05-01-04:探索者ギルド?

 ルサルカの中央区……水上都市は地下1階が船着き場となっており、渡し舟から直接乗り入れることができる。むしろそれこそが玄関であることもまま有るようだ。勿論家々を繋ぐ木床の道はあるので閉じ込められるという事は無いが、やはり水運が発達しているのか行き交う舟のほうが歩く人よりずっと多いように思える。


 商業施設の殆どが水上に、あるいは水路際に居を構えており目指す探索者ギルドもそれは同じだ。ただ機能の性質上外縁近くにあるのが特徴といえば特徴か。しかし、ああ、だからといってこの有様には流石に閉口せざるをえない。


「1番テーブルお客さん入りまーす!」

「7番あがり、運んで!」

「15番早く片付けてー」

「2番ご案内でーす!」


 忙しくざわざわと回転しているのは変わりない。だがこの光景は、鼻孔を擽る様々なはまるで――。


「……これ、だよな?」

「僕もそう見えますね……」


 念の為入り口に戻って、3回指差し確認でギルドのマークを確認した。だが視線の先には確かに見慣れたギルドのマークがある。2人は顔を見合わせ苦笑いした。


「シオン君、小生の故国ではな。特徴的な店の形をした大手チェーン店……大商会が潰れると、その建屋を利用して別の商会が店をかまえるんだ……」

「いやいや流石に潰れてるはないでしょう! 探索者ハンターギルドですよ?!」

「でもこれレストランじゃん? ギルド何処行ったのさ」

「そうですけど……いや、そうですけど……?!」


 確かにギルドが軽食を提供するなどはある。だがこのように完全に食堂化しているところなど、シオンも見たことが無かった。


「……とりあえず入ってみる?」

「そう……ですね、『案ずるより産むが易し』と言いましたか」

「だね、『イシュターの輝きを見よ』ってやつだ」


 ときに探索者ハンターは冒険をする必要があるのだ。でも街中でこんな訳の分からぬ冒険をする事になるとは。意を決して門扉を潜り周囲を見渡せば、やはりどう見ても食堂である。通りがかった店員もギルド職員の制服を着ているものの……その上から揃いのエプロンをつけたものである。


 どう見てもウェイターだ。まさかギルドが潰れて制服がもったいないから流用した……でなければ受付職員たちと言うことになる。あまりの自体に面食らいつつ、通りがかった店員に声を掛ける。


「あのぉー……」

「はい! 2名様ですか?」

「え? ああ、まぁ、うん。そう、だけど?」

「では奥のテーブルに――」

「ま、待ってください! ここは本当に探索者ハンターギルドなんですか?」


 慌てて問いただせば、お盆を持った女性職員は目を瞬かせて唖然とし、ぽんと手を打って指を立てた。


「さては、ルサルカ初めてのおのぼりさんですね?」

「まあそんなところ、なのか?」

「でしたら尚更テーブルへどうぞ、ご案内いたしますよ!」


 顔を見合わせた2人は促されるままに丸いテーブルにつく。対面についた女性職員はエプロンの裾をまさぐると、何処にしまっていたのやら葉紙と筆記具を取り出してニコリと笑った。


「さて、どの様なご依頼でしょうか。護衛? 荷運び? 今なら指名依頼もお値段大変勉強させていただきます。如何なる探索者ハンターでも選り取り見取りですよ!」

「――ううん?」


 はてなと首を傾げて2人が顔を見合わせ勘違いに気づき、それぞれが懐にしまいこんでいたギルド証を取り出して見せた。するとカッと目を見開いて落胆し、ため息をついた女性職員はのっそりと葉紙を仕舞い、草臥れた葉紙のメニューを取り出して提示した。


