04-10-21:収穫祭#祝祭>青の影
朝日もささぬ夜明け前。『幸せの尻尾亭』の1部屋で、シオンとステラが向き合っていた。窓から漏れる月明かりにうかぶ彼女は完全武装であり、非常に物々しい様相である。
「では行くよ」
そっと開いた窓からひゅうと吹く風が、大きく編んだ三つ編みを撫で、柔らかな月明かりにアイボリーの髪が輝いた。
「ええ、此方は任せてください。ステラさんもお気をつけて」
振り返ったステラは親指を立て、ニヤリと笑顔を浮かべる。そして夜闇にふわりと身を躍らせ消えていく。
本当に闇に溶けてしまったかのように、彼をもってして知覚できなくなった。下手なアサシンより厄介な能力に歯噛みしつつ、彼は彼で準備をし始めた。
今日の大一番は、失敗が許されないのだ。
◇◇◇
「う……?」
かつん、と物音が聞こえてシェルタは目を覚ました。此処最近は眠りが浅くて、物音がすればすぐ目が覚めてしまう。
それもこれもあの影が原因だ。己を騙る影、偽りを証明する存在、青の影……。
名前は■■■。
いてはならないはずの形がそこにいて、願った姿がちらついて、だからこそシェルタの心を揺さぶって不安にさせる。
(なんですかね……?)
ベッドから起き上がり、ふと気になった窓へ近寄る。すると果たしてそれは居た。
「ッ……!」
何故、どうして。去来する思いは全て疑問。だが一つ解るのはあれをなんとかしなければならないという事実だけだ。
(……行かないとです!)
押っ取り刀で装備を整え窓へもどれば、あの影は門をくぐるところだった。
今追えばきっと間に合う。
震える手で腰に佩いた愛剣のレイピアを撫で、窓を静かに開いて翼を広げ飛び出した。隠蔽の魔道具は取り上げられてしまったが、今日に限っては音さえ立てねば問題ないだろう。
なにせ今日は
衛兵たちも街の警らに追われて此方に向く注意も薄くなっている。気をつけて翼を駆り、見つからないよう滑空しながら空を滑り飛ぶ。
幸いにも兵たちに見つかることもなく、抜け出ることが出来た。
(よし、今日こそ正体を突き止めてやるです)
私はハーブである。
だからあれは■■■である。
まことは真でなければならない。
いつわりは正されるべくしてそこにある。
とん、と街路に降り立った少女は、遠くに歩き去る影を見て奮起する。そうして彼女はできうる限り静かに駆け出したのだった。
もちろん、己の行動が完全に捕捉されているという事に、彼女が気がつくことはなく――。
◇◇◇
深夜でも街は眠っていない。
遠くでは火の明かりと声がシェルタの耳にも届いている。祭りをこれ幸いにと、夜通し飲み通すような者もいるのだ。
だからこそ警らが必要であり、容易に抜け出せた原因でもある。
もしちょっかい出されたら、そのときは上手く切り抜けられるだろうか。不安が彼女の胸に訪れる。
しかし青い影を追跡する中で、不思議とそれらに遭遇することはなかった。青い影は何故か、そうした目線を必要以上に避けている節さえ伺える。
そこには何らかの意地が感じられるのだ。
(やっぱりにせものです!)
シェルタは確信を持って眉をひそめる。絶対に許されるべきことでは無い。
■者を騙るなど、冒涜以外の何者でもないのだから。
やがて曲がり角に消える影を見たシェルタは、袋小路にたどり着いた。
「何処に……いったんです……?」
青い影を操る何かが居るはずだ。しかしこの道に隠れられる場所など無い。
一体何処に消えたというのか。慎重に前に進む彼女は、しかしそれ以上歩くことはできなかった。
「ぅ?!!」
突如背後から口に手を当てられ、首を絞められあっという間に気を失ってしまったのだ。くたりと身を弛緩させる彼女は、熊のように巨漢の男が乱暴に担ぎ上げて連れ去ってしまった。
彼女を見守る目は、その扱いに眉をしかめつつ追跡を続けた。
◇◇◇
翌朝、領主館にてサビオ・ティンダーが受け取った報告は衝撃的なものだった。
「私の手勢が始末されていただと?」
「は、はい……」
怯えるメイドが騙るのは、妹を攫ったふりをする彼の手勢、それが惨殺されていたというのだ。一部は拷問すらされていたという。
一体何が起きているのか。
「あの
「い、いいえ……特には」
だん、と机を叩きメイドが更に怯える。下手をすると2人も始末されている可能性すらあった。
秘匿したはずの作戦情報が、大幅にもれていたのだ。それを何者か……いや、すでに犯人は割れている。
消えた彼の叔父だ。最悪の事態にさしもの彼も気が気ではなくなっていた。
「……クソッ」
情報を得る手段がなく、歯噛みするサビオは頭を抱え、シュッと息を吐くとすぐさま対応するために下知を飛ばし始めた。
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