04-10-13:収穫祭#前夜>星鉄探しの2人

 収穫祭は街を挙げての催しだ。勿論潜行者ダイバーの多い内郭も多分にもれずお祭り騒ぎである。むしろこちらのほうが活気があるのではなかろうか。


 屋台は勿論のこと、迷宮ラビリンスで役立つ道具類が販売されているのが特徴である。中には日持ちする保存食なども販売されていたりと、探索者ハンターの2人でも目を見開くものがいくつかあった。


「こりゃあ、いつかの青空市場みたいだねぇ」

「似たようなものですが規模が規模ですから、比較はできませんけどね」


 フードをかぶったステラは逸れないようにシオンと手を繋いでいる。それほど人でごった返し、また酔っぱらいが多く見られるのだ。


「確かに品質は比ではなさそうだ」

「真贋を見極めねばならないのは変わりませんけどね」

「うっ、苦手なやつ……」


 より正確に言えば、物の値段を決めるのが難しい。モノ自体の良さをステラの目は見抜くが、すなわち真贋を示すことにはならない。よって交渉系がネックになっており、未だに購買はシオンだよりなのであった。


 なおモノの良さは目だけではなく、時折『音』として耳に届くことがある。勿論楽器のような調べではなく、喧騒のうちに隠れた日常の音だ。



「テメェ! こんなくず鉄売りやがって!」

「納得して買ったんだろうが、文句言うんじゃねえ!」



 ステラの耳が捉えた声は何故気になったのか、このような場ではありふれた一幕のはずだ。けれど何故か気になったのだ。


「ステラさん?」

「あ、うん。何でもない……と思うんだが」


 何が気になるのだろう注視すると理由に気づく。怒りと同時に悲しいのだ。勿論男二人の喧嘩する様子に反する感覚。

 首を傾げるステラにはなんとも既視感を覚えていた。


「――これ、なんだ? どこかで……」


 ふと、マントの下のグラジオラスが『きいん』と鳴った。


(ぐーちゃん?)


 ステラが腰に手を当てれば、喜色、悲色が帰る。なんとも複雑な感情が渦巻いている。


 悲しみは正に彼女が抱えるものと――。


「あ……そうか。ぐーちゃん見つけたときの感覚だ」


 ステラがぽんと手を打つ。


「もしかしてのかなぁ」

「居る、ってどういうことです?」


「グラジオラスは欠片なのは以前話したとおもうが、つまり彼女はなのだ。本来あるべき欠片からだは世界の何処かに散らばっているのだが、丁度今近くにあるようだよ?」

「というと、以前の屑鉄状のものですか?」


「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。少なくとも星鉄の何かではあるだろうね。ちょっと行ってみよう」


 ステラが先導しつつ、言い争いをする男たちに近づき様子をうかがう。既に喧嘩とあって周囲は闘技場リングのように場があけられつつ有り、一触即発の様相だ。


 火事と喧嘩は江戸の華とは言うが、この点に関しては世界線が変わろうと、また街が変わろうと基本は変わらないらしい。


「――みつけた」


 そんな喧騒の中、乱雑に投げ出された古ぼけたナイフをステラは目にした。目を凝らせばグラジオラスと同じ濃密な魔道具由来の述線ラインが見える。


「シオン君、見えるか? 露店のテーブルに乗った古いナイフ……」

「……あれが、ですか?」


 ステラがこくり頷く。そうしている間にも男たちの言い争いは続く。


「切れねぇナイフなんぞ売りつけやがって、何がすぐれた魔道具だ!」

「はぁ? 言った覚えはないんですがねぇ?」


 なる程、確かに優れている。しかしあれほど緻密な構成の魔道具であれば使い手を選ぶシロモノだ。生半可な魔力を流しても使い物にはならないだろう。


「金貨3なんて安すぎると思ったんだ、ド畜生め!」

「はっ! テメェが節穴ってだけだろうが!」


 なるほど、売った本人も使えなかった故の安売りなのだ。ならばとステラはシオンを振り返り、指4つ立てる。彼は渋い顔をして見上げれば、ニヤリと笑う彼女の顔がフードの中に見て取れた。


 ため息混じりのシオンがポーチから金貨4枚を取り出すと、急に表情を消してするすると人混みの中に消えていく。


「ああ? ふざけんじゃねえぞ?!」

「やんのかゴルァ!」


 一触即発の空気の中、男が声を荒らげる。


「俺が勝ったらあのナイフの代金返してもらうぜ」

「なら俺が勝ったら損害分たんまり払ってもらうからな!」


 そうして2人が振り返った先には、件のナイフは存在していなかった。すわ盗みか……とならなかったのは、代わりに葉紙のメモと金貨4枚が置かれていた故である。


 観客の1人がメモに気づいて取り上げる。もちろん正体不明の金貨には手を付けない。この場で盗みなど働けば、断罪の名のもとに袋叩きにあった上、当然の権利が如く装備をひっぺがされるためだ。

 後にはパンツ一枚しか残らないなど、この時期には本気で死にかねない。男が慎重に、まるで代官が訴状を読み上げるが如く葉紙の文字をなぞった。


「えーと……『ナイフの代金、色を付けて金貨4枚お支払します』?」


「「……??!」」


 なるほど、混乱に乗じて買い取った者が居たらしい。限りなく黒に近いが、メモ書き通りの金額が置かれている。色もつけたとあればまぁ許せる範囲だろう。


 先程男が『金貨3枚』と口にしたのを誰もが聞いていたので、寧ろ『酔狂なやつもいたものだ』と呆れるばかりだった。


 それより残念なのは喧嘩のタネがなくなったことだ。せっかく賭けになりそうな催しがなくなってしまったことに、残念無念の念しかない。


 店主の男が店頭にもどり、金貨3枚を掴んでクレームを入れた男に投げ渡す。もちろん1枚は懐にだ。


「ほらよ、代金だ」

「……待て、何してくれてんだてめぇ。が売れた代金を何ちょろまかしてやがる」

「テメェこそ何を言ってやがる、んだろォ? ありがたく思えや」


「ざっけんじゃねぇ!」

「あ゛あ゛?! やんのかゴルァ!!」


 ワオオー、賭けは続行である! 金貨1枚を賭けたすごくていれべるな戦いのゴングが今、鳴り響いた!!



◇◇◇



 遠くに喧騒を聞くシオンは成る程と頷いた。


「所有権を巡るところに、新たに分かりやすい価値ひだねを投じて煙に巻いたと」

「左様左様。あの場で収まりがつかないと、結局別のところで爆発するだろう? ならその場で続けさせたほうが効果的ってわけだ。あとは憲兵さんのお仕事だね。

 それより流石シオン君だよね、小生ではああも上手くは行かない」

「そうでしょうかねぇ……?」


 あの場でステラがシオンに任せたのは、隠密隠蔽の『質』が両者で異なるためだ。


 ステラの魔法による隠匿が『消す』ものだとすれば、シオンのものは『溶け込む』もの。あの場で突如気配を消すものが現れれば、否応なく気づくものも居ただろう。


 だからこそ彼女はシオンにお願いしたのだ。


「えっへへー。ありがとうね、シオン君。嬉しいよ」

「……あの程度は『朝飯前』と言うやつです。構いません」


 シオンは懐に治めたナイフの冷たさを感じながら、少しあたたかい胸中に顔を背けた。

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