04-09:それはまぎれもなく

04-09-01:奴が来た

 ある日の夜、ステラは滅多に見ない夢を見た。


 なんと珍しいこともあるものだ。その夢では見たこともない翼人の青年が微笑んでいる。その姿は全体的に青白いものの、何となくメディエを連想させた。

 しかもその夢の青年は――、


『やあ』


 普通に話しかけてきたのである。


「え、どちらさんで?」

『やだなあ、君は知っているはずデスよ?』


 そういう男の目元にはが伺えた。



◇◇◇



 飛び起きたステラはを認めると、即座にその首根っこを掴んだ。


 確め。見覚えのある模様。

 認め。フドウが見失った猫だ。


 なぜここに? そしてあの夢は?


 無関係であるはずがない。ステラが般若が如き眼力で猫を睨みつけると、猫に無いはずの違和感……活発に流動する白く波打つ荒波のような線を検出した。


「何か憑かれてるな? 貴様、何が目的だ」


 申し訳無さを感じつつ、きゅっと首を絞める。


「にゃっうぇ、にゃっうぇ! ぅぉはなーし! しゃーう!」


 何か鳴いているが要領を得ない。舌打ちしたステラが吠えるように問いかける。


ぐるるふしっここではにゃんこのコトバではなせ!」

「に、にゃーにぇ?」

「貴様、やはり悪性か!」


 ステラから爆発的にオーラが高まり薄く輝いた。


 状況としては過去、魔法の源たる魔核コアに取り付く化物退治に似ている。異なるのはこの悪霊が猫に支配している点。つまり、以前ほどの苦労なく、干渉は限りなく容易だ。


 が効かなかったことから、彼女は既に専用魔法を開発していた。


 引っ掴むグラジオラスに星の輝きが宿る。薄暗い部屋を照らす優しい光は強制昇華の概念を持つ燃え盛るような聖光だ。


 その名も対非実体存在殲滅用言祝呪詛魔法・【鈴鳴】てぃんかー・べる


 ステラが望み、選んで絶滅させるための概念刀身は、『切れぬものをこそ割断する』性能を持つ。


 剣術はシオン程上手くはないが、薄皮を削ぎ殺す事ならば


 なにせ今のステラは……お芋さんの皮剥きがとってもじょうずにできるからだ! お手伝い力は今最高に高まっているのである。


「今から貴様を削ぎ殺す、覚悟せよ悪霊」 

 

 これはたまらぬと、猫からするっと霊体めいたものが抜け出てきた。姿は夢で見たのと同じ、また先に見たよりもはっきりとした青白の影だ。


 抜け出ると同時に猫の首から手を離し、高速の左手が霊体へ馳せ飛ぶ。反応の間も与えずベアクローでヘッドロックががっちりときまり上がった。これも【鈴鳴】てぃんかー・べるの応用で纏わせたオーラによる効果である。


“――――〜〜〜〜!”えっなにこれいたいんデスけど?!

「そのまま縊り殺しても良いが、良かったなぁ小生気分が

 貴様の処遇はだ。安心して捌かれるがいい」


“――――〜〜〜〜!”ま、まってって! はなしあおうよ!

