04-10-12:収穫祭#前夜>演劇歓談の2人

「ぶー」


 ステラは不満であった。久しく食べた串焼きが原因である。


 なんともめいた鳥魔物ヘー・ズパルトの肉団子串には、かりこりと軟骨がはいって非常に美味かった。醤油がないのが悩ましいが、塩は塩で良いものだ。酒がいっぱい欲しくなる油と、かりりと焦げた表面のザクザク食感がなんとも楽しい。


 これはもう一串たべるべき、思ったときには遅し人が屋台に殺到し買うどころではなくなっていた。


「あれだけ宣伝すれば群がりますよ……」

「宣伝って、なんのことを言っているんだ?」


「貴女の事ですからね?」

「し、小生何も喋ってない……はず」

「思いっきり喋ってましたよ」

「なん……だと……」


 1本食べきるまでにどれだけ美味しいのか、自ら声高に叫んでいたのを覚えていないのだろうか。彼女は以前『聖餐の聖女』と呼ばれたこともある。故に意図せずとも左様に振る舞えば繁盛もやむ無しであった。


 注意しても『こればっかりは治らないのだろうなぁ』とシオンはため息を付き、ぶーたれるステラをなだめつつ祭りを楽しんでいる。


「おや……」


 ふと大きなテントがステラの目に入ってきた。気にはなっていたが中々大きな天幕で、広場を使っている。


「なあ、あのテントはなにをしてるんだ? 何か騒がしいが……雑踏すぎて聞き取れないんだけど」


 高性能な耳はあまりの雑踏に機能しなくなっていた。集中すれば聞き分けはできるだろうが、お祭りどころではなくなるのでやることはない。

 ステラが指差す先を見たシオンがああ、と声をあげた。


「あれは演劇ですね」

「演劇?」


 ステラが目を煌めかせた。脳裏にある役立たずな記憶にも劇を見た記憶はない。本当の本当に初めての体験なのだ。


 胸が高鳴りそわそわチラチラとシオンを伺っている。


「……あー、観てみますか?」

「うんうんみるみる! うわぁ、初めて見るなぁ!」


 意外だとばかりにシオンが目を見開いた。


「ステラさんの国では無かったんです?」

「あったし種類も多いけど、値段が結構高いんだよ。完成度は相応に高いんだけど、公演数が多いわけじゃないし平日にやるからね。仕事してる人にはすこし行きづらいのだ」


「ヘージツ?」

「ああ、トーヨーは7日に2日、週末は基本的に休みなんだ。それ以外の5日を平日と言うのだよ」


「国が毎週に休日を定めているんですか。祭りの日でもなく……豊かな国なのですねぇ」

「もちろん働いてる人はいるよ? 治療院とか、ここにある劇場みたいな観光名所は動いている。

 それよりはやくいこうよ、楽しみだなー!」


 急かすステラに苦笑いしつつ、シオンはテントへと足を向けた。



◇◇◇



「やあれ紳士淑女の皆々様、目出度きこの日にようこそこの劇場へ! 此度の演目は『イエニスタの栄剣』、とくご覧あれ!」



◆◆◆



 旧き世、名も無きテイルズ、しかしてまことは口伝にて伝われり。


 栄華ありしはウェルスの都、栄剣イエニスタの担い手、名君ティルダにより治められたる。


『おお、我が都のなんと美しきなりや』


 故に花舞う都に手を伸ばす者ありしも不思議でありもせぬ。

 ある時、黒の頭衣を纏う魔法使いマギノディールの姿ぞあらわれたり。


『やあやあ、名麗しき御方ティルダ様。我が名はフロウラ、偉大なる魔法師にて公に御使え願いたくば』

『フロウラとやら、偉大と言うが一体何が出来申すか』

『されば我が業をばご覧あれ!』


 フロウラが枯れ木のような腕を振るいたれば、天より星が流れ落ちなんと美しき事この上なく、ティルダの心は瞬く間に奪われる。


『そなたこそ誠に偉大なる魔法師なり! ぜひ我が下で辣腕を振るうが良い』


 肩を叩き受け入れたるティルダ、しかしてこれこそフロウラの策の一手。

 薄笑いたる魔法師を見抜けなんだがティルダ唯一の汚点なりや。


  ◆


 ある日のこと、栄都ウェルスに暗雲立ち込めたり。

 人々は口々に不安に天を見て、何者かが指差し悲鳴を上げる。


 宙にありしは魔法師『フロウラ』の姿。

 右の手には大剣、輝けし栄剣イエニスタ。しかして刃は血で汚れ。


 左の手には汚れのあかし、我らが愛する名君の御首。


『やあやあ諸君! 我を見、崇めよ。今日より栄都の主はこれなるフロウラのものなり!

