04-14-04:ハザードコール/言わざるを云う

 帰路は言葉もなく、ただ一刻も早くと早駆けした。疲労はステラが癒やすことが出来る今、急ごうと思えば一昼夜走ることも出来る。シオンも精神的な疲れはあったが、しかし黙って彼女とともに走る。


 元より寝ずに任務を続けることもあったのだ。疲労がないだけ、随分簡単な仕事である。


 カシマールが幾夜も費やした道を夜明けまでに駆け抜ければ、すでに街は厳戒態勢が敷かれて不安にざわめいていた。


 門を通る時ギルド証をみせた所、なんとも可哀想なものを見る目からもただ事ではない事が分かる。


探索者ハンターか、運が悪かったな……ギルドから強制招集コールがかかっているぞ」

「知ってます。それでサビオ様に重要な話がありますからね」

「なんだと……? お前、一体」

「では僕らは急ぎますので」


 言うが早いか早駆けで外郭を行く。町は逃げ出そうとするもの、逃げるに逃げられない者、逆に落ち着いているものなど様々だ。しかして言えるのは前に進めていないということ。

 混雑が混雑を呼び、パニック状態なのだ。整理をしている衛兵が声を張り上げるも聞こえているかどうか……。


「猫の道を使うぞ。シオン君付いてきて」

「仕方ないですねぇ……」


 ステラがダンッと石畳を踏みしめ、集団から飛び上がり抜け出した。以前も使った『猫の道』は街の中にあって通るに険しい道である。毎度毎度よく見出すものだと感心しつつ、2人は内閣への門へとあっという間にたどり着く。しかし門扉は限られるゆえに、人だかりで通行できたものではなかった。門番達もたいそう困っている様子が目に見えている。


 ここひと月で景気良く挨拶する仲なので、少し可哀想だが……時が時だしそれこそ仕事だ。


「……しゃーない。シオン君、壁を走るぞ」

「やむを得ません、か」


 身体強化を用いても葬送飛び越えられない高さの壁だが、駆け上がるように【逆理:重力】ゔぃたしゅぷる・ぐらびとんを用いれば『』ことが可能だ。正にマントが壁を這うが如くであり、目撃した子供が『』と証言し、街の七不思議におぞましい『ツガイジンバエ』が追加されたのはまた別の話である。

 内郭は内郭で人がゆきかい騒々しく、また猫の道を使って領主館へと急ぐ。


(しかし難易度を度外視すれば、凄く使いやすい道ですね)


 そう、此処までパニック状態でも何の障害もなくスイスイ進めるのだ。ステラが居る分には歩みに迷うことはないし、実用には一考の余地が有るなと思案する。無論自分が七不思議にされていると気づくまでの事だが。



 ステラが領主館の門前に、回転しながら『スターン!』と格好良くポーズを決めながら着地すると、門番達が一瞬身構える。しかしフードを降ろした彼女の姿を見て『なんだお前かよォ』とため息を付いた。目礼で『すみませんうちの子が……』とシオンが謝れば、『大変だね君も』と兜の奥で眉を寄せる。


 気を取り直して咳払いした門番は、予め情報を通されていた為すぐにサビオのいる部屋に通してくれた。


 本日は執務室ではなく、特別に誂えた作戦室へと通された。執政官達が絶え間なく行き交い正確な情報を得るために奔走している。


「待ってたよ。さあ、見てきたことを話してくれるかな?」

「承知しました」



◇◇◇



 情報を伝え終わり、地図上の状況が一新されると共に会議室に静寂が訪れた。先程までの騒がしさなどなかったかのようにシンと静まり返っている。


「……確認するが、村7つが落とされているのは事実かな?」

「然り、魔物が普通に生活しとるぞ」


「そして、谷から此方へ、霧の森ミストと抜けるルートが有ると……」

「然り然り、直通ルートが出来ていやがる」

「にわかには信じがたいが……」


 同席したシェルタ……いや、メディエもまた信じられないとステラを見ている。もちろんカシマールから聞いた状況から事態は深刻とは聞いていたが、実際耳にするのとではやはり違うのだ。


