05-02:懐かしい顔
05-02-01:君は何処に
食事を終えた2人はギルドを後にすると、水路際に張り出した歩道を歩いていた。水面からは3メートル程高く、ちょっとした空中散歩の気分だ。
「居場所は分かるんですよね」
「うむ、任せておくれ!」
ステラは斜めがけにしたカバンを弄り一輪の生花を取り出す。少しだけ萎れてしまったその花の名前は、今はまだない。
「まだ持ってたんですか」
「忘れる訳がないからね」
この花は探すべき彼に深く関わりのある……つまり絆がある代物だ。最早香りを放つこともなくただ枯れるを待つばかりの花ではあれど、繋がりは色褪せず確かに此処に存在している。
「
人と人との縁を探る心象魔法は正確にその者の居所を指し示した。花から伸びるか細い青色の糸が証明として、標となって道筋を示してくれる。
「さて、目的地は街の外縁部のようだよ? ゆったり行くとしようじゃあないか」
ぱちーん、とウィンクする彼女はシオンとともに、少し歩きづらい欄干を通って人混みの中を歩いていった。
◇◇◇
街を案内してくれた船頭の言葉は確かで、街の外縁に位置する陸地に往くに従い徐々に活気が失われていった。より正確に言えば住宅街と言える区画であり、よそ者が好んで訪れる場所でないことは容易に知れる。
青の糸はその一角にあった木造の家屋を指し示した。
家の造りはどこか懐かしい。嘗て過ごした屋敷を彷彿とさせるよく手入れされた家だ。3階建ての1階が店であり、浮き彫りの花をあしらう看板には確りと店名が記されている。めずらしくガラスの入った扉の窓からは『オープン』の文字を読み取ることができた。
「『ギフソフィア生花店』か……庭師らしい就職先ではないか?」
「いや、デルフィのことですから丁稚奉公に出ることはないと思います」
「うん? つまりは……彼の店ってことか?」
「ええ、無駄遣いしなければ商売を始めるに足る資金は渡していますからね」
「そりゃ栄転じゃないか! やばい、お祝いの1つも買ってくればよかった……」
「まぁ……顔を見せるのも1つのお祝いですよ。よもやここまでうまくやっているとは思いませんでしたし」
それもそうかと思いつつステラは店のドアをきいと押し開ける。ちりんちりとする音を耳にしたあと、中からはふわりと森の香りが漂って来た。かといって本当の森のように複雑な匂いではなく、管理された人の手で作られた規則正しさを想わせる。だがステラの鼻をして感じ取れたのはそれまでだ。
(もっと甘い匂いや、青臭さがあるかと思ったんだけど……そうでもないな)
見渡す店内には店名とは異なり生花がほとんど見当たらない。周囲を見回すと簡素ながら幾多の額縁が目に入る。それらはすべて花の絵であり、よく見れば図鑑のような注釈が示されているのがわかる。店頭に飾れない分こうして『
唯一店のカウンターに置かれた花瓶に、きれいに飾られた花が生けられているくらいか。青と白、黄色の小さく可愛い花が飾ったもののセンスを伺わせる。これも彼が飾ったものだろうか。
「森の匂いはするのだが、どこからくるのだろうなぁ?」
「温室を持っているのでは? 生花となるとそうした施設が必要となりますし」
「うーん……上から見た限りはそんなスペースないんだけど。いったいどこから?」
ともすれば仲介問屋のような仕事なのかもしれない。しかし専用で花を育てる農家の伝手ができるほどの時間があったろうか。首を傾げていると程なくわざと足音を鳴らしながら、男性が一人、こちらにやって来た。
「ああいらっしゃい、どんな花をおさが、し……若様っ?!」
「久しぶりですね、デルフィ」
「当然小生も居るぞーぅ!」
「ああ、今日はなんて良い日でしょうか。若様もステラ様も相変わらず御壮健のようで」
「若様はやめてください。もう主従ではないのですから」
「若様は若様です。小職にとって曲がりなく事実ですとも。しかし安心致しました……」
当時のような無機質さはどこへやら、柔らかく笑うかつての使用人はふにゃりと笑う。
「ここはやはりデルフィの店ですか?」
「ええ、いくつもの幸運に恵まれまして持つことができました」
「おお〜そいつは良かった」
にふにふ喜ぶステラであるが、シオンは彼女の影響が多少なりとも出ていることを直感する。彼女がもたらす魔法の加護は本物であり、対象者の幸運を少しだけ後押しする作用がある。
であれば店を構えるきっかけが出来たとしても不思議ではない。もちろん最後の一線は己自身で踏出す必要があるが、その点デルフィは上手くやったようだ。証明としてこのように小綺麗な店を持つに至ったのだから。
「さあ、積もる話もあります。こちらへどうぞ」
デルフィが店じまいと看板をクローズにひっくりかえすと、カウンターを開けて2人を奥へと招き入れた。
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