 さあさあ民草よ跪くが良い!』


 天よりいかずちが轟き、風邪は吹き荒れ、たまらず人々はしゃがみ耐えん。

 満足したかのように高笑うフロウラを見つつ、この日より栄都からは笑顔は絶えた。


 悪逆こそが正となり、力こそ正しき様として君臨す。

 忽ち栄都は魔都とならん。


  ◆


 しかして人の希望は何処にあらんとするや。

 立ち上がりしはティルダが実子、勇敢なる騎士ティルト。


 うなだれ涙する民草の鉾となり剣を掲げん。


『我に続け、自由をこの手に!』


 声に応じて人々は、手に鋼を持ちて御旗に続け!


『『『ティルト! ティルト! ティルト! 我らが御旗、我らが主!』』』


『ううむ、ちょこざいなやつめ!』


 簒奪者は唸り刺客を放たん。


 1に忠実なる殺戮者を。

 2に狂信なる使い魔を。

 3に猛烈なる狂戦士を。


 待受たる障害に、ティルトは一歩も引かず貫き進まん。


  ◆


 ――さあ、全てを退け目にした要塞は、かつて栄を誇りし魔都の姿。

 待ち受けるは仇敵フロウラその姿、剣を掲げるティルトは叫ぶ。


『待つがいい、フロウラ! 我が父の敵、我らが民草から奪いしすべてを返してもらう!』

『馬鹿な奴め、我に叶うなどと夢を語りおる!』


 フロウラが邪悪なる呪文を唱えれば、なんということか。黒衣の体は巨大な黒き蛇となりティルトを襲わん!


 猛毒の牙が脇をかすめ、悍ましき尻尾が唸りを上げ、ティルトを一歩一歩と追い詰める。

 しかしてティルトは下がるごと前へ押し込む。


『ワハハ。ソノテイドトハ、カタハライタイ!』

『俺は負けぬ! 負けられぬのだ!』


 両手には民草の思い、両肩には王たる責務。

 吹きすさぶ砂の嵐の中、傷だらけの騎士はなおも戦う。


 故に見出した一瞬の隙にティルトは果敢に飛びかかる。

 大口開けたる蛇の口より、剣をつき込み貫いたのだ!


『ガッ、バカナ……』


 どう、と倒れる蛇は崩れながら呪いを吐きだす。


『ユルサヌ、ティルトメ!』


 最後の力で吐き出した呪いは、しかして取り戻したる栄剣イエニスタにより振り払わん。

 さすればいかなる奇跡であろう! 掲げた剣が一層輝き、天より貫く一条の光が大地に大穴を穿つ。

 かくて開いたうろの中、呪いはするりと吸い込まれん。


『オノレ、オノレーーー!』


 なおも暴れ狂う瘴気の渦は、栄剣により封をされん。

 かくして空には光射し、人々は再度空を見上げて涙する。


 イエニスタを頂くティルトは告げた。


『剣の元、我は再度の繁栄を誓おう!』


『『『ティルト! ティルト! ティルト! 我らが御旗、我らが主!』』』


 以降、ウェルスで民草の笑顔が途切れることはなきなり。



◆◆◆



「――かくしてティルトは街を取り返し、英雄となりました。

 ウソのような本当のお話、此度はご来場いただき有難うございます!」



◇◇◇


 テントから退場するステラは感慨深げに顎に手を当てむむむと唸る。


「うーむ、面白かったが表の歴史はこうなのか……」

「歴史は常に勝者が作りますからね」


「更に偽報が後年判断つかず正史になったりな。史跡を辿るのは難しいなあ」

「一度途切れたものを取り戻すのは難しいですからねえ」

「さもありなん。だが面白いことが幾つかわかったな」

「なんですか?」


 ステラが指を3つ立てる。


「1つ、イェニスターは言い伝えでは『大剣』である事。我々が知るイェニスターはレイピア状だが、何故そうなったのだろうか?

 2つ、ウェルスが封じた『何か』が『蛇』の可能性がある。脚色はあるだろうけど、長い物という点は考慮した方がいいだろう。

 3つ、封印イコール迷宮ラビリンスは『蛇』を封印。完全に押さえ込めているなら放置が安定。つまり迷宮ラビリンスとして開放し、潜行ダイブする意味もないはずだ」


 これにシオンもムムと唸って指で顎を叩く。


「うーん、単なる演劇だとは思うんですが……そう言われると気になりますね」

「仮説だが頭の隅には置いとくべきかもな。メモしておこう」


 ステラが懐から探索者ハンター7ツ道具の1つ、探索メモを取り出して、ちょこちょこと所管を綴るが……ぴたりと筆が止まる。


「……シオン君、蛇ってどう書いたっけ」

「ああ、じゃあせっかくなので少し書き取りもしましょうか」

「うっ?! ま、まて今はお祭りだからまずは楽しむ事をだな……」


 慌てて弁解するステラにくすりと笑い、仕方ないなとシオンが単語を教えるのであった。

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