05-01-03:水唱都市ルサルカ
あれから別れたプリムラ曰く、ルサルカの街は船に乗って移動するのが基本だと教えてくれた。ルサルカは港町であると同時に水路の街。また有数の観光地である故か、船頭に話せば遊覧する事も可能なのだとか。
そんなわけで人の視線の感情を読み取るステラが良いと見繕った相手で、シオンが1等良い条件と思える舟を見つけてぷかぷかと街を漂っているわけである。
「ルサルカは大水路で区画が大きゅう区切られとるんや。
今さっきお客はんらが乗り込んだのが港区。まぁ呼ぶまんま港があって、倉庫があってって所やね。主要な施設はないからホンマ大きい船が着く所って思えば間違いはない。
「ふむふむり」
プリムラもそうだったが、ステラにはどうにもオオサカベンに聞こえる。いや、近似値だろうか。何にせよ軽快な口調で語られる言葉はとても威勢がよくきっぷが良い。もしかしたらルサルカ近辺の方言なのかもしれない。
「ちょう進んだら中央区、ここがルサルカの本丸やな。3つの大水路に支水路がぎょうさんあって、今乗っとる『渡し舟』や『売り買い舟』なんてのもあるで」
「売り買い舟?」
「まんまの意味っちゅうか、まぁ店や店。ちょうど……ほれ、あれみてみい」
船頭が指を指し示すほうに山盛りの商品を載せた舟が係留されていた。売り物は食料品を始めとして、布地や木材、細工物を売る店さえあるようだ。各々の舟はしきりに声を上げて、2人が乗るような渡し舟に声をかけて商売をしている。
「ルサルカ名物ぅー水上市場やね。面倒かもわからんが、ルサルカで舟を使えん奴はおらん。慣れればメッチャクチャ便利! 運べる量が段違いやからな。まあ……便利すぎてつい買いすぎるってアホウもおんねんけど……。
お客はんも財布の紐にはきいつけや? 気づいたらぎょうさん買ってまうから」
「ほえ~、市場はいつもこんなに賑わってるのかい?」
「賑わうにゃ賑わっとるが、ここ最近ほどじゃないね。今は『ウタウタイ』が近……一応聞くけど、お客はんは知っとる?」
「歌に関するお祭りということくらいでしょうか」
「だいたい合っとるで。簡単に言うとやな、いっちゃん歌の上手い奴を決めるトーナメントや。見事テッペンに立った奴が『ウタウタイ』として、『ルドベキア様』の担い手として歌をうたうんやで」
「「え?!」」
ぎょっとして振り向かれた船頭はびくっと驚いて少しだけ船の操作を誤った。とはいえ事故にはならない程度のごく小さいものだが。
「な、なんかあったんか?」
「ルドベキア……というのはヴォーパルの剣、『
「せやで! 驚いたやろう、この街はルドベキア様に守られとんのや!」
「それでこんなに人が多いのか?」
「ちゃうちゃう。そろそろクラーケンが出る頃合いやから、漁に出る漁師も船を出し控えてるんや」
「クラーケンとは?」
「でっかい
ふふんと胸を張る船頭に対し、詳細を初めて聞いて嫌な予感の募る2人は顔を見合わせた。だが船頭は気づいた様子もなくご機嫌に説明を続ける。
「ああ、ちなみにやけど陸に上がった外縁があるんやけど……こらまぁ殆ど街の出口みたいなもんや。あんま知らんとも問題ないわ、街の中心はやっぱり水路やな」
「なるほどなぁ……」
ゲンナリしつつうなずくと、小さな足音がこちらに向かってくるのをステラの耳が捉えた。それは水路の上、窓辺から反対の壁に通された洗濯紐を伝って『空を飛ぶように歩く』猫の姿である。不安定なロープを器用に渡る灰虎柄の猫はごく自然に舳先に飛び乗ると、ステラの元へとやってきてちょこんと腰を下ろした。
「おや、君は……」
「ニャオン」
「にゃー」
その子を抱き上げ、ステラが鼻と鼻でちょんと触れ合う猫の挨拶をした。見覚えのある姿の猫はそのままステラの膝を占拠すると、なすがままに撫でられる。
「ニャオン……」
「にゃー? にゃん!」
しかし軽く撫でられたあと名残惜しげに鳴いた猫は、ステラに挨拶するようにしっぽをぺしっと叩いて軽やかにジャンプし、行き交う船を蹴って遠くへ行ってしまった。
「こらたまげたわ……お嬢さん猫に好かれとるんか?」
「え、なんかおかしいの?」
「ルサルカの猫は気難しいで有名やで? ほんま好かれとらんと相手にもされん……特に邪な輩には懐かんで、猫に好かれる奴は一等信用されやすいんや」
「へぇー。小生嫌われたことが無いけど、そんな文化もあるんだねぇ」
「せやったらお嬢さんはホンマに心が綺麗な人なんやねぇ。うらやましいわぁ……オジサンほら、強面やん? 猫は好きなんやけど、びっくりして逃げよんねん」
「そうかい? でも屈強な悪人面のムサイ男でもやり方次第と思うよ。おじさんみたいな強面で、猫と友達な人もたくさん見てきたしな」
「でもなぁ……」
「なんならコツを教えてあげようか? 本当にちょっとした事で仲良くなれるよ」
「ほんま?! なら……オジサンちょう頑張ってみるわ!」
嬉しそうに笑う船頭であるが、しかしその笑顔は確かに凶悪である。人相で嫌われるのはなかなか悲しい事だ、これは奮起せねばどステラは決意した。とはいえこの短い時間で伝えられることは少ない。簡単なおもちゃを用意することと目線を合わせない事、撫でるときは優しくくらいである。
「さて、そろそろ探索者ギルドに着くで! 準備したってやー」
言葉と指示に目を向ければ、大きなテラスを備えた建物が目に入る。要塞というには要塞らしく無く、まるでレストランのように小洒落た建物がそうなのか。少し不安だが……迷宮都市のように資産が有り余るということでもなし、街に合わせたデザインという事だろう。船頭は巧みな操船で建物の船着き場に横付けすると、悲しき威圧的な笑みを浮かべて2人を見送った。
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