04-15-02:Digression>Contingency///スタンピード/ファーストウェーブ

 布陣は先より予定したとおり門扉を1つのみ開放し、前衛に潜行者ダイバーの一団、数はおおよそ3500程。後衛にウェルス駐屯領軍700が控えている。


 事前調査による数上では拮抗している状態だ。


(これがただの集団なら良かったんだが……『暴走』とはまた皮肉なものだね)


 塀の上から陣容を伺うサビオは遠くに見える魔物の集団に付いて苦笑いする。確かにグインが漏らしたとおり行軍してきているようだ。


 数は目算1500程でゴブリンが7割、オークが3割。

 遠見の話ではゴブリンの武装は棍棒を中心に刃の欠けた剣や、包丁を装備したものが幾らか見てとれるとのこと。オークは一般的な大棍棒を持つ個体と、金属の胸当てを付けた上位個体が確認されている。


 規模にさえ目をつむるなら、ウェルス周辺で見かける物と同じ構成だ。しかしどれだけ対処できるのだろう。


 サビオ自身潜行者ダイバーの戦力を侮っているわけではない。だが戦争は個の力、チームの力ではない。部隊単位での力が有用でなければ勝てないのだ。


 既に援軍の要請は出しているが果たして間に合うかどうか。籠城は最終的に不可避であるにしろ、出来得る限り先延ばしにする必要はある。


 会議では1ヶ月と算段していたが、実際は民衆の不安や恐れの感情から崩壊はもっと早まるだろう。そうなる前に体制が整えばいいが……サビオは自然と天に祈りを捧げていた。



◇◇◇



 ――ついに始まった防衛戦、その最前線でチャルタが感じたのは音だ。


 それは怒声である。人が発する裂帛の気合、応じる魔物の無辜なる合気だ。

 それは悲鳴である。人が傷つき悪態を付き、魔物も不機嫌そうに唸りをあげた。


 剣戟、殴打、風切り音、詠唱の声、爆音、名前を呼ぶ声、応酬の咆哮。


 常に変わる戦域と情報に目が回りそうに成る。背を預ける者が果たして無事なのか、チャルタは見失いそうになった。だから偶に隣を見て大盾を振るう姿を見て安堵し、背中を任せ、短剣を振るい目の前の喉笛を掻っ切ってやる。


(これが戦場……戦争ってやつなのニャ……)


 戦いには身を置いていた故に、いつもと同じだと思っていた。だが何もかもが違っている。


 迷宮ラビリンスでは全て役割が決まっていて、正しく前を見ていればよかったのだ。


 しかし敵は前にも後ろにも、無様にも生き足掻く戦いだけがある。気を配る先が幾らでもあり、緊張感が段違いである。返り血で毛並みを汚しながら、チャルタはグインが演説をった理由を漸く理解した。


 戦闘前に彼はこういったのだ。


『死ぬな、生き足掻け。前を見て、横を見て、戦友が其処に居ることを思い出せ。そうすりゃ最後に立ってる俺達が勝者だ。往くぞ馬鹿ども、目にもの見せてやれ!』


 敵を見て、いなし、戦い、殺す。仲間と離れず、ただただ繰り返してずっとチャルタは立っている。もうどれだけ殺したのか覚えては居ない。迷宮ラビリンスでだってこんなに長く戦ったことはなかった。


 だからこそ疑問が彼女の中に生まれる。


(ニャんでんだろう……??)


 彼女は単純に目の前の敵を殺し、殺し、殺して、殺すだけの作業をしている。勿論命のやり取りであることには変わりないのだが、考える余裕がのは何故だろう。


「ははは、弱いなぁ!! 弱すぎだっての!!」


 我らがアホウリーダーはあのざまであるが、本来ここまで戦える能力のあるパーティーではない筈だ。勿論場の空気に浮かされた等ではない。極めて冷静に実力を判断した上で、何故戦えているのかわからないのだ。


 既に瓦解していても可笑しくない程長く戦っている。背を守るグルトンも同じ考えらしく、しかし違和感を考える暇もなく淡々と戦闘をこなしている。


 やがてその理由にたどり着いた時、チャルタの全身が毛羽立った。


(……ニャんで魔力も尽きて拮抗している?)


