04-08-07:『夜道の追跡』

 ステラとドバイアスが小走りに進む。だが夜の道に足音はなく、喋る声すら届かない。これはステラの【遮音領域】のいじー・えりみねーたーを拡張し、またシオンの魔法利用を元にした心象魔法・【遮音外套】さいれん・こーとである。


 追跡にあたり、ドバイアスの装備ではガチャガチャうるさかったのでステラが『内緒で』と唇に指を当てかけた魔法だ。


 なお驚いたドバイアスがわちゃわちゃしていたが、何を言っているかさっぱり解らない。【遮音外套】さいれん・こーとの欠点は、自分の声すら遮音する……つまり『会話できないこと』だ。


 なので簡単なハンドサインでのやり取りで疎通を取っている。以前シェルタを伴いやったものだが、衛兵でも活用しているようですぐに受け入れられた。


『“むこう” “敵” “5”』

『“了”』


 指差す方向はとある家屋。確認後そろりとあるき、様子をうかがう。中ではゴソゴソと音がしており、何か言い合っているようだ。


 うち1名はステラがした相手だ。1合切り結んだ時点で、ヘビ君は一生懸命しゅるりと足に巻き付いたのである。

 何といい仕事であろう……見事な働きには相応の報いを。ステラ判断でハンバーグ味の魔力をご馳走するに値する。


(ただ位置はわかっても、話の内容が要領を得ないな……)


 曰く見つかっただの、尾行はまいたろうな、そのはずだが。左様なことばかりで、役に立ちそうな情報がない。少なくとも『企みを持つもの』とわかるだけだ。


 ただ焦りが多く見えるようには思える。夜警に見つかった事を言っているのか、しかし『撒いた』なら何故焦るというのか。


 ここでステラの背中をポンポンと叩かれる。なるほど撤退合図か、隣のドバイアスに目を向けると、真剣にアジトを見ていた。


 はて、どういうことだろう。にあった。


「なにしてるんです、ステラさん……?」

「――?!」


 小声で問うのはを携えたシオンである。切っ先からはぴたりぴたと赤い血が滴っている。


「――、―――?!」

「何してるかって……暫定人攫いを追ってるんですが」

「「?!」」


 ドバイアスがパクパクと口を開くが、当然声は届かず要領を得ない。読唇術は身に着けているが、鎧の奥ではなかなか見えづらく読み取れないのだ。


 困っているとステラがシオンの裾をちょいと引っ張った。


「―――、――――」


 しかしステラの言いたいことぐらいなら、シオンはすぐ察することが出来る。


「え、離れたところで? 了解です」

「――!」


 ぐっと親指を立てたステラに、軽く血糊を拭ってシオンが納刀し従いその場を離れた。



◇◇◇



 軽く自己紹介を済ませ、ドバイアスはシオンに問い詰める。


 夜間、血糊の付いた抜き味の剣、その発言。これだけで即お縄にしてもいいぐらいだが、ステラの仲間ということで一時保留としているのだ。


「君は一体何をしたんだ? ただ事ではない様だが」


「花爛区で悲鳴が聞こえまして。

 駆けつけたところ、丁度逃げ去る不審な男がいましたから、その場で詰問しました。

 解答に要領を得ない為、憲兵に付き出すことを仄めかしたところ……斬りかかってきたので応対。

 3合切り結んだところ不利を悟って逃げたので追跡してきました。

 その後は御2人の姿が見えたので声をかけた次第です」


「ああ、ならあれはシオン君がやったのか。さっすがぁ!」


 パチンと指を弾いて腕を組み、自慢げにウンウンと頷く。だが3度頷いた時、はたと気づいた彼女が笑顔を消してシオンに向き直る。


「シオン君。小生、なんて言って別れたんだっけ?」

「ええと、夜警に付くのですよね。今まさにステラさんはお仕事中と……」


「君の仕事は?」

「ヴァイセ氏を『プリムラの詩』に案内れんこうすることです」


「もひとつ質問いいかな……」


 たらりと汗を流すステラがシオンの目を見据える。 


「何で君、娼館で『にゃんにゃー』してないの?」

「目の前に手掛かりがいるのに、かまけるのも無いでしょうよ……」

「アッーー!」


 天の時はあったのに地の利、人の利を見誤ったのだ。おお神よ、ステラは目頭を抑えて天を仰いだ。

 これはもうシオンが『けだものフレンズ』になってしまってもおかしくはない。そのときは……。


(し、仕方ない……な。シオン君をミンチにしたくないものな、うん……)


 和姦ではないが、強姦ではない。そう、ちょーっとだけ天井のシミを数えるくらいだ。それくらいなら我慢できる。大丈夫、いけるいける。


 どの道経験するかもしれない事だ、それが信用できる彼ならまだ心が納得できる。大丈夫、やれるやれる。


 だが実際のところ、自慰すらしたことが無いのだが大丈夫だろうか。初めてはメッチャクチャ痛いと聞く。


 よく考えれば熟れていないところをのだ、痛いに決まっているだろう。元が元だとてそれくらいの知識は残っていた。


(だが大丈夫なのか、その場合……?)


 彼のパオンが如何程であるかによるが、もし彼のパオンが! だったら……さしものステラもビビってしまうかもしれない。


(そういえば米の国の人はナニが馬並みとか聞くな……ギネスでは50cmに届かんとするとか……)


 漫画の世界が現実に。等正気の沙汰ではない。薄い高級書本がごとく無理をすれば、内臓がはち切れたとておかしくは無いだろう。


 ステラがそっとシオンの股間を見た。隠れたそこにある大きさは、当然ながらシュレーディンガー・ニャンコ・アブナイに基づきステラも知らない秘匿事項である。


(え、ええい恐るるに足らず! たぶん、たぶん腹パンよりはマシ!)


 そうステラが己を説得させるところ、シオンが盛大にため息をついた。


「あのですね、ステラさん」

「なぁっ?! な、なにかな?」


「エルフに代表する長命種は、そもそも性欲が薄いんですよ」


 ステラがびしっと固まった。


「……なんだって?」

「エルフは性欲が薄いんです。じゃなきゃ2ヶ月も一緒に旅して何も無いなんてことはないでしょう?」


 ステラがぽかんと口を開け広げ、次の瞬間かっと顔を赤らめた。


「もしかして……よ、よけいなおせわでしたか?」

「まあ、はい。気遣いは有り難いですけどね」

「お、おおう……」


 ぷしーと耳から上記でも吹き出んがごとく顔の赤いステラは、思わず顔を覆った。裏目に出るどころではない。


「今度、ちゃんと情操教育しましょうか……」

「おっ……おながい、しまう……」


 久々に一撃にステラがヒートアップして項垂れた。


「……君たち、いちゃついてないでそろそろいいかな?」

「「あっはい」」


 呆れ顔のドバイアスが舌打ちしつつ二人を窘めた。

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