04-08-06:『ステラと夜警』

 ところでシオンは男の子(成人・25歳)である。見てくれは少年であり、性欲も相応に……恐らく中・高校生ヤりたいざかりなのは明白だ。


 彼はあまりそのような視線でステラの事は見ないが、たまーに尻や胸に目が向くときはある。


 そう、あるのだ。超感覚は彼の視線を捉えてしまうのである。しかして襲われないのは彼が自制心を持った紳士である事の査証だ。


 しかし抑え切らぬのも性欲。


 考えてみて欲しい。何かとスキンシップしてくる無防備な娘がいい匂いをさせてくっついてくるのだ。


(たまったものではねえな?!)


 ステラの中のオッサンは叫ぶ。このままでは色々とよろしくないことになると。気まずい事になりかねないと。


(というか今までシオン君に酷いことをしまくっていたのでは……)


 いい加減シオンがになってしまうかもしれない。勿論組み伏せられても抵抗は可能……だからこそ


 リビドーを抑え切らない野獣と化したシオンが覆いかぶさってきて、


 『スケベしましょうよスケベ……』


 等と言われた日には。


 『や、やめてーしおんくんしょうきにもどってー』

 『いいじゃないですか、いいじゃないですか』

 『あーれー』


 等と、リボンとかぐるんぐるされるに違いない。今のシオンを見る限りそうなる気はまるでしないが、古今東西なんてものは茶飯事である。


 もちろん無抵抗になるのには理由がある。のだ。


 もし防衛本能のままに突き放したら……本当にと弾けかねない。


 最早事になるのだ。軟骨小骨が入ってひき肉にもつかえやしないパック肉(約50kg)の完成である。


 弾けるだけならまだ良いが、混乱した彼女自身が魔力暴走オーバードース状態へ確変する可能性が非常に高い。事故とはいえ、彼を刺したとしたら絶対に錯乱する自信がステラにはあった。


 仮定として。


 ステラは普段魔法を胸中の漣から汲み取っているが……手にひと掬いが関の山だ。【穿き進む破滅の魔剣】バスターカリバーの発現ですら両手の椀で足りるのである。


 それがぽこじゃか流出しては街が消えるどころではない。


(冗談じゃないな?!)


 なので相棒シオンの暫定ムラムラ解消のためにも、彼に娼館を推奨する必要がある。『プリムラの詩』支配人の言葉は、濡れ手に粟めいたベストタイミングなのだ。


 見た目少年だが中身は25歳、仮に童貞だとしても……娼婦のお姉さんは優しいから手取り足取り教えてくれるはずである。


 ここで一発ヌいてもらって、スッキリ明日から仕事に打ち込んで貰う算段だ。なんと良いプランであろう!


 まさに『俺によしお前によし皆でよし』の軍曹ニッコリプランなのだ。


「そう思わんかドバイアス氏」

「いや何がなんだ?」


 夜の街を【光源】らいとで照らし歩くのは、ステラと本日の夜警番である衛兵、ドバイアスだ。ウェルスではツーマンセルでの巡回を基本としている。


 なお当依頼の受注にあたり、受付のゼーフントが渋すぎる顔をしていたのは最早お家芸と成りつつ有った。


「しかしここいらへんは静かだねぇ。歩く人はほとんどいないや。

 猫や鼠くらいかな、闊歩するのは……」

「そりゃそうだ。こんな時間まで賑やかなのは花爛区ぐらいだからな。

 いくら鍛冶区だからって、夜中までカンカン五月蝿かったら眠れないだろう」

「さもありなん」


 ただ炉の火は落ちているとはいえ予熱があるのか、なかなか過ごしやすい区画だ。みればチラホラと顔を見た猫が、ゴロンとくるまり眠っているのがわかる。


 季節的にも夜の冷え込みがキツイので、この区画は猫に限らず野良動物達には大人気であった。


 なおステラは密やかに心象魔法【ぽかぽかバッグ】ゆたんぽを使用している為、冷え性知らずである。


「しかし何だな……あんたみたいな美人がこんな面倒な仕事を受けるなんて、オレぁびっくりしたよ」

「色々事情があるのだ」

「約得っちゃ役得かな」


 かぶとの上からでも解る喜色を返し、ステラは不敵な笑顔で応答する。


「フフフ、それだけではないぞ? 小生は有能なのだ」

「べつにそうじゃなくてもオレは構わんがね」

「いやいや、実際役に立つ事を証明してみせよう」


 ステラの耳がぴこーんと跳ねて指をさす。


「ほら、あそこを見てみろ。酔っ払いが倒れている」

「うん?」



 丁度月の光の影になる、道の脇に瓶を抱き締めて寝る潜行者ダイバーが居た。今時分だと朝方にかけての冷え込みがきつく、場所によっては凍死しかねない。ドバイアスが舌打ちして目配せしつつ歩み寄ろうとしたが、ステラが笑顔で首を振った。


