04-11:我楽多のハガネ

04-11-01:我楽多のワタシ

 『幸せの長尻尾亭』に於いて、ステラはベッドに腰掛けつつ古めかしいナイフを弄んでいた。切っ先を指に乗せて上手くバランスを取っている。

 そう、確かに。試した所、葉紙すら切れなかった為ペーパーナイフより切れ味がないことになる。


 ステラを持ってしてこの結果、端的に異常なナイフと言えるだろう。


「うーん……」

「どうしたんです? そのナイフ、必要なものだったんですよね」


「うむ、グラジオラスの体の一部なんだが……どうにもんだ」

「拒絶ですか……イェニスターのようにでしょうか」


「いや、似て非なる……かな。

 イェニスターは『』んだが、こちらは『』が正しい」

「閉じこもっている? ちょっと困りますねぇ」


「そうなんだ、手を伸ばしているのに届かないのはなんとも……」


 細められたステラの目が怪しく金色に光る。シオンの記憶が正しければ【影水鏡見】しるえっと・あならいしすを使用しているときに起こる現象だ。


 この魔法により、ステラは物事の本質をカタチとして捉えることが可能となる。


 たとえばグラジオラスであればズタボロの黒いドレスを纏う、四肢が折れ失われた五体不満足の黒髪の人形だ。

 特級の鍛冶師が設えたロスラトゥムはぼんやりと耀く球体であり、まだ何者でもない鈍色の光を放っている。


 因みに訝しげに此方を見るシオンは、見たままのカタチで其処にいる。偽らざる彼は彼以外の何物でもないのだ。


「……」


 ステラが手の上にのるナイフに見るまことの姿は、いわば蒼汚あぎおれた卵である。固く割れそうにない卵から感じられるのは静かな怒り。内側に向けられたそれは、かろうじてステラが触れたから分かったに過ぎない。


 なるほど、これでは何者も扱うことは出来ないだろう。


 ステラの膝で横たわるグラジオラスも、1つだけ遺された萌黄色の瞳を心配そうに揺らして卵を見守っている。


「むぅ、硬い卵をどうしたら開くことが出来るだろう……」


 悩むステラに、意外そうな顔のシオンが首をひねった。


「卵なら温めたら孵化するのでは?」

「孵化……なるほどな。試してみよう!」


 ステラはよく己の武器たる双ツ花グラジオラスとロスラトゥムを抱っこして寝るのだが、今日はこの卵のナイフも一緒にしてあげようと決めた。




◇◇◇


… … …


 ワタシ星鋼メテオライトの……グラジオラスと呼ばれている。


 真の名トゥルースは好きではない。それは呪いであるから。

 仮の名ファルスは温かい。それは我が優しいステラがつけてくれたから。


 そう、『温かい』を思い出させてくれたのは主だ。

 最早武器たり得ないワタシを使ってくれるのは、きっと主だけだ。


 だからワタシステラが好き。


 こんな体のワタシを憐憫に収めるではなく、着飾ってくれる。

 ただワタシワタシとして受け入れて、見てくれる。

 ワタシを頼れる剣として、主は使ってくれる。


 それにこうして……感じるはずもない温もりを確かなものとして、ワタシの心を温めてくれれる。

 ワタシにはわからないけれど、もし感じ取れるなら……主はきっといい匂いがするに違いないとおもう。


 だって、ワタシが好きなステラなのだ。きっと『』の匂いがするに違いない。



 だからワタシワタシの己の本分を果たしたいと強く願う。


 主は剣の様に在れと願った。だからそうしたいと思う。

 同時に花のよう在れと想った。だからそうしたいと祈る。


 目の前に有るのはワタシの欠片。何時か見た屈辱の破片。



 折れた腕をぎしりと動かし閉じこもった殻に触れる。

 記録として覚えている無感情がその正体を告げる。


 だから本質を理解し、故にワタシは訴える。

 たしかに伝わっている温もりに怯える、この怒りに語りかける。


 ワタシたちは必要とされているのだと。

 もう二度と悲しくならないように。

 もう二度と自虐いかりを抱かぬように。


 あなたはワタシワタシはあなた。だから分かるはずだ。



 もう一度、主を守るために力を貸して欲しい。



 やがて蒼い卵は震え、壊れた腕に絡みついて溶け合う。


 怒りは正しさの証明。

 熱であり不甲斐なさであり、悔恨にして慟哭。

 同じ形を持ったが故に根底は同じなのだから。


 溶け合うワタシたちは右腕と瞳を取り戻した。

 顔もひび割れがなくなったが、まだ言葉を発するには至らない……それが少し悔しいが、ほんの一欠片なら仕方のない話だろう。

 何より全ては戻らない可能性のほうがずっと高い。見つけた時の主は本当に可愛らしくて、ワタシも嬉しくて心がとくんと揺れた。


 これでもっと主の役に立てるだろう……だから。


 ワタシは視線をもう1つに向ける。

 それは主が『ロスラトゥム』と名付けた呼ばれたハガネ。ただの鉄だが、主が願った盾たる剣だ。


 今はただ小さく揺れるか細い炎でしかないけれど、役目を果たす故に誇らしい……ワタシ義妹かぞく


 ワタシは動かせる右腕を動かし、治った蒼い瞳を取りして義妹の炎にそっと受け渡した。

 とぷりと沈んだそれは、やがてくりくりと動いて瞳になり、ぱちぱちとまばたきする。


 そして主の暖かさを目にして、眩しそうに目を細めたのだ。


 ああ、麗しきワタシ義妹かぞく……貴鋼あなたは本当に望まれてここに居る。

 主に願われ、請われ、胸の内に居ることを許された。


 だから早く目を覚ましておいで?

 貴女の主はとても素敵な人なのだから。


 カタチを与えられて、とくんとくんと脈打つ白い灯火。

 ワタシはまだ上手に微笑むことができないけれど……。

 主がしてくれるのと同じように、ワタシ義妹かぞくを優しく撫でてあげる。


 ステラならきっと、そうするだろうと思うからだ。


… … …


◇◇◇



 翌朝、目を覚ましたステラは変化が訪れた己の双ツ花ぶきの変化を目にして『ファー!』と声を上げて喜んだ。シオンは何事かと飛び起きて身構えたが、武器を構えてベッドの上でバインバイン揺らすアホの子の姿を見て……じとりと睨んだのはご愛嬌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る