04-08:ウェルスでの日々

04-08-01:『水路街』

 シオンという少年(25歳・ハーフエルフ)は約束を守る男である。出来ない約束はしないし、失敗したらちゃんと謝る……ごく当たり前を当然として履行するものである。


 なので目の前で"ドゥナドゥナ"されるステラと言う美女(0歳ハイエンドエルフ)の悲しげな目にも、笑顔で手を振り送り出す次第であった。


「御遣い様! 今日はよろしくお願いします!」

「え、まぁ、その。まっ、まかせろ……?」


 彼女はイデア教会で協働したシスターとシチェーカに、両サイドをガッチリ固められて手厚く拉致しょうたいされていく。向かう先は離れの赤子の部屋、通称『夜泣き部屋』である。


 いや、最早夜泣き部屋という名自体が加速度的に有名無実となりつつあった。ステラの髪を縫い込んだ願掛けタオルケットの利用で、夜泣きが激減したのである。ご利益のある魔道具は、密やかに聖遺物めいた扱いを成されていた。


 なお今もって5人の赤子達はタオルケットにしがみついて離さないようだ。引き剥がせずに洗濯が大変とは、顔色が良くなったシスターの言である。


 可愛らしい様子を是非見てやってくれと言われてしまえば、押し切られるしかない。


 シオンはただ見送ることしかできない。彼の隣に立つ司祭スエルテも申し訳なさそうに頬をかいていた。


「……宜しかったのですかな?」

「彼女の件でしたら、結果的に喜んでやってくれると思いますよ? なんだかんだ子供が好きな人なので」


「それもありますが……シオン様、あなたもです」

「僕ですか? 何かありましたっけ」

「もちろん。まさか私の見回りにお付き合い頂けるとは」


 なるほど、とシオンは頷いた。スエルテの見回りとは以前事件聞き取りに於いて言っていた街の見回りである。


 ステラを協会に連れてくればことは分かっていたので、序に彼の見回りに付き合おうという算段である。ただ聞くだけではなく、人攫いについて様子を見るべきと判断したのだ。


 直感的に感知した『』の気配は色濃く、正に事件に触れているスエルテに付き添うのは都合が良かったのだ。


「此方も気になる事件ですからね、多少はお手伝いしますよ」

「それでも感謝いたしますよ」


 こけた頬のスエルテは、やんわり笑顔を浮かべた。



◇◇◇



 貧民区スラムの存在は如何に栄えた街にあっても消える事はない。ただ規模は人の流れ、またトチのルールに従い形は千差万別である。

 シオンはこの街におけるスラムとは、通路のアクセス性の悪い外郭にあると考えていたのだが……そうではなかった。


「ウェルスにこんな所があったなんて」

「離れないように。迷えば出ることは難しいのです」


 スエルテとともに訪れたのは街の地下である。アーチを描く大洞穴に流れるのは濁った水だ。微かに汚臭が漂う故に排水であることはわかるのだが、思ったほどキツイ匂いではない。


 少なくとも飲料には出来ないが、街に理由が大規模な地下水路だとは。このような大規模な施設、ステラが見たらどう思うであろうか。


(……いや、意外と『ありそう』なきがしますねぇ)


 聞いた限りの文明を推し量るに、こうした治水は徹底されているはずだ。であればこの程度の水路はと断じるだろう。

 実際に目にしたなら余りの『無臭さ』と『綺麗さ』に腰を抜かす事になるのだが。


 縦横無尽に走る水路をスエルテが先導して進んでいく。彼が居なければ恐らく迷ってしまいそうな通路はまるで迷宮のようだ。


「しかし随分遠回りなのですね」

「他にも入り口はありますが、地下には地下のルールというものがありますからな」

「成る程……しかしこの流れ、どこから来て何処まで続いているのでしょう?」


「一説には迷宮ラビリンスまで続いているとか……」

「は……え、本当ですか?」


「向かう先は中央へ向いておりますし、だとしたら行き着く先は其処以外にはないでしょう」

「入り口が2つ以上有ることはありますが……まさかこんなところにあるなんて。管理はどうなっているんです?」


「地下には地下の元締めがおるのです。ほら、あちらをご覧なさい」


 スエルテが指差すほうを見ると、通路の先に明かりが差し込むのが見える。地下水路において明かりと言えば、〈ライト〉以外にはないはずだが……人工的な色は確かにだ。


 訝しみつつ進めばひとつの集落が現れた。水路に沿うように天幕が張られる様は野営地のようである。

 道行く人々の服装は決して質の良いものではないが、シオンが知る『スラム』という意味においては驚くほどきれいなである。


 更に集落を明るく照らすのは全て魔道具のランプだ。通気性を考えれば最適解といえるが、それにしたって贅沢すぎる。


 目を見開いて周囲を見回せば、目端に映る設備は全て魔道具である。使い込まれて古めかしいが……買えば一財産と成るようなシロモノが山のように並んでいた。


 小さな村ほどの規模だが、生活レベルは下手な貴族より高いのではなかろうか。


「非公式ですが『水路街』と呼ばれています」

「サビオ様は……これをご存知なのですか?」

「はい。居住を許される代りに、水路の整備を任される条件付きですが……」


「それで掃除が行き届いているのですか」

「……ですが暗がりにある場所ですからな、どうしても爪弾き者が集まりやすいのも事実です」

「なるほど……」


 この集落は所謂『穢多・非人』と呼ばれる集落に近い。認められつつも押しやられているという場は、後ろ暗い者にとって格好の住処となるだろう。


(件の人攫いも地下を拠点としているのでしょうかね?)