「ドバイアス氏、きをつけて」

「何を気をつけるってんだ?」


「そいつゲロってる」

「……えぇ?」


 頬が引きつるドバイアスの視線の先に、ステラはツンとした臭いを嗅ぎ取っていた。そんなになるまで飲むんじゃあないと言いたいが、こればっかりは人それぞれの自由だ。


「夜警はコレが有るからなぁ……」

「すみませんがお願いします」


 結局槍で叩き起こして事なきを得た。




 その後も同じように、持ち前の索敵能力を持って酔っぱらいや、たちんぼに警戒を促すなど夜の闇の中で的確に相手を見つけ出していく。


 只者ではない、と判断したドバイアスが索敵を任せ、次々に不審者を摘発していく。かなりスムーズにことが進む事態に、ドバイアスも喜ぶべきか悲しむべきか迷って頬をかいた。


「〜っと、待て。何か歩いて来るぞ」

「またか?」


 ドバイアスには見えないが道行く彼女の言は百発百中。『何か』というのなら、確実に『何か』が居るのだろう。

 彼は緊張のもと担ぐ槍をぎゅっと握りしめた。


 やがて現れたのは……、


「うぃーっぶふーっけけー♪」


 ただの栗鼠種獣人の酔っぱらいであった。酒瓶片手にご機嫌に、ふらりふらりと夜道を歩いている。千鳥足はなんとも危なっかしい。ドバイアスがチッと舌打ちして目配せする。注意しに行くようだ。


「おい、あんた大丈夫か?」

「え~いあんだってぇ~ふぃっふふふぅ~!」


「だめだこりゃ、おい帰れるか?」

「えーいおりゃあのみたるええあいえうお~」


 男が顔をあげると、頬はだらしなく緩みふへふへと笑うっている。どうにもダメなようだ。


「ああもう、一回番所に連れてくか……ステラさんよ、ちょっと手伝っ――」

「ヌン!!」


 振り向いた先のステラが得物ロスラトゥムを抜き打ち、男の腹へボディーブローを見舞う。衝撃は硬い金属の衝撃と、甲高い音で防がれたとわかる。


「ッ……てめぇ」


「なっ、おい!」


 追撃に足払いを放つも飛び跳ねて避け、渾身のストレートもするりと避けられる。反撃の打撃を首を傾けて、ぴしりとリボンが持っていかれる。長い髪がふわりと解かれて月の光を浴びてキラリと輝いた。


「トオィ!!」


 懐からの全開【身体強化】ふぃじかる・ぶーすとによる正拳突き。真芯を捉えたはずの打撃であるが、しかし衝撃を後ろへ飛び退り受け流した男は、勢いを利用して夜の闇へと消えていった。


「ふむ……逃げた、いや、見逃してくれたと言うべきかな?」

「だ、大丈夫か?」


 駆け寄る彼は漸く『おかしい』事に気づいて、先に動いたステラに歯噛みしつつ怪我がないか問いかける。


「しかしよく気づけたな、完全に酔っ払いだと思ったんだが」

「小生『暗視』が使えるからな。如何に闇世で視界が悪いとて、なんぞ一発だよ」


「いや、赤くならないやつも居るだろうに……」

「もう1つある。あいつからがしたのだよ。怪我してるのは分かったけど……刀傷なら話は別だよ」

「よくわかったな……」


 ステラが獲物をくるりと回して納めつつ、ぴっと指を立てる。


「演技力ってのはときに何者をも騙すからな。

 それより理由を考えよう。意味もなく演技するヤツが居るとすれば……」

「明らかにはんざいのかのうせいか……チッ、追うのは……」

「やめたほうが良いだろうね」


 あっという間の出来事だったのだ、また入り組んだ区画であり、撒くのも容易だ。しかしステラがにふふふと笑って手で制した。


「だが目印は付けたから、アイツが何処に居るかは把握しているよ。なら何をするべきかと言えば……火付盗賊改方はせがわさん宜しく手勢を集めるのが手というものだ」

「……いや、本当に分かるならアジトを先に割ろう」


「ふむん? それならいいけど……こっちだよ」


 ステラ指差す先導に従い、ドバイアスは夜を征く。




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