05-01-05:ギルドランチ

 ルサルカギルド改め、食事処『ハンターランチ』のメニューは基本的に数が少ない。それもその筈、その日の仕入れでメニューが決定するからだ。とはいえ『ウタウタイ』に備えた準備はしていたらしく、港町らしい豊富な魚介類を取り扱った料理が多いのが特徴だ。

 であるならばステラがその一文を読み外すことなく、また迷う中で選ぶならまず第一に挙げる。


「僕は無難にトゲヒメラギの酒蒸しオススメとエールにしますがステラさんは?」

「ふふふ、小生はと火酒だな」

「サシ? 串ものですか?」

「いや、だよシオン君っ♪」

「え゛」


 ウヒョルンとご機嫌のステラは女性職員に注文する。この女性エルフはなかなか通だなあと思いつつ、承った彼女はキッチンへと去っていった。


「ステラさんの胃が魔王級なのは知ってますが、大丈夫なんですか?」

「シオン君……酒蒸しは内陸でも食えるが生食はここでしか食えないんだよ? なら選ばない理由がないだろ」

「いやでも、生……ですよね? 普通は火を通しますよ、生なんて考えられない」

「それ言ったら果物だって生だけど大丈夫じゃんか。まあ魚や肉の生食は寄生虫や食中毒なんて問題はあるけど、小生の場合文字通りだろうしなあ。便利な体だぜー」


 これにキョトンと首を傾げるのはシオンである。様子がおかしいことにステラも気づいて首をかしげる。


「あの、寄生虫とは?」

「あ……もしや知られてないのか? 若しくはいないのか……」

「虫というからには空を飛ぶのですか?」

「いや、広義で言えば生物を宿主にしたイキモノだ。共生と異なり一方的な搾取関係、レイスの生き物版っていえばいいのかなぁ? 生魚の場合は内蔵や皮目に潜んでたりする。なので基本は焼いて食ったほうがいいだろう」


 言わんこっちゃないとシオンが眉根を潜めた。


「それって人にも取り付いたりするんです?」

「そもそも胃液の強酸に耐えるようなのも少なかったりもするが……あるにはある。種類に拠るが感染すれば死人が出ることも。だが寄生部位を除いたり、強い酒を同時に呑むことで問題なくなったりするな」

「ああ、サッキン効果というやつですか?」

「そんなもんだ。人といえど過度に酒……アルコールを摂取すれば中毒で死ぬ」

「だから火酒を頼んだんですね」

「単純にニホンシュの替わりってのもあるがな……そういえば故国では、自ら寄生されるケースもあったかな」

「え、自らって……ああ、なるほど。医療的な目的ですか」

「うんにゃ、痩せたいからだな」


 シオンは目を見開いてめを瞬かせたあと、げんなりしてステラを見た。


「……バカなんです?」

「『痩せる』と『衰弱する』の区別がついてない頃の話だからねぇ、しかたないことだ。迷信みたいなもんだったが、美しくなりたいって思いは何時いかなる時も女性の命題なのだよ」


 話を聞いたシオンは、自分は絶対生食しないと誓った。



◇◇◇



 昼食時かつオススメと刺し身の注文とあって程なく料理は運ばれてきた。ステラの前に出された皿は流石に陶器ではなく木皿で風情はないが、しかし想像通りの生魚の刺し身……にしては肉厚に切られたものと、小皿に乗った塩であった。


(魚醤はないのか、ざんねん)


 とはいえ今まで見てきた中で最も白く質の良い塩だ、刺し身の伴には十分といえる。小山となった塩は塩が潤沢に、かつ安値で手に入る事を示しており、ルサルカ近郊では製塩業を執り行っていると窺い知れた。


 ならば味を見るのはまず塩であろう。画竜点睛の一刺したる塩の良し悪しで、刺し身の是非が問われるのだ。

 指先にほんの少しだけ塩を載せ、ぺろりと舐め取りじっくりと味を見る。


「ふむ!」


 甘い……なんと甘い塩であろう。雑味は残ってはいるものの、まろく爽やかな磯の香りが口に広がり心地よい。塩としては前世のものに最も近しいものであるが……はてさてこの余韻、如何に対処するべきか。

 やれ答えはすべて手の内に。左様、ドワーフの火酒だ。つぴりとひと舐めすると、清涼感を強い刺激が駆け巡る。


「むふぅ〜〜!」


 旨い……火酒といえば酒精ばかりが強い、ドワーフが飲む下手物と思われがちだがそれは違う。確りとコクの強弱があり、戦鎚を穿つかの如き独特の旨味がある。清涼と苛烈、相反するがゆえのベストマッチに好戦的な笑みを浮かべた。

 となれば残るは刺し身。こう続いてくるのであれば否応なく期待が高まる。フォークで肉厚の切り身をすくい取り、はくりと一口に食べて噛みしめる。


「っ〜ふぁぉー……♪」


 美味い……またしてもうまい。ぷりりとした身が弾けて、とろりとした油が溶け出しなんとも心が躍る。赤い身だけでご飯3杯はいけそうだ。だがひと押したりぬのは、既に塩の甘みを知ってしまったが故。

