05-01-02:港にて

 ステラの宣言通り、港に着いたのは2日後の昼であった。残念がるエーリーシャとは港に着く前に一緒に歌って別れを告げていて、2人は現在は船の荷降ろしの手伝いをしている。


 この船は以前世話になった『レントゥース商会』所有の貨客船であり、運賃を割安にしてくれた分労働で対価を払う約束になっていたのだ。別に構わないと言われていたものの、それでは気が済まないと進み出たのである。


 勿論荷運びはステラが最も得意とする仕事の1つであり、重い荷物を木造クレーンも使わずひょいひょいと運び出されていく様は圧巻だ。シオンも手伝ってはいるがやはりステラ程の効率は出ていない。身体強化フィジカルブーストを常時発動するほど魔力に余裕があるわけではないのだ。


 さながら人型の重機と化した彼女は舟と港とくるくる廻るように荷運びをこなしていく。


「いやぁ、助かる! 航行中も魔物の退治に協力してくれたし、今までで一等快適な航海だった」

「なあにこれしき苦でもない。格安にしてくれたんだから当然さ」


「アンタさえ良けりゃあ船員に誘ったんだが……」

「有り難いが人それぞれ役目があるからなぁ。さて、そろそろ荷も終わりだろう。我々は行くがよいかな?」

「おう、十分すぎるぐらいだ。ありがとうよ、また機会があれば利用してくれや!」

「そんときゃ是非に!」


 和気あいあいと別れを告げようとした時、ステラの耳が喧騒の中に不穏な音を拾った。喧嘩か何かだろうか……彼女の耳が捉える音はあまりに多すぎる。数多の有象無象できごとは茶飯事と切り捨てているが、何故か気になったのだ。それは騒ぎの中に『乗客』『船』『歌』のワードが聞き取れたことと、仲良くなった水夫が困り声を挙げたからだろう。


「シオン君、なんか良からぬ騒ぎが起きている」

「――荒事ですか?」


 瞬時に腰の得物に手を伸ばす辺り、物騒な世情だなあと思いつつ首を振る。


「いいや、どうものようだぞ?」

「……ほう?」


 ステラは同時に戦闘モードに切り替わることを確認した。遠い異国の地で己に用が在るとすれば、即ち自分たちを意図して知ろうとしたものだ。そして概ね良いものばかりとは限らない。

 シオンは冷静で喧嘩っ早い訳ではないが、敵と定めた相手に容赦するほど寛容ではなかった。


 これは血の雨が降る。慌てて違うと差し止めていると、1人の女性がぱたぱたと駆けてやって来る。


 桃色の髪、白い翼は翼人族ウィンディアの特徴だが、小さく伸びるアメジストの角は魔人族ディアブロの特徴……ステラが読んだ書物を思い出すに『ローレライ』と呼ばれる種族だ。


 赤い目を充血させて来る彼女は鬼気迫り、ステラの静止もやむなくシオンは抜剣体制に入った。抜き放たれれば必殺の奥義が解き放たれ、哀れ屍が1つころりと転がることになるだろう。


 如何に麗しき姫とて、鼻息荒く突撃してくるなら誰だって警戒の1つもするだろう。故にステラはシオンを咎めることはしないし、遮るように一歩前に出て彼女に相対した。走るの視線からくるは、決して悪意のあるものではなく……むしろ熱意をもって向けられたもの故に。


「そこの人、我々になにかようかな?」

「姐さんアンタがあの船で歌うた人やな?!」

「え? そうだが……」


 聞くだに目を輝かせ、次いで決意を胸にバッと頭を下げる。それなりに豊満な胸がゆっさふわと振り回された。

 

「たのむ、いっちょ歌ってんか?!」

「え、やだ」

「そこをなんとかぁぁぁ!!」


 縋り付いて必死に頼み込む様にステラは頬を、かき申し訳無さそうにシオンを見下ろす。目が合ったシオンは事件が起こる最短記録更新に彼女をじとりと見上げた。



◇◇◇



 港は船に荷運びの為の倉庫がひしめくが、何もそれだけしかないわけではない。どうやら水夫向けの酒場というものがあり、ボロボロの椅子に樽の机という野手あふれるレイアウトの店がちらほらと目についた。


 メニューは少ないし酒も種類がなく質が良いとは言えないが、しかし気の置けない仲の馬鹿野郎あいつらと一杯引っ掛けるなら十分事足りる。その店の1つに陣取った一行はエールを頼み、樽を囲むのはシオンとステラにディアブロの女性だ。


「アタシはプリムラ。見たとおりローレライやな。姐さんと僕さんは?」

「小生はステラ、彼は……」

「シオンです。探索者をやってますよ」

「えっほんま? それにしちゃ線細ない?」


 顔を見合わせる2人は確かに線が細い。ステラが思い出すに屈強な男が多いイメージだし、女性はステラのようにヒラヒラした服を着るものはただ1人もいなかった。同じ魔法使いマギノディールでもここまでドレスめいた衣装を纏うものは居ないだろう。


 基本的に体が資本の筋肉がマッスルな世界マッチョである。実力は見てくれで判断できないにしろ、イリーガルなペアであるのは事実だ。


「まぁ、これでも小生がズィルバでシオン君が白金ラティーナなんだ」

「ほー、見かけによらんなあ……で本題なんやけど、ステラさんに『ウタウタイ』に出て欲しいねん。優勝狙えるで?」

「え、やだ」


 船上で諭されたのと同じ話題を振られ、即座に答えればやはりぽかんとした表情が返ってくる。


「な、なんでや?! 姐さん呪歌が使えるやろ……?! ほんなら宝の持ち腐れやんか?!」

「そういわれてもなぁ……」

「ならなんでルサルカ来たん?! 歌がうたえて! 祭りがある、そこになんの違いもないやんか!」

「いや流石に違うと思うよ?」


 熱の上がるプリムラを遮るようにシオンが咳払いした。


「すみませんが僕達は別に用事があって、ルサルカに来たんです。なのでお祭りを楽しむならまだしも、参加となると難しいですね」

「なんやその用事て……? 『ウタウタイ』よか重要なん?」

「お答えしかねます。そもそもプリムラさんは先程顔を合わせたばかりですよね? そこまで信があると思わないで下さい」


 それにキョトンと目を丸くし、バツが悪そう眉を寄せる。まるで子供が叱られたようだとステラはクスリと笑った。


「……せ、せやったな。すまん、歌となると視線から狭くなってしゃーないわ。アタシが悪かった、すまん」

「こっちこそ。我々にも事情があってな」

「なら仕方ないわ……せめて祭りを楽しんだって?」


 しょんぼりするプリムラだが、しかし輝きを失わぬ目がギィンとステラを射抜いた。


「でも! もし、もしもや! そん気になったら港におるから声かけてや!」

「諦めんなぁ君。わかったわかった、そのときは探すよ」

「絶対の絶対やで!!」


 クスクス笑うステラはそんな彼女が嫌いになれず、軽く杯を掲げて暫し雑談を楽しんだ。

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