04-10-14:収穫祭#前夜>土産運びの2人

「そろそろ頃合いかな……」


 日の傾きを見るステラがポツリと呟き、シオンがそれに頷いた。

 

「早速向かいましょうか」

「なら手土産の1つも買っていこうよ」

「手土産ですか……」


 難色を示すシオンが想像するのは貴族向けの進物だ。以前ならまだしも、今となってはとても用意できるものではない。


「メディエちゃんって軟禁状態で、お祭りを楽しむどころじゃあないだろう? ならそれっぽい空気の1つも味あわせたいじゃないか」

「ああ……なるほど」


 彼女らしい提案だとシオンは思った。ある意味所帯じみた発想は、上に立つものにはないものだ。故に受け入れられるとは思えないのだが……。


「小生としては、しっぽ亭のウースを持っていこうと思うんだけど」

「消え物ですか?」


 進物としては毒の危険もあり、かなり危ういものだ。


 しかしだからこそなのかもしれない。正直毒味さえ済ませてしまえば食べることは可能ではあるし、プランは今ステラが思いついたものだ。


 仕込みをする間もないのだからある意味と言えなくもない。


 問題は信じてもらえるかだが……その点は問題ないだろう。苦言は呈されるかもしれないが、許可を得るだけの信用はあるはずだ。


「なら買っていきましょうか。屋台を出しているとのことでしたし」

「うんうん、我ながら名案だなっ!」


 にふにふ笑うステラがぺちっと両手を叩いた。


「早速行こう、売り切れてたらことだもの!」

「最近人気が出ていますから急いだほうが良さそうです」


 そう言って2人は人混みを縫うように小走りに駆け出した。



◇◇◇



 無事お土産を入手した2人は一路領主館へと足をすすめる。ステラ愛用のリザード編みのカゴの中に入れてあり、彼女がこっそり余熱しているのでホカホカのままだ。


 こうして魔法を使えば誰がしか気づくかもしれないが、しかし人通りがかなり少ない。宿屋が多いこの区画はお祭りに出向く人ばかりで、先程の喧騒に比べればずっと静かなものだ。


「流石に高級宿がひしめくから静かだねぇ。祭ってないわけじゃあないんだけど」

「騒音は嫌われますから仕方ありません」


 だがそういうものではなかろうか、ともステラは思うのだ。基本は感謝の祈りを神へと奉ずるのが基本である。


(個人的には騒がしい方が良いなぁ)


 きっと、その騒ぎに紛れてしまえば神々も遊びに来れるだろうから。実に神道的考え方だが、以前出会った猫の神とその娘子の前例がある。


 お祭りは勿論人の世が産み出すものだが、元来神のために催される儀式だ。なら神がこそ楽しむべきイベントだとて、なんら不思議ではない。


「……なんだか上の空ですけど大丈夫です? もう屋敷につきますが」

「ん、問題ないよ。土産も冷めはしないが早く持ってってあげよう。美味しさは刻一刻と失われているのだからね……!」


 からりと笑いながら門番に手を振って合図する。一瞬身構えたが『いつもの人』ということですぐに解かれた。


 ケリー氏は不在であったが、買った土産の一部は門番達へ差し入れとして進呈する。大変喜ばれたのはステラからの贈り物故か、はたまた冷え込むなかで温かい食事の差し入れがあったからか。


