04-15:スタンピード

04-15-01:Digression>Contingency///スタンピード/スタンドアップ

 領主館の会議室に集まったのは領主サイドと探索者ギルドサイド。魔物の集団的暴走スタンピードへの対策を行う会議の状況は、見守るメディエから見ても決して良いものではない。


「さて、状況は最悪だ。ステラの情報が正しく、村々が占領されたとなれば……前線はこの街になる。いきなり決戦というわけだね、ハハハ」


 卓上の地図に置かれた赤の三角駒が村々の上に置かれ、青の三角駒がウェルスの位置に置かれる。位置的に考えれば半包囲状態と言えた。


「兄上、念の為聞きますが籠城は出来ないのです?」

「守るだけならまだしも維持が難しいね。迷宮ラビリンスがあるから食料そのものは何とかなるが、人はそれだけで生きているわけじゃない。

 如何に金のなる木ラビリンスと言えど塩は出してくれないからね……。もし今から籠城を決め込んだ場合、概ね1ヶ月もたないかな。補給がないからジリ貧だろう」


「王都や近隣の領主との連携は……」

「難しいね。ティンダー家は迷宮ラビリンスを擁する故に、常に妬みに晒されてきた。これ幸いと食い付いてくるのは目に見えている」


「こんな時に利権争いですか……頭がいたいですねぇ」

「だからこそ、だね。今のところ王都への救援は要請したが、間に合うかどうか」


 故に、とサビオが地図を指で叩く。


「私達は打って出なければならない。街は最終防衛ラインであり、籠城は最後の手段だ」


 断言するサビオにフンと鼻息を漏らすのは対面の椅子に座……いや、椅子にまっすぐ立っているグインだ。


「てぇなるとボウズ、どこに布陣するんだァ? 既に魔物のは動き始めているだろうぜ。お行儀よく足並み揃えてなァ」


 口火を切ったのはギルドサブマスター・グインである。


「魔物の目的は食い物と女……食いもんはってぇ所だろう」

「一目散に此方を目指してくるだろうね。なので門は一箇所を除き全て閉じる事にするよ」

「いいのかよ、逃げられないとなりゃ暴動がおきるかもしれないぜ?」

「これ以上は自己責任だよ。流石に防戦中に構うことは出来ない……故に逃げたいなら一時的に門をあける。だが、此方にも余裕はないからね」


 クククとグインが潜み笑い、嬉しそうにテーブルを叩いた。


「おう、言うようになったじゃあねえか。一端にはなったかよ?」

「お陰様でね。で、門を背に布陣して迎撃しよう」

潜行者バカどもはどう使うつもりでェ?」


「連携が取れそうもありませんし、前線で遊撃でしょうね」

「だろうな。命令なんざァ聞きゃしねえ上に軍規なんてモンもねぇ。ボウズの懐刀えいへい共を最後の盾に、対応するしかねぇ」


 羽をすくめるグインに苦笑しつつ、気を取り直したサビオが真剣な眼差しを向ける。


「だが最低限の命令系統は覚えてほしいな。相手の策に嵌って大打撃なんて目も当てられない」

「勿論……といいてえところだが微妙なところだなァ。何せ時間がなさすぎる。全体だと『進め』『戻れ』『踏ん張れ』ぐれえだが、従うかは怪しい所だな」

「やはり難しいか……」


 本来なら射程に応じて弓師隊、魔法使いマギノディール隊、前衛守備隊、前衛攻撃隊とまとめた上で号令をかけるのが最も効果がある。また魔法使いマギノディールは属性が干渉するため相関関係を考慮して配備すル必要があった。


 しかし今回は急拵えかつ、潜行者ダイバーがパーティー単位での動きにためそうした部隊分けができない。


 街の最大勢力がこの有様なのは頭が痛いが致し方ないだろう。


(かと言って衛兵たちを全部前に出すと、コソ泥が跋扈するですよねぇ)


 所謂火事場泥棒である。こういった局面では必ず発生するため、街を守るために街を警らする必要が生じるのだ。更に閉じた5つそれぞれの門扉に全く戦力を置かないことも出来ず、『自己責任で逃げ出す者たち』に対する対応も必要だ。


 こんな時くらい一致団結したい所だが、出来ないからこそ人なのかもしれない。メディエは軍議を見守りつつ腕に巻き付いたリボンをなでた。



◇◇◇



 盗賊シーフのチャルタはキレていた。その指数を示すならば『我無点火獄炎むかちゃっかふぁいあー』であろう。


「アンタバカニャ?」

「そうは言うがな……」


 怒る理由は目の前に居る3人だ。困った顔をするのは包帯を巻いたグルトンである。


「でニャきゃ阿呆もいいとこよ? に背中を預けるニャんてゴメンニャ!!」


 びしぃと指を突きつけられた3人組はびくっと震える。迷宮ラビリンスの一件から時を置かずして起きた事態故に、自らを見捨てた3人に対するチャルタの評価は極底辺であった。


「だが事実、この事態に協力しなければならんのも事実だろう……?」

「それはわーかってんのニャッ! でも納得できニャいから怒ってるんニャ!!」


 むきー! と怒るチャルタをなだめるようにグルトンが撫でる。ステラ仕込みのそれは彼女程ではなくとも、チャルタの怒りを『激昂奮起帝げきおこぷんぷんまる』程度に抑えることには成功した。


「今回はトルペ達も本当に困ってるんだ。今度こそ逃げるまいよ」

「……むぅ」


 事実、トルペ達は2つの意味で信用を落とし、新たな仲間が集まらないでいた。


 1つ、新種の魔物についての情報がため。

 当初ギルド側が調査に乗り出したものの、ステラ達の後塵を拝したために痕跡を発見できなかったのだ。

 後に水路街経由で真実が知らされ、情報が公布されたものの事実が浸透していない。迷宮ラビリンスが封鎖された事実が余りに大きく、また噂が噂を呼び『グラン・クレスター』に恨みを持つものは数多い。


 2つ、トルペ達3人が仲間を見捨てたこと。確かに取りうる手段としては『有り』だったが、その後の評価が得られるかと言えば別である。仲間を切るとは単純に信用を失い、追加の仲間を得づらくなるのは自明であった。それでも生き足掻くのが人の性ではあるのだが……。


「なぁ、良いだろう? 最後の頼みだと思ってさ……」


 懇願するトルペ達3人は功を焦っている。壁役グルトンとチャルタは勿論脱退を宣言して居る今、ここで名を売らねば立ち行かなくなる可能性が高いのだ。


 またチャルタ達も協力可能な伝手ステラたちが居なくなってしまったので、協力せざるを得ないのである。


「……次逃げたらマジ、打ッ殺ニャ……」


 ドスの利いた声に震え上がるトルペに、頭をかくグルトンは深く深くため息をついた。

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