04-14-05:ハザードコール/悪徳三条

 霧の森ミストの正体はステラが解き明かしたとおり、捻曲ねまがる狂った迷宮ラビリンスである。

 

 道行きに必要なのは『あるがままを受け入れる事』と、『虚偽にある真実を見極める目』である。


 転じて言えばそれさえクリアすれば誰でも行き交うことが可能であり、魔物は第1条件を。魔物は魔物以外の何物でもないのだ。

 つまり2番目がクリアできるなら、何時でも霧の森ミストを超えられると言うことでもある。


 男が成したのはその為の呪術である。


「や、やめっぎぁが!」


 男のがアイテムポーチからは、淡々と禍々しい螺旋状のナイフで刺し殺していく。すると犠牲者の血を吸った刃が輝き、地に突き刺すことで小さな魔法陣を敷設するのだ。


 生贄を用いた目印である。


 如何に空間が歪み、惑いの内にある森であれ、しるべがあるなら歩みを違えることもない。故に魔物は進軍する。赤い血でできた道を真直ぐ弄れ征く。目標過たず前に進むことを良しとして、その男には目もくれない。骨張ってちっぽけで食べがいがない、よりいいものが道の先にあると知っていたからだ。


「そろそろ贄も尽きてやすなぁ……」


 残念そうに言う男の前で、先程とは別の魔法陣が散り散りになって消える。穿魔道具故に、魂が狂えば効力が失われてしまうのだ。狂愚くるく廻留まどろむ異界の中で、唯一である。


 忌まわしき邪法を納めた恐るべき魔道具であった。


「……おや、お客さんですなぁ」


 極めてのんびりと振り返れば、そこには寄り添う人影が2つ霧の中に浮かんで見える。全貌はミストに隠され解らないが、かろうじて女と少年ということは知れた。


「お前、前に会ったことがあるな」

「そうでしょうかねぇ? あっしはしりやせんが」


「その話し方、声に覚えがある。以前『グラン・クレスター』と一戦交えた時、小生に話しかけてきた奴だな」

「左様な事もあったかも知れやせんなぁ……クックック」


 さも愉しげに笑う男はナイフの血を拭いもせず弄ぶ。


「念の為伺いますが、なんの為にこのような事を?」

「そいつぁ野暮ってもんですぜ、坊っちゃん」

「答える気はないと……」


「いいえ? 応えられねぇんです。だって今日はとても良い日じゃあ御座んせんか」

「良い日ですか、僕から見れば最悪も良いところですが」

「そいつぁ残念。まぁ、知るはずもねえんで仕方のねえ事ですが……」


 そこでナイフをしまった男が葉紙で巻いた煙草を取り出し、《スパーク》で火を点ける。


「ッフゥ〜美味いですなぁ」

「ずいぶん余裕じゃあないか、ええ?」

「そりゃあ一仕事終えたんです、一服ぐらい良いでやしょうよ」

「だがご自慢の魔法陣は、ここに来るまでにすべて破壊した。それでも余裕でいられるのか?」


「――ぷっ、ククク」


 すると男がさも楽しそうに笑いだした。腹を抱え、なんとも可笑しいと苦しそうに腹を抱えている。


「何を笑っている?」

「いやあ、これ程滑稽なことがありましょうや。何もかも、なんざァなかなかねえ事です。ぴったりハマった策ほど面白いことァござんせん」

「思ったとおり、ですか?」


「そうですぜ、坊っちゃん。あっしの役目はね、クククッ……ヒッーヒヒヒヒ」


 ひとしきり笑った男は深呼吸して霧に紛れる2人を指さした。


「"銀級探索者ズィルバハンター・ステラ"、そこのお嬢さんを此処に釘付けにする事でして」


 瞬間、飛翔する刃がミストを貫いて男に殺到する。その全てが男の急所へと突きつけられ、ぴくりとも動くことはできない。だというのに余裕は崩さぬ男はからりと笑った。ざくざくと足音を鳴らし近づく2人を歓迎する風でもある。