「総数4000か……悩ましいな」

「今もまた増えてると見ていいだろうね。どうする、サビオ氏?」


「通路ができた原因は分かるかい?」

「今のところは不明。調べる前におもったよりヤバイとなって一旦伝えに来たからな。でも何某か儀式的な物を行った可能性は有るよね」


 目頭を揉むサビオはふぅと息をついた。


「……ステラ。貴女は以前、霧の森ミストから生還したという事だが……事実かな?」

「サビオ様、それはステラさんに調査を依頼するということですか」

「できれば、かな。できるかい?」


 ステラがむむむと唸って腕を組む。


「うーむ、あの捻くれた森に行くのは余り気は進まんが……事態が事態だ、仕方あるまい」

「お願いするよ、唯でさえ難しい状況だからね。あと、メディエは当然ッお留守番だからね!」


「うっ、でも……」

「メディエちゃんや、今回は速攻かつ超危険だから待機重点だよ。正直あの森は生半可な覚悟だと確実にから」


 まっすぐ、そして強く言えばメディエもおずおずと頷き肩を落とした。


「そうですね……今このタイミングじゃあ、我儘以外の何物でもないです……」


 メディエの目の前にある絵図を見れば、最早納得するしかない。多少心得のある彼女絡みても、街が半包囲状態になっているのがわかる。更に底の知れぬ数の軍勢が絶え間なく襲ってくるなど悪夢でしか無い。


「不安ならお守りにリボンをあげようか?」

「リボン、です?」


 言いつつステラが取り出したのは質の良い、花をあしらう白いレースのリボンだ。もちろん【式神】れぎおんを掛けた特別製である。


「もしもの時はリボンが君を助けてくれるだろう。使っておくれ」

「ステラ……」


 小柄な彼女がステラを見上げて……。


「そういうこと言うと危険がやって来るって言ってたですよね。たしかとかいう」

「……」


 ステラがまじまじとメディエを見た後からりと笑った。


「いやまさかぁ、念のため念のため」


「ステラさん。『ふらぐ』と言うものは、立ててから否定するととか言いませんでした?」

「……」


 ステラがまじまじとシオンを見た後、そっと目をそらし音の出ない下手な口笛でごまかした。


「……メディエ様、ステラさんのリボンを肌身離さず持っていてください。よ」

「そうするですよ……」


 肩を落とす2人に、気が気でないのは領主代行サビオその人である。


「ちょっと待ち給え、その『ふらぐ』ってのは呪いか何かじゃないだろうね?! 君たちと言えど可愛い妹に何か仕掛けたなら相応の処置を取らざるをえないのだが!」


「あー、呪いというか、不可避のお約束がいねん?」

「凄くテキトーなんですが、ステラさんが言うと所謂『予知』になるんですよねぇ……」

「いやいやそんな大層なものじゃ」

「大層が起きなかったことがないんですけどねー」


 サビオはシオンの溜息に、妹絶対守る兄シスコンになることを誓った。


「さて、仕事を頼む前に君たちはギルドに行ったほうが良いだろう。緊急招集がかかっているから、このままだとペナルティを受けることになるだろう? 一筆書くから話を通しておいてくれ」


 言いつつサラリと書いた書状を手渡され、にわかに騒がしくなり始めた会議室を辞した。



◇◇◇



 探索者ギルドは迷宮への入場が完全に封鎖され、阿鼻叫喚に包まれていた。それもその筈、スタンピードの予兆により潜行者ダイバー全員に強制依頼が発生しているのだ。規模は不明でも村1つ蹂躙する戦力なら、ギルドとしても対応せざるを得ない。


 大体は『貧乏くじを引いた』と嘆く声ばかりだが……ベテランともなれば慎重に行動しようと努めているものも数多く居る。起きた事自体は仕方ないし、ウェルスのような迷宮を擁する街なら『何時か起きる』ことだ。

 ゆえに諦めるもの、または金を払ってそそくさと去るもの、意気揚々と戦いを待ちわびるものとに分かれている。


(この内何割が生き残るんだろう……?)