 可能性としては十分にありえるし、スエルテを見る限りすべてを網羅できぬほど広大な地下通路に成っているようだ。


 道行くスエルテは行き交う人に挨拶しつつ、最近の様子などを聞いているようだ。同時にシオンの紹介もしつつ歩いて行く。彼に向けられる一定の敵意は存在するが、嘗て通った追い剥ぎどおりに比べれば何ということはない。


 唯一シオンが油断ならぬと認めたのは集落の長と思わしき男であった。



「やあ司祭殿スエルテ。巡回ご苦労だな」

「苦労という程ではありませんよ、元締殿グリュイック


 グリュイックと呼ばれた男はスエルテと握手すると、油断ならぬ目でシオンを見た。


「そっちのは?」

「最近お世話に成っている探索者ハンターのシオン様です。森の恵みを喜捨頂いているのですよ。

 シオン様、此方はグリュイック、私の……幼馴染のようなものですな」


 多くは語らず、しかし信頼関係は見て取れた。ぺこりとお辞儀するとグリュイックが笑う。


「礼儀正しい子供ガキだな、スエルテが認めるだけはある」

「これ、グリュイック! サビオ様から御依頼を受けるほどのお方ですぞ」

「サビオ様のか……なるほど、今日は何の用だ?」


「いつもどおり様子を見に来たのですが、シオン様は人攫いについてお調べなのです」

「色々と縁がありましてね。司祭から話を伺いまして同道を願った次第です」



「……分かった、話してやろう。と言っても後手に回ってるんだがな……」

「地上と一緒ということですか?」

「状況はもっと悪いと言っていい、此方は人の目が届かないからな――」



 グリュイックから聞けた情報は次のとおりだ。


 1つ。スエルテが言うとおり、水路街で人攫いが起きている。

 2つ。人攫いは『水路街』のように管理されていない集まりを狙っており、地下水路全体がピリピリしている。

 3つ。そのせいで『水路街』を狙う勢力が劇的に増えているが、現状戦力で防衛出来ている。



「そんなに戦力が有るんですか?」


 と、シオンが聞いた所でシオンの耳が金属音を聞いた。振り返った先、遠くで1合、2合と金属音が響いたあと……しんと静まる。


子供ガキにしちゃカンが良いな、そういうわけだ」


「相応の手練が揃っているとはわかりましたが、何か手がかりはなかったんですか?」

「それが戦闘音を聞きつけても大体が終わった後でなぁ。姿は見かけねえときたもんだ」


「戦場にも痕跡がない、ですか?」

「流血すら残らねぇなんざ異常だぜ」


「つまり、生きたまま制圧されているわけですか……」

「だからこそ『人攫いスイーパー』なんだ」


 ここでシオンが腕を組み、指で顎を2度叩く。


「何だ? 何か気になる事があるのか?」

「犯人は攫った後、何処に囲っているのでしょうか。グリュイック氏は思い当たるものはありませんか?」

「1ツ所に集めりゃすぐ分かるんだがトンと気配がねえ。一体何をしようってんだか」


「……少し非道い話をしますが、等はしましたか?」

「……ああ、試したぜ? 痕跡は途中まで残っていたが足取りは掴めなかったよ。クソが!」


 成る程とシオンが頷き、指をぴしりと立てた。


「攫った相手をアイテムポーチに放り込むなんてどうですか?

 これなら目印を置く事もできないでしょう」

「?!」


 グリュイックが目を見開いてシオンを見る。確かにアイテムポーチに生き物を入れることは可能だ。また脱出を試みられたとしても、昏睡状態になっているならその心配もない。


「だが人が入れるだけの大型ポーチなんぞ在るものか? 事実なら犯人は入手するツテがあって、資金力もあるってことになるぞ」

「地上側も犯人が同じなら、相応に大きな規模と言うことになりますね」


「厄介どころじゃねえな。連中、一体何が目的なんだ……?」

「判りませんが……絶対に碌な事を企んじゃあ居ないでしょうね」


 むぅと唸ったシオンに、グリュイックも続けてため息を吐いた。



◇◇◇



 巡回を終えて教会に戻ってくると、ステラは離れの部屋でに眠っていた。それはもう見事な『寝ている』としか形容できない寝息である。

 さらに横になってさえ主張する祝福は山のようにそりたち健在であった。


「――~!」


 同席したシチェーカがしきりに静かにするように主張する。なにせ5人の赤子がステラに引っ付いておねむであったのだ。ひしっとくっついてうにゃむにゃする様はなんとも可愛らしい。

 ちなみに俯向けに眠る子も居たが、よく見れば腕や足の位置をうまく使って気道が確保されるように位置調整されている。


 寝ながらにして、見事な体操作だ。


「……む」


 シオンがしかたなく立ち去ろうとした所、ステラがパチンと目を開けて此方にちらりと目を向けた。


「おお、ソッチはおわったか?」

「終わりましたが、ステラさんは終わらなそうですね」

「あー……ハッハッハ、動けんなコレ。もうじき起きるからちょっとだけ待っててくれる?」

「分かるんですか?」


 これにステラが苦笑いを浮かべた。


「なんて言うか……温いんだよね~っへへえぃ」

「ぬくい?」


 困り顔のステラが乾いた笑いを浮かべる中、シオンの鼻が特徴的なアンモニア臭を拾った。同時にふにゃっと一人の赤子がぐずりだし、ふわあんふわあと泣き出した。

 合わせて寝ていた子たちも大合唱である。


「……ねっ、言ったとおりだろ?」

「……手伝います」


 少し涙目のステラを助け起こしつつ、聞きつけたシチェーカ達と協力して滅茶苦茶おむつの世話をしたシオンであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る