「ああ……はい。探索者ハンターの方でしたか……。ならこれ……うちのメニューです。今日のおすすめは、ハハッ。トゲヒメラギの酒蒸しになります……」

「いや待て待て、なぜそうなるんだ?!」

「だって、斡旋するお仕事がありませんし……」


「「……はい??」」


 探索者ハンターギルドに探索者ハンターの仕事がないとはどういうことか。首を傾げると盛大に溜息をつかれてしまった。


「ああ、おのぼりさんでしたね……わかりました、説明しましょう。今の時期お祭りに街が湧いているのはご存知でしょうか」

「なんぞ『ウタウタイ』とかいう歌自慢大会らしいな。なんでもクラーケンとかいうバケモノがでるから、そいつを鎮めるための歌い手をえらぶ儀式だとか」


「そうっクラーケン! アイツが全部悪いんですよおおお!!」


 ばん、とテーブルを叩いて立ち上がった職員は一斉に注目を浴び、ハッと気づいて申し訳なさそうに縮こまり座り直した。これにシオンが顎に指を当てトントンと2回叩く。


「……つまり。クラーケンというギルドも対応しかねる驚異が海で発生しているから、港湾に側の探索者の仕事も自然と陸側に絞られる。そして普段ルサルカギルドが主体とする仕事も海側となるため……探索者は数の少ない陸側の仕事に集中。結果として仕事の需要と供給が崩壊してしまったと」

「へっ?」


 目を丸くする職員をおいて、シオンはさらに説明を続ける。


「ギルドとしても当然仕事がない状態は問題視しています。ギルドの収入が下がるのは勿論のこと、斡旋できないことで発生する探索者離れは頭の痛い問題ですね。よって需要を自ら生み出そうと食堂経営を始めてみたところ、これがなんと大当たり。お姉さんとしましては『こんなはずじゃなかったのに』と思いつつ、板についてきた看板娘の仕事が存外性に合って忙しくも充実した毎日を送っている」

「ッ!!」


 ぎゅっとメニューを握りしめる職員はゴクリとつばを飲み込んだ。隣で聞いていたステラもなんとなく『これから殺人鬼でも指名するのか』というシオンの名推理にハラハラしつつ見守っている。


「しかし――本業は飽くまで探索者ハンターの支援です。このままじゃダメだと思ったところに、ちょうどよく見慣れない人影がやってきた。どうも食事をしに来たようでもないし、探索者ギルドである事実をしっかり確認した上で入ってきた。もしや、いやきっと。これは本来のお仕事のチャンスと浮かれた貴女は僕たちに声をかけた……合ってますか?」

「よ、よくおわかりに」

「管理と心理分析には多少心得がありまして」


 見事な推論にステラを始め聞き入っていた周囲の客たちはパチパチと拍手した。ステラの拍手は人一倍大きく、少し気恥ずかしそうなシオンはウウンと咳払いしてごまかす。


「ちなみにその様子では……街仕事も枯渇している状態ですか?」

「ええ、真っ先に消えている状態です」

「……え、まって、待って。我々普段街仕事でメシ食ってる探索者なんだけど」


「え、お2人は銀と白金ですよね?」

「彼女の方針で塩漬けになりそうな街仕事を率先して取っているんですよ」

「それは実に有り難いんですが……ごめんなさいッ! 塩漬け依頼もすっからかんです……」

「ありゃぁ……」


 ステラがむむむとうなって腕を組んだ。となると残るは探索者ハンター通常の稼ぎに頼るほかない。だがギルドがテコ入れする状態なのだ、なにか問題が在るに違いないとシオンは睨んだ。


「討伐、護衛関係はどうなんですか?」

「ルサルカは貿易拠点になってまして、近辺は領主様直属の部隊が定期的にしています。そうでなくても森が少ない立地なので魔物が出ることのほうが稀なんです。盗賊も噂になる頃には処理されているぐらい平和な場所ですよ」


 シオンとステラはまたしても顔を見合わせた。お互いが仕方無しと苦笑いしていることに気づきため息をつく。その様子に女性職員も申し訳なさそうに肩を縮こまらせた。


「……まぁこればっかりは仕方ないですね。取り敢えず腹拵えでもしましょうか」

「そうだな……うん! 難しいことは後回しにしよう!!」


 にぱりと笑ったステラは意気揚々とくたびれたメニューに目を通し、シオンはしょんぼりする女性職員をなるたけ見ないようにしつつ食べたいものを決めていった。

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