「話だと? 猫に取り付くゲスが、神が許してもこのステラは許さぬ! 滅せよクズめ!」


 だが振り上げたグラジオラスはぴたりと止まった。荒らげる声に隠れて、衣擦れの音が長耳に届いたからだ。


「……すてらさん?」


 シオンがのっそりおきあがり、ぽあんぽあとした目でこちらを見ている。ふあっとした雰囲気でふにゃふにゃした彼はどこか可愛いなと、ステラはほわんと思った。


「へんじ」

「はっ、はい」


 シオンはごくたまにびっくりするほど寝ぼけることがある。まるで精神年齢を一桁にしたような可愛さがあり、ステラをして『きゅん』とくる物がある。


 そう、レアイベントなのだ。


 ガチャで言えばSSRとかそのレベルのイベントである。だが何故今なのか! ステラはいま立て込んでいるというのに! そんな葛藤さしおいて、シオンの寝ぼけは続く。


「またんご……」

「は?!」


 マタンゴとは歩くキノコの魔物である。エグい色ほど味がよく、バターソテーが一番美味いよ派、煮込みが一番だよ派、いいや黒薪焼きだね派等派閥で別れることでも有名だ。


「おなかこわすから、たべちゃだめ」

「はっ、ハイ?」


 言及どおり火を通さないと総じてお腹を壊す毒を持つ。食中毒めいて丸一日トイレの親友になるので注意が必要だ。

 なおこの部屋にマタンゴはおろかキノコはない。高級キノコの菌床アムル・ノワーレの小壺はシオンのアイテムポーチの中だが、まだキノコではないのでグレーである。


 寝ぼけたシオンはぷくっとほほを膨らませてステラに怒った。


「めっ」

「はい……わかりました」


 こういうときのシオンは強情である。『いいえ』を選ぶと延々と雷が鳴るのと同じで、必ず『はい』を選ばされるのだ。彼はふにゃりと笑うと悪霊をベアクローするステラの方をみてうんうんと頷いた。


「うんぅ……」


 そう言って可愛く唸ってベッドに潜り込んだのだ。


“――――〜〜〜〜”・・・・・・・・

「……むっ!」

“――――〜〜〜〜!!”グワッーーーー!!

「馬鹿め、油断するとおもうてか!」


 少しほっこりしたところ逃げ出そうとしたので、ベアクローが更に頭蓋に食い込んだ。半透明だが痛みという感覚は存在するようだ。


 再開したやり取りに、今度こそシオンが目を覚ました。勢い良く起き上がり枕元の剣をひっ掴んで飛び起きる。


「なんで悪霊レイスがこんなところに?!」


 これにステラの般若顔が怒れる鬼子母神へと変じた。


「件の青いやつが猫君に取り付いてやってきたんだ。安心してくれ、これからぶっ塵スから!」

「?!」


 余りに物騒な様子にシオンが目を見開きレイスの姿を見る。そもそも何故素手で掴めているか等は慣れの問題である。


――――〜〜〜〜!まって、はなしきいて!

「おどりゃクソ青! もう許さんけえの!!」


 シオンは2度、3度と瞬いて違和感に首を傾げた。


 確かに相手はレイスである。だがベアクローで拘束されてバシバシ手を叩くレイスは。通常ならこの世あまねくを恨まんと鬼気迫るのだが、目の前のは『やめてー!』と訴えているように見える。


 いや、はっきり言おう。シオンにはステラがようにしか見えなかった。


「……ステラさんステイステイ」

「なんだい、今いそがしいのだが」

「その、レイスですか? 何か訴えてるみたいですが」


「はぁー? にゃんこの敵の話を聞く必要あるんですかねぇ? 聞く意味ないよねえ?!」


 これにシオンがティンと閃いた。


「……もしかして、話せてます?」

「え? ああ、話せてるが?」


――――〜〜〜〜!しょうねん、たすけてくれ!

「あ゛あ゛?! シオン君に助けを求めても許しゃしねえのだよ!!」

「あー……ステラさんちょっと待って」


 レイスの視線になるほど、とシオンは理解を示したした。この幽霊の視線は理性的なのだ。……レイスであってレイスでないのだ。


「ステラさん話を聞きましょう。これは意味があると僕は考えます」

「ヱー……でも」

「お祭りで使うお小遣い増やしますよ」


 瞬間ステラは手を離しベッドへ腰掛けた。その顔は満面の笑みで、目はキラキラと星のように輝いている。拘束を解かれたレイスは頭を抱えて床に倒れ伏し、ふわふわと震えた。

 足元の猫はぴくっと痙攣してむくりと起き上がり、怯えたように周囲を見回す。そして手招きするステラの膝に、すがるように丸くなってぷるぷると震えた。


 成る程、恐ろしいこととは『操られた事で迷子になる』事なのだろう。やはり後で一発殴ろうとステラは心に決めた。


「……ステラさんといると暇しなくていいですね」

「そうかい? 照れるなぁえへへ」

「褒めたわけじゃないですからねー?」


 なだめるように撫でるステラに、シオンはふぅとため息を付いた。

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