 何にせよ職務がになったものから頂くということで、受け取った門番の顔はにまぁ~っとゆるゆるに緩んでいた。



◇◇◇



「……!」


 ノックしての部屋に入ったところ、最初に浮かべた表情は『安堵』である。であるが、しかしてステラの心に去来するのは痛みである。わかってはいたがなかなかきつい。


 一瞬停止した彼女をシオンが小突いて、ハッと気づいたステラは『ウッウーン!』と咳払いする。


「やっほーシェルタちゃん、遊びに来たよ~♪」

「差し入れを持ってきましたよ」


 てこてこ歩いて、彼女が据わっていたテーブルの対面に着く。本来は『どうぞ』と進められてからなのだが……彼女が言うとおり『遊びに来た』だけならギリギリセウトである。

 あとで折檻おやつぬきだ。


「なんだ、ステラと師匠ですか……」

「むぅ、ひどいじゃないかっ。ひましてるんじゃないかなーとおもって来たのに。おみやげも持ってきたんだよ?」

「お土産……?」

「もうじき来るんじゃないかな」


 ステラの言うとおり、程なくしてメイドがワゴンを押して部屋にやってきた。クロッシュと水差し、食器が載せられ、軽食が用意されているとすぐにわかる。

 程なくかちんと開けられたクロッシュから、ふわっと良いテルテリャの甘い香りがした。


「テルテリャ・ウースですか……?」


 照りのある表面には中央に大きく、周辺に小さく、小麦の生地で作られた星が散りばめられ、なんとも暖かな心持ちになる。特に星型が丸みを帯びた形に切り取られており、不思議と空を覗き込むような心持ちになった。それがなんとも……、


「可愛らしい細工ですねぇ」


 とおもわずにはいられない。切り分けて目の前に置かれるとなお可愛らしさがわかる。小さな三角形に星空が広がっているように、ぴかぴかと輝いているのだ。


 フォークで切り込みを入れれば、さくりとした生地がぱりぱりと溢れてしまう。具は良く練られているのか抵抗なくするりと通し、受け皿となるもっちりした生地へとたどり着く。それすら少し力を入れればつぷりと切れて、一口分があっという間に切り出された。

 フォークをさし入れて口へ運ぶと彼女の顔に驚きが顕となった。


「っ……!」


 それはとても柔らかく、そしてどこまでもやさしい甘み。通常のテルテリャ芋にはない食感。一体これはどういうことか……。


「ウェルウェルの乳に砂糖を溶かし、テルテリャ芋を練ったんだよ。そこに塩を一摘み! するとこんな上品なお菓子になるんだよねぇ」


 もっきゅもっきゅ幸せそうに食べるステラが補足する。


「これ、テルテリャ・ウースじゃあないんです?」

「原型にしたお菓子だね。『尻尾亭』のご主人曰く、星を見るパイシュタルゲア・ウースと言っていたよ」


 成る程、たしかに言葉通りのお菓子だ。夢中で小さく切って口へと運ぶ。ただ食べ続けると口の中が乾くのは変わりないようで、水差しから注がれた水を飲めばこれがまた爽やかな喉越しで口の中がさっぱりと洗い流される。


 フィールの果汁を混ぜてあるようで、これがまたウースの甘みと混ざってちょうどいい。


「これ、初めて食べたけどおいしいですですねぇ。同じテルテリャ芋だとは思えないです」

「お気に召したようで幸いです」


「ま、まさか師匠が考えたんです……?」


 驚いたように目を見開くが、ゆっくりと首を振る。


「ステラさんの国のお菓子……の応用だそうです」

「むっふっふ、そうなのだ。おいもさんは可能性の塊なのだよ?」


「ふぇえ?! い、意外です……ステラは料理できるですか」

「いや、出来ないぞ?」


「ふぇえ?! じゃあ何でこんな……」

「全ては縁なのだよ。小生は良く腕のいい料理人に恵まれてな、いつも手伝ってもらっているのだ」


 むふふー、と嬉しそうに最後の一片を平らげた。



「さて……と、シェルタちゃん。何かお悩みのようだが、相談が必要かい?」

「えっ」


 突然話を振られて困惑する彼女は、見る間に顔色を悪くする。


「なっ、なんでもないですよ! ほんとうに、なんでもない……大丈夫、大丈夫です!」

「なら良いが、シオン君はどうだ?」

「……まぁ、問題ないでしょうね。はい」


 全く持って大丈夫ではないが、此処は引くしか無い。作戦通りであれば彼女は此処数日で『ハーブ』の姿を目にしているのだ。己がであると人一倍知る彼女だからこそ揺さぶられる。


「……もし本当に心配事があったら言っておくれよ? 君は我々の仲間なのだから」

「も、勿論です」


 故に誘いがあれば、己が真である事を証明するために動かねばならない。嘘をついた彼女に、ステラは何事もないように、透明な笑みを浮かべて応えた。


 そしてシオンも溜息をつきたくなる衝動を堪えつつ覚悟を決める。



 明日、彼女の運命を決めなければならないと。

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