 ひとすくいの切り身にほんの少しの塩。つけすぎては辛すぎる、さりとて少なすぎては脂の甘味が勝ち過ぎる。絶妙なさじ加減は、嘗て神の腕をもつ料理人の業をもって舌に刻み込まれていた。1ミリグラムとて過つことなく付けられた切り身を、ワクワクドキドキしながら口へと運ぶ。


「むふぁッッッ!!!」


 大海である、口の中に大海原が出現した。先程まで飽きるほど見た海が、まさに命を持って口の中を満たしているのである。魚の生き様は苛烈にして儚い……しかし懸命に命を繋ぎ蒼を泳ぐ。

 そこへ流し込まれるのは怒涛の如き噴火の炎だ。押し流す火の刺激が海を嵐へと変える。大いなる自然への畏怖、雨ざらしの中で泳ぐ魚はなんと愛おしいのだろう。

 だが抵抗もここまで。渦潮のごとく吸い込まれる魚は、抗いようもなくこきゅりと飲み飲まれていった。


「むふぅ〜、んまい♪」


 幸せそうに頬張る様に周囲がざわめき、何となく食べてみようかとメニューに目を向けるものが出はじめる。下手物に下手物の組み合わせだが、ああまで美味そうに食われては試してみたくもなる。キセーチューとかいう驚異のも、酒を付ければ良いというのだから都合がいい。


 やはり始まった、とシオンは思う。彼女の至福が広まる異様な個性の発現、それは確りと気を保たねば彼も危ういであろう。今もまた、ステラの皿の魚肉が美味しそうに見えているのだから。


 シオンは思いを振り払い、己の酒蒸しに手を付けることにする。トゲヒメラギとは初めて聞く名前の魚だが、翠の皮目に白身が覗く平たい魚のようだ。フォークの側面を当てれば蒸し物特有の柔らかさでほろりと見が崩れてしまう。じっくり気をつけて食べねばならないようだ。

 丁寧に切り取り、そっとすくい取って口へと運ぶ。見るものが見れば彼が高貴な出にある者だと分かる優雅な作法だ。野手あふれる者なら齧り付く所だが、生来の作法はどうにも抜けることはない。


 いや、作法より眼の前の白身に集中することとしよう。シオンがそっと身を噛みしめる。


(これは、……)


 ほろほろした身は口の中で確かに崩れた、いや『』というべきか。絡まりあった紐がもとに戻るかのように溶け崩れ、臭みのない旨味だけが残された白身がなんとも美味い。

 白身の良さはさっぱりした喉越しにあるが、更にエールを流し込めば心地よい快感となって舌を楽しませる。ルサルカのエールはすこし酸味があって白身の旨味と絶妙に合うのである。

 なるほど、このように美味いものをだしてくるなら、だ。シオンの舌をして納得させるのであれば十分といえる腕前であり、しかして値段を見るに実にリーズナブル。見渡せば探索者ハンター以外の客も数多く居ることからも明らかである。


 勿論貴族や王族が食すような至高の高みにあるものではないが、日々食べるものとしては充分……つまり流行るに足る味であった。強いて問題点を上げるならバターソテーにしたキノコが無いことだろう。キノコが1つ添えてあるだけで料理の旨味はぐっと高まるのだが……流石に高望みの贅沢か。


 こうして全力で食を楽しむステラに対して、シオンはごく静かに食事を勧めていく。


「しかし……どうしたものかねぇ?」

「はい?」


 珍しく食事中に『むふう』せず話しかけてきたステラに顔を上げる。


「こうも仕事が無いでは動きようがないだろ? 小生のお小遣いどころか、我々の資金がすぐ尽きてしまうよ」

「祭りとあっては宿屋も割高になるでしょうねぇ」

「だろう? となると最悪野営かなーと」


 はあ、と溜息をつくのはどうせならベッドで横になりたいからだ。いくら寝ずとも良い便利な身とはいえ、街に来てまで貫くつもりはない。それに『眠らない』は出来ることであって、実際やってみると実につまらない事である。ただ焚き火を眺めて気配を探り、魔法の練習をするくらいしかやることが無い。後は己に降り掛かった課題について考えるくらいか。例えば……。


(小生が彼をどう思っているか、か……)


 旅立ちの前に諭された一言は、確かに意味あるものとして認識している。しかして答えはいまだ出ない。


「ならデルフィを頼ってみますか」

「うん? それって……ああ、前に君ん家の庭師してた!」

「ええ、彼はルサルカに来ているはずですよ。その後方針を変えていなければ、ですけどね」

「そうなのか……うーむ、なら頼むだけ頼んでみるかね」


 最後の赤身をつるりと食べたステラは、コクリとシオンにうなずいた。

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