「答えろ、何を知っている?」

「だからそいつァ野暮ってもんです。これから始まる大祭り、全部知ってちゃ面白くねえでしょう?」

「小生は今まさに面白くないんだが」


「ああ、そういう意味では正に正に――」


 咥えた煙草からぷかりと紫煙を吐き出す。


「お嬢さんの存在自体が、祭りに邪魔ってぇ事ですな。我らが教主はそう仰せになられたんでさ」

「左様か」


 男の哄笑はすぐに苦悶へと変わる。【飛翔魔剣】うぉらーれ・しーかーの1本が瞬時に太腿を貫通したのだ。


「ぐっ、く、ふ、フフフ……痛え、ああ、痛えなぁ」

「小生……ちょっと気が立ってるから容赦ないよ?」

「その、ようで……。だが、ッヒヒ……あっしが居た意味は有った!」


 2本目の剣が穿けば流石に男も崩れ落ちた。だが脂汗を額に浮かべる男はなお嘲笑う。


「ヒヒヒ、ああ、痛え……いてえ、だが愉快だ。これほど愉快な痛みもねえってもんで!」

「お前……!」


「……ステラさん、時間の無駄です。彼は絶対に吐かない。答えを聞き出そうとすること自体が、です」

「だがこいつ……明らかに魔獣教徒スナークだろう。絶対なにか知ってるはずだ!」


 これにシオンがぺしんと腕を叩いた。


「拷問するにも下手すぎです。らしくない事をやってもうまくいかないのは道理。……わなりますよね?」

「むっ、ふむぅぅ……」


 諭すような声に唸るステラはパチンと指を弾いた。同時に男が『エンッ!』と叫んで、陸揚げされた魚のようにビクンビクッ! ビククッ! と痙攣して倒れた。


【飛翔魔剣】うぉらーれ・しーかーを経由しての【電障】すたん・しょっく、しばらくは起き上がれないだろう」

「今のうちに身ぐるみを剥いで、雁字搦めにしておきましょうか。」


 言うが早いかシオンが剣を閃かせる。すると男の衣服や装備がばらりと散って下着1枚になった。ばらばらと散る衣服からは、まぁ出るわ出るわ小道具の山。そして顕となった地肌には禍々しい刺青が刻まれていた。


 紋章は魔獣信仰のものだが、それだけではない。何らかの文字も一緒に彫り込まれている。


「耳なし芳一かよ」

「この模様は……魔法陣で使う文字に似ていますが」


 言われてステラが目を凝らせば、確かに意味ある文字として読み取れる。ステラにもたらされた恩恵である、読解の加護が適用されているのだ。驚くべきは刺青に従って述線ラインが見て取れることか。


「これ体をそのまま魔道具にしてるのか?! 己の魔核を魔石として仮想化するなら、やれないこたぁないだろうが……いや、無茶するなぁ」


 だが魔力ロスを示す『きらめき』が随所に見受けられ、ずいぶん雑で荒っぽいものだとわかる。端的に言ってお粗末もいいところだ。


「っていうか、杜撰すぎて魔力循環クレアールすら阻害してるぞ……なんで生きてんだこいつ」

「どういった作用のものかわかりますか?」

「読めはするけど理解に時間がかかる。今は先送りだな」


 言いつつ目隠し、猿轡、両手両足を縛り止血のみに留める。


「……これで逃げ出したなら、僕等の手に余ると言うことでしょう」

「むしろミステリー小説が始まっちゃうよ……」


 ステラが何か不穏なメロディの口笛を吹きつつ、散乱した道具類を纏めてシオンのアイテムポーチにしまい込む。ただ1つ、何の変哲もないズタ袋だけは何故か入れることができなかった。


「ああ……これがアイテムポーチですね、僕のポーチに入らないので」

「そうなのか? 出来るイメージがあったが」

「出来ないんですよ。ポーチに関する一番簡単な真贋鑑定方法です。それと先程の一幕を鑑みるに、これに人を仕舞っていたと言うことでしょうか……」


 実際覗き込めば、縛られた数人の男女が袋の底に横たわっているのが見えた。だいぶ衰弱しているように見えるがまだ生きてはいる。


「生き残りが居たことに喜ぶべき、なんだろうな」

「1人も居ない可能性も有りましたからね。それより急いで――」


 瞬間、大地がミシリと揺れた。空間の歪む霧の森にあってすら揺れるとなれば、尋常ではない何かが起きたに違いない。何よりこの空間は時が外とは異なる亜空間、にも関わらず届く揺れは異常中の異常の報せにほかならない。


「急いで戻りましょう」

「承知した!」


 2人は手を繋いで来た道を急いで駆け戻った。

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