04-08-08:『夜の顛末』
何言ってんだコイツ。とはドバイアスの談である。
「だからー、制圧は我々に任せて応援を呼んでほしいんだよ」
「いや手負いがいるとは言え相手は5人なのだろう? ましてや手練となれば君たちだけでは」
「フフフ、小生に秘策ありだ。生半可な
なにかをやる気とシオンの直感が告げる。具体的には『グラン・クレスター』にやったような
「戻ってくる頃には、縄で縛られた下手人をお目にかけると確約しよう。どうだ、提案に乗ってみないか?」
シオンの熱い視線がドバイアスに刺さる。断われ、頼む、これはまずいやつなのだ! しかし闇夜に紛れては視線に気づくことはない。
「……正直信用しかねる」
やった、さすが衛兵! 職務に忠実な様はなんと勇ましいことだろう!
「……と言いたいところだがな。お嬢さんならなんとか出来ちまうんだろう? 悔しいが喫緊で……奴は俺の手に余る。恥ずかしい話だが……頼めるか?」
「もちろんだとも。そのために小生はここにあると言うわけだ」
アッーいけません! その発想はわかるがいけません! それでもシオンの視線は届きません。
左様、蕪は1人で抜けないのである。勿論2人でも抜けぬは子供でも知る圧倒的真実であった。
シオンの恨みがましい視線を浴びつつ、ドバイアスは『たのむ』と1言残し、可能な限りの速度で小走りに去っていった。
「で……どうするつもりです?」
「
やはりかー、とシオンは目頭を揉む。惨劇は繰り返されるのか……いやしかし相手は
それでも哀れに思うのは、シオンがこれまでの有様を見てきた故である。特に
「……皆殺しとか辞めてくださいよ?」
「物騒だな?!」
「ステラさんって、のほほんとしつつ悪人には容赦ないですよね?」
「しないってば! ちゃんと気絶させるだけさ……ただしカガクっぽくね?」
そう言って口元に人差し指を持って秘密を主張するステラに不安を覚えつつ、件の拠点へと戻っていった。
◇◇◇
幸いにも拠点ではまだ言い争いが続いていた。さほど時間を取っていないのだ、さもありなんといったところか。
「んじゃ始めるよ」
「くれぐれも……くれぐれも、やり過ぎないでくださいよ?」
「わかってるってー」
言いつつステラは
歪ではないあたりとても都合が良い。
「ふむり」
続いて
「……あの家に地下室はないようだ」
「わかるんですか?」
「分かりづらいけど、この距離ならなんとかね」
続いて明確に
脳裏にある四角柱は、ちょうど建物をぴったり覆うように形作られている。
「さてシオン君、剣を構えてくれ。終わり次第突入する」
「終わりって、何が終わるんです?」
「風が吹くのがだよ」
「えっ? うわっ!」
同時にステラがパチンと指を鳴らし、宣言どおりの風が正面から襲い掛かってきた。少し身が浮く程の強風だ。すわ何が起きたるか、何らかの風魔法を使用したことはかろうじて理解できる。
だが何故向かい風が吹くのか……。
「ステラさん、一体何を?」
「……」
何かを待つように腕を組む彼女は指でリズムを取っている。都合15回程叩いた所でステラがうんと頷いた。
「よし、次は追い風に注意したまえ。
「えッ?」
今度は踏ん張って事なきを得たが、今度は吸い込まれるような風だ。
「よし、突入だ。いくぞー」
「……もしかして、もう終わったんですか?」
「うむ、そのはずだよ」
言うが早いか、双ツ花を抜いたステラがトテトテと建物へ向かっていく。まるで無警戒な様に止めようとするが、しかしシオンもまた異変を関知した。
いやに静かなのだ。
騒がしかった拠点が、風のひと吹きで何故こんなにも静かになるのだろう。シオンが訝しみつつ、ステラが
「うわあ」
すると広がっているのは倒れ伏しビクビクと痙攣する男たちの姿である。
「さあ、ふんじばるよ~。猿ぐつわもお忘れなく!」
「一体何をしたんですか……」
斜めがけの鞄からロープを取り出すステラは、数名の男をギリギリと締め上げつつ答える。同時に唇が真っ青になる男には
「あの……これは一体?