 迷宮での戦いに慣れきった者が殆ど、野戦に対応できるものが如何程いるか。ステラは頭を振って前を向く。ギルド職員に話を付けて忙しいだろうサブマスター、グインのもとへと向かった。


「そういやギルドマスターって何処に行ってるんだろうね?」

「判りませんが、この分だと実質不在で回っているんでしょうね」

「丸投げかぁ……一番やっちゃいけないやつだろうに」


 案内のもと会議室にやってくると、ペンギングインを筆頭に、広げられた大地図の前で指揮を取っていた。ギルドと領主は指揮系統が異なる為、二重管理状態になっているようにも見える。


 然しながらグインとサビオの仲は悪くない上にお互い上の立場にあるものだ。後ほど最終的なすり合わせを行うために、現状確認と整理を行っていると見たほうが良いだろう。


「ア! テメェらこないだは良くも逃げやがったな!」


 姿を認めたグインがドンと机を叩くと、部屋中の注目が2人にあつまる。


「今度ァ逃さねぇから覚悟しろィ!」

「いや、それが別の仕事がありましてね」

「なんだとテメェこの野郎!!」


 と言うグインに向けて、テーブルの上で書状を滑らせ届ける。バッと手に取る(どうやって取り上げたかはステラにも見当がつかない)と、ザクザクと読み取って嘴をしかめた(どうやって硬い嘴を歪めるのかシオンには理解不可能だ)。


「チッ、そういう事なら仕方ねぇ……こいつを持ってけ」


 グインが書状の代わりに投げてよこしたのは、サブマスターの印が押された特別な木札である。これはギルドの緊急依頼を受けた事を示す証明であり、サビオの仕事を受けるために必要な免状だ。


「協力感謝します」

「此方も押してんだ、さっさと行って帰ってこいや。そして武勲を上げまくれしごとしろ


 さっさと行けとばかりにグインが羽根をピラピラと揺らして追いやった。だがそれですまぬ者がたった1人居る。職員の静止を振り切ってやってきたのは、白髪の老人めいた青年・カシマールだ。


「ま、まって、くれ……」


 嗄れた声で問いかける先はステラとシオンの2人である。


「みせ、リアは……?」


 それは名前であり、きっと彼が大切にしていたものの名前であろう。故にステラが彼にカツ、カツとブーツを鳴らして近づいた。


「それは赤髪の少女か?」

「ッ……! そ、そうだ、生きて――」

「殺したよ」

「あ――え?」

「彼女は


 浮かんだ笑顔が一瞬で固まり、焦点の合わぬ瞳がステラをまじまじと見る。


「その息の根を止め、灰燼と成したこの手ということだ。意味がわかるか?」

「っ!!」


 眼を見開いたカシマールは殴りかかろうと飛びかかるが、ステラはいなすように投げ飛ばし床に叩きつける。ただそれだけで彼は行動不能に陥り、しかして爛として輝く瞳はステラを見上げている。


「無理だよ、不可能だ。だってお前はこんなにも弱いのだから」

「ッ……」

「逃げ出したお前には到底出来ぬ話だよ」

「が、ああああ!!」


 ふらつく体で立ち上がるカシマールの顎を、容赦なくステラの拳が撃ち抜いた。


「ご、お……」

「悔しかったら強くおなり」


 涙で溢れた瞳がグルンとひっくり返って彼はどしゃりと倒れ伏した。気絶したカシマールは職員が仮眠室へと運んでいく。


「ステラさん……」

「……言わざるを云っているのはわかるよ。でもな、あの目を小生は知っている。

 『己以外の誰かが我が人生』ってヤツの目だ。本当はその人の分まで生きなきゃあいけないっていうのに、ああいうバカは死にたがるから困る」


「……本当に、貴女は馬鹿ですね」

「ああ、でも必要なバカだ」


 寂しげに俯くステラの背を、シオンがぽんと叩いた。

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