っていたことは予想できるけど」

「さて、何の研究をしていたのやら? ただ危険と判断したものを除いて全て処分しました。素材類など売れるものはなかなかになりまして、その伝手で街の商会の方や貴族の方と繋がりができましたよ」


 なんとも逞しい言葉に流石のシオンも苦笑した。アルマリアの使用人たちはやはり、1人として只者はいないのだ。


「というわけで、小職の店を支える庭がここなのです。何時でも見頃の花をお届け出来るので大変重宝しておりますよ」

「なるほどなぁ。花屋としては特級の強みだね、幸運に恵まれたなぁデルフィ君」

「ええ本当に……ですが見せたいものはそれだけではないのです」


 自信ありげに笑うデルフィは、こちらですと示して先導する。赤いバラ、白いチューリップ、懐かしき色とりどりのアルエナの花々。懐かしい香りで鼻孔を楽しませつつ進んだ先には驚くべき光景が広がっていた。


「これは……あの花じゃないか」


 それは見事な白の園であった。咲き誇るのは見覚えのある輪花、ステラはいそいそとカバンを弄り、少しだけ萎れたおくりものを取り出して示す。


「まだ持っていらっしゃったのですか……そうです、別れ際にお渡ししたあの花ですよ」

「フフフ、もらった宝物は大切にする派なのだよ」


 見渡す花畑をみるに、ステラが持つものより凛としていつつ何処か儚さをもっている。より洗練された形でこの場に存在していた。


「『ギフソフィア』と名付けました。今小職が一押しとしている花の1つです」

「……カスミソウ、なるほど。カスミさんを想う花か。良いじゃないか」

「そのとおりです。あの方にはもっと長く……いえ、若様の前で詮無いことでしたね」

「かまいませんよ。それにこの様な美しいで想われるなら、母様も喜ぶと思います」


 ふにゃりとわらう彼は誇らしく胸を張る。そして3人は今は亡き、かの乙女に向かって少しだけ祈りを捧げるのだった。

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