 迷宮ラビリンスと勝手が違う事に思い至らず、大技を繰り出した魔法使いマギノディールは早々に攻撃手段を失った。配分を考えず初めから全力をだした魔法剣士マギノグラデアは〈スパーダ〉以前に〈フィジカルブースト〉もままならない。


 なのに何故戦局は膠着しているのだろう。中堅以上の潜行者ダイバーたちが戦場を押し上げているからか。しかしトルペの様子を見るに単純に戦場がそのような空気になっている様なのだ。


 こうして違和感の解けぬまま、日が傾きはじめた頃には魔物たちが瓦解して潰走していく。追撃は固く禁じられたが、終わってみればウェルス側の圧勝と言っていい展開であった。


「ニャあグルトン、今日の戦いってどう思う……?」

「なにかある。明日以降は特に注意した方がいいな」

「だよニャあ……」


 溜息をつく彼女は疲れた体を無理やり動かして、意気揚々と戦果を語るアホトルペの背を追って陣地へと戻っていった。



◇◇◇



 戦闘中はずっと屋敷に居たメディエは戦局を聞いて、自然とレースのリボンに手を伸ばしていた。


「あの、敵方は罠を張ってるんじゃないです? 明らかにおかしいですよね?」


 まるで己を弱く偽るように思え、何某かの策ではないかと懸念する。故にため息混じりのサビオの回答に彼女は目を丸くして驚いた。


「そりゃ勿論罠だよ?」

「へ? な、なら対策を練らないと!!」

「そいつが出来りゃあ苦労しねえんだがなぁ……」


 応えたのは羽根で額を撫でるグインだ。


「俺達は勝ちすぎた……いや、って言ったほうがいいだろうなァ」

「勝たされた? たしかにそう言われるのがしっくり来るです」

「だろォ? じゃあお嬢ちゃんに質問だ。ウチのバカどもは今日の勝利で相手をどう思う?」


 腰の細剣の柄頭をトントンと叩いてメディエが考えを口にする。


「『この程度』ですかね? つまりと思うです」

「その通り! なら問題だ、明日以降戦いになったら連中はどうする?」


「……積極的に攻める、と思うです」

「それじゃあ合格はやれねぇ。加えて『命令を聞かなくなる』ンだよ」

「へっ?」


 メディエがキョトンとグインのつぶらな瞳を見た。だが黒瞳は真剣な眼差しで見返してくる。


「命令が届かないとかではなく、んですか? なんで……」

「『相手が弱いから』だ。狩るだけ狩れるのに何故『撤退』と聞いて従う? ギルドオーダーだからって『聞こえなかった』の一言で済まされちまうぜ」


潜行者ダイバーってそんなに行儀悪かったですっけ……」

「狩りに狩るだけ功が上がるってぇ餌の前に、軍属でもねぇシロートが分かるわけねぇのよ。こいつは繰り返されれば繰り返されるだけ妄信的になっちまう。既に相手の術中って訳だな」


「不味いじゃないですか!」

「ああ、大分不味いぜ?」


 ここでグインがパシンと羽根を打ち合わせた。


「さて、お嬢ちゃんに最後の課題だぜ。こうして命令を聞かずに突出する一団が発生する絵図が描かれた。次に打つ手は何だ?」


 言葉と同時に、テーブルの上に置かれた駒が移動させられる。メディエの目には紡錘形に伸び切った……具体的には孤立した一団が出来ている様に見える。


 ならやることは1つだ。


「私なら……間違いなくですよ。駒を伏せて包囲するでもいいですし、弱いと思わせた中に偽装したオーガを混ぜるなんてことも出来るですね。何にせよです」

「正解! 流石お嬢ちゃん、ティンダーの血を確り継いでいやがるなァ」


 言い切った彼女にサビオが笑顔で拍手したが、とんでもないとメディエは慌てだした。


「た、大変じゃないですか兄上! 早くなんとかしないと!」

「出来ればいいんだけど、グインが言ったとおり難しいね。だからんだ」

「それって……」


 メディエは兄が浮かべる冷笑に、ゴクリとつばを飲みこんだ。


「安心してほしいな。守るべきは守る、それが尊い血の行いノブレス・オブリージュというものだよ」

「……分かってる、ですよ」


 分かっては居ても死があまりに近すぎる。メディエの不安は尽きること無く胸を騒がせるのだった。

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