04-10-31:収穫祭#後夜>明と影

 青い顔をして駆けつけた2人が目にしたのは、くてんと座り込んでぽろぽろ泣いているメディエの姿だった。


 姿を認めた彼女は途端くしゃりと顔を歪めてわんわん泣き始めた。慌てるステラがなんとか宥めすかした後は、くてんと糸が切れた人形のように眠りこけてしまう。


 ここでイデア教会での経験が生きたのは良かったのか悪かったのか。ステラの胸元はぐっちゃんねっちょんだが、もう仕方ないと割り切るしか無い。

 具合的に言うことは乙女事情的に口をつむぐべき状態であったのだ。


「っていうかハーブ君はどこにいったんだ……? ノラ君はぐったりしてるけど」

「わかりませんが……想定外に想定外が重なって何がなんやら」


 そもそも何故サビオの手勢でなく叔父がいるのか。百歩譲って認めるとしても、メディエに何が起きたのか。


 状況が分からぬまま取り敢えず1人と1匹を抱えて領主館へ急ぐことにする。


 日はもう朝と言うには遅すぎる時間で、街は祭の最終日とあって最高潮の盛り上がりだ。何処もかしこも音楽と歌声、囃し立てる声と乾杯の音頭が取られている。


「気楽に楽しむ裏でこんな大事件が起きてるなんて、皆知らないんだろうなぁ」

「人の営みとはそういうものですよ」


 しみじみ語りつつ小走りで領主館へとたどり着くと、皆一様に肩をなでおろして安堵のため息を付いていた。聞くにサビオの手勢がやられていたとのこと。


 どうやらあの叔父レンコル、盛大にやらかしてくれたらしい。


 その中でメディエが無事だったという事実は凶報の中の吉報であっったのだ。自ら駆けてきたサビオに事情を説明すると、聞くだに額に青筋を浮かべて激高した。


「……レンコルがいる所に案内してくれるね?」

「アッハイ」


 余りの威圧にステラも首を縦に振る意外の選択肢がない。ノラとメディエを預けた後は、シオンとステラの案内で捉えた下手人の元へと急いだ。


 ここでアゴーンは確保したものの、レンコルの姿は忽然と消していた。後には焼け焦げた石畳と、ツンと鼻を突く吐瀉物が残されるのみだ。


「疑うわけじゃないんだけど、本当に此処に居たのかい?」

「確実に簀巻きにしたんだがなぁ……ゲロまみれのオッサンが、亀甲縛りのおしっこスタイルで転がしといたはずなのだ」


「……なんだいその、キッコーとは」

「エロ目的の拘束方法。ちなみに両足はがっしりしばりあげたから動けはしないよ」


 あまりの言い草に怒髪天を衝くサビオも一瞬哀れみを覚えた。というか曲がりなりにも執政を手伝っていた叔父の、そんな姿を見たくなかった。

 居なかったのは果たして良いのか悪いのか。


「ステラさん、何か目印を付けなかったんですか?」

「いや簀巻でアレなオッサンってのがそもそも目印じゃん? あんな厄い物体に触ろうって奴が居ると思わなかったんだよ」


「だが事実こうして姿を消しているのはなぜだろうね?」

「それなぁ……うーん」


 悩む一行の中、ステラがティンとひらめいてぽんと手を叩いた。


「これってもしやでは?」

「「……」」


 発言にシオンとサビオの頬が引きつった。たしかに説明はつくが……まさかそんなことが有りうるのだろうか。

 だがステラの言い分では先ず人が近寄ろうと思う状態ではない。


「……君たち、レンコルの追跡は可能かな?」


「不可能ですね。祭の日とあって誰も彼もが浮かれ気分。痕跡もこの有様では残っているとは思えません。ステラさんはどうです?」

「小生も難しいなぁ。言ったとおり目印がないし、仮に運ばれたとしたら番所に通報が逝く格好のはず。運搬方法がアイテムポーチなら流石に分からん」


「そうか……なら仕方ないね。一応捜査はするが、期待しないことにするよ」


 ため息をつくサビオに、2人は申し訳なさそうに頭を下げた。




◇◇◇




 ウェルスの街、某所にて。誰も知らない隙間のような暗がりで、ただ小さな〈ライト〉に照らされた簀巻きの男を見下ろすのは背丈の低いネズミのような男だ。


「失敗しやしたなぁ、旦那?」

「イーゴリ、貴様……」


 言葉にし難い形で縛られたレンコルは目を見開いて男を見上げる。


「早く縄を解かんか!」

「あー、それなんですがねぇ? ちょいと事情があってできねぇんですわ。ここ最近仕事がやりにくくってしかたねぇ……」


「な、なんだと? き、きさま、何を言って……」

「てなわけで、になってくだせえや」


 そのままイーゴリは身を翻して立ち去る。


「まっ待て! 置いていくんじゃあない!」

「お達者でェ~」


 叫びも虚しくイーゴリは暗闇に消えていった。同時に明かりも消え、真っ暗闇に取り残される。舌打ちしつつ〈ライト〉を使おうとするが、しかし魔法が使えない。

 そこで首に違和感を感じることに気づいた。何かが巻き付いている……これは。


魔封じの首輪ディマギア・カラー?!)


 何故、こんなものが。理由は問うても応えるものはなく……。


「ひっ、な、なんだ」


 ただ這いずるの音が耳に届き。


「く、くるな! くるんじゃない!!」


 しかしてその声は誰に届くこともなく、闇にとろけて消えていった。

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