「
「ええまぁ……」
シオンも習ってポーチから頑丈なロープを引っ張り出し、ぎゅうぎゅうと縛り上げていく。特に手練の男については念入りに縛り上げねばならない。
「じゃあこの建物を中心に、四方八方に
「どうなるって……風が吹くのでは」
「そうだな、屋敷を中心に空気が動き……やがて動かす空気がなくなるな」
「なくなる……? 風が、ですか?」
ステラがぴっと指を立ててニヤッと笑った。
「シオン君はたかーい山へ登ったことはあるかい? もしくは高い所がどんなところか知っている?」
「息がしづらい、とは聞いたことが有りますね」
「それがもっと高くなるとどうなる? 息はできるかな?」
「……順当に考えると、いつかできなくなりますね」
「そう、空気が薄くなり、やがて無くなって息ができなくなる。真空というのだが……」
シオンが足蹴にしながらロープをきつく縛りつつステラをゆっくり振り返った。
「まさか……」
「建物内の空気をすべて抜いた。約15秒……ゆーっくり深呼吸1回するぐらいの時間、この空間内では誰も息ができなかったのだよ。すると意識を失うのだ」
「でも息を止めれば……」
「んー、寧ろ死ぬかもね。1気圧程度じゃあ問題ない筈だが、最悪肺が破裂するよ。まぁチアノーゼは起きたみたいだがな」
「ちあ、なんですって?」
「急減圧したことで、体の中に毒が生じたとでも思ってくれ」
〈ブリーズ〉のはずがやたらエグい……シオンは思ったが口には出さなかった。結局目の前に有る事実は『これ』が真実である。
「さて、此方は2人縛ったぞ。そっちは?」
「2人共縛り終えましたよ」
これにステラが首を傾げた。
「2人……3人ではなく?」
「っ?!」
瞬時に居ない1人に対応するため2人が身構える。しかし注意深く周囲を伺うが、特に何の気配も感じられない。
「5人なのは確かですか?」
「ああ、魔法発動前にしっかと確認した。確かに5人居たはずだ……」
だが見回しても隠れられる場所はない。また地下室もないとなれば首をひねるしか無かった。
「逃げたんでしょうか……?」
「だとしたらとんでもない手練と言うことになるぞ? 小生とシオン君の目を以てして欺いたのだから」
なかなかゾッとする話である。一体如何なる存在が潜みおるのだろう……考えは遠く聞こえる鎧の音で中断することになった。
「……仕方ない、4人は捉えたのだから良しとしよう。情報はここにある……と願いたい」
「少なくとも手がかりにはなるでしょうね」
ステラがピクリと耳を動かし、むむむと唸る。
「……ドバイアス氏、仕事が速いなぁ。3人も連れてきたみたいだよ」
「巡回中の他のチームと鉢合わせたんでしょうか?」
程なくドバイアスを先頭に2人の衛兵が入ってきた。すでに縛られている様を見て頬をかいている。
じとりとシオンの目がステラを見るが、彼女こそ目を見開いて入ってきた2人を見ていた。
「本当にやってのけるとはなぁ……ちょっとオジサン自信なくしてしまうよ」
「まった、ドバイアス氏……2人だけか?」
「そうだが?」
ステラが首を傾げる。
おかしい、なにかが……。
ステラがぽんと手をうち、ぐぐぐとドバイアス達を睨む。
「おばっ」
「な、何かあったか?」
2人の後ろに……3人目の男が居たのである。どうにも青白い顔で、一般事例で言うところの所謂、常識的に判断するに、そう、明らかに
なお黒い霧は無い。死人が死ぬわけがないのだ、なるほど当然である。
「ふぁーー?!」
「「「??!」」」
ステラが一歩踏み出して青白い男をぶん殴る。しかし実体のない存在に物理攻撃は無効であることはご存知のとおりだ。
しゅばばばば、と素早い猫のごとくパンチを繰り返すステラに3人の男が目を剥いて眺める。
「す、ステラさん?!」
「ウオオオ! こいつぱんちきかない! ぱんちきかない!!」
「何か居るんですか?!」
「なんか居るけど見えないやつーー!!」
ガチン、とステラがバックステップしてロスラトゥムを抜き打ちする。発動するのは
鋭い刃が青い影を貫くと、ゆらりと揺らめいて霧散していった。
「た、た、たおし、た?」
「大丈夫……ですか?」
いかめしい顔で武器を構える衛兵2人に対し、心配げなシオンが対照的だ。
それはそうだろう、今現在においてその青い人はステラにしか見えてない。構図としては突如錯乱したエルフ女が武装して魔法を放ったようにしか見えない。
「ど、ドバイアス氏は大丈夫?」
「お前こそどうかしちまったのか……」
突如の凶行に態度を固くするドバイアスに、ステラが顔を青くして問いかける。
「悪いことは言わない。明日朝イチで教会に行って、お祓いかなんか受けたほうがいい」
「は……なにを」
問い詰めようとしたが、ステラは泣き出しそうなほど震えて訴えるのだ。問い詰めるに問い詰められない。
「ドバイアスさん、これは受けておいたほうがいいですよ」
「なんだと?」
「こういうときのステラさんの勧めは、かなり危ない場合です」
訝しむ視線に、震え声のステラが続ける。
「こう、青い顔の青年がいたんだ……。マントを着て、なかなか上等な服を着ていた。
張り付いたような笑顔だったが、目元がはっきりした美男子だ。目元にほくろがあったかな……。
あっ、翼もあった……
そう語るごとに、衛兵たちの顔色も優れなくなっていく。新しく付いてきた衛兵が、ポツリとこぼす。
「そういえば……ここでしたね」
「な、ななななにがだ?」
「半年前、領主様の――」
「おいばかっ!」
目を見開いたのは勿論シオンとステラだ。半年前、領主……つまり、件の凶行は正にここで行われたというのか。
確かに忌み場として人が寄り付かないなら、悪事の隠れ家としてこれ以上の場はないだろう。
なら青白の正体は――。
「は、早く引き払いませんかね? さむけがしてきましたですだよ??」
「そ、そうだな、それがいい。うん、それがいい」
一行は下手人を抱えてすたこらさっさとその場をあとにした。
ただ、身動きせずにじいと眺める視線には、さしものステラでさえ気が付かなかった。
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