04-07-09_BP-02:Digression>Watershed///運が悪い者
男が首魁に指示されたとき、天に運命を感謝したものだ。丁度懐には魔封と隷属を記した宝珠の首輪が収まっていたのだから。
指示は『殺し』だが『死んだも同じ』なら変わりないだろう。なにせ上玉2人、ただ殺すには惜しいではないか。
更に生娘でなくとも高値が付くことは間違いがない。
こちらは30人以上、腕も悪くない連中だ。向こうは最大でも白金級の剣士で、足手まといが居るとなればどうして敗北を想像できよう。
森もそれなりに深く入って、そろそろ仕掛けを始めるかと成った段で、男は異変に気づいた。
「何か来る、構えろ!」
声に全員が気を引き締め武器を抜く。嫌な予感が脳裏を過り、期待通りに無数の四ツ目が現れた。
「え、煙幕を張れ! 急げ!!」
獣の鼻と視界を塞ぐ効果の煙が噴き上がり、視界が白く染まっていく。だが相手は悪食、食欲にすべての能力を振り切る故に、煙幕ごときでは止まってくれない。
食欲が気配を悟らせ、餌の位置を教えてくれる。悲鳴はすぐに轟いた。
前後不覚のなかでわかるのは音。肉が裂ける、噛み砕かれる骨、無為なる懇願、飛び散る血潮。
魔法の唸りや剣戟も、咀嚼音に消えていく。
気付けば蜘蛛の子散らすように逃げ出していた。それは正しいと言えたし、間違いだとも言える。
音は逃げる時間がある事の査証である。己が生き残る時間を得たということ。
やがて物音1つない森の中で、男は息を荒げで足を止めた。あれだけいた仲間は1人もおらず、生きているかもわからない。
だが己が生きていることは事実で、故に化物が連中を始末したことを伝えねばならない。
悪食の通った後に、動くものは何も無いのだから。
懐の首輪が無駄になった事は残念だが……また使う機会はあるだろう。
――ぱきり。
やけに響く音に振り返れば、1匹のエダルベアがそこに居た。赤い瞳がこちらを向いて、カハァと生臭い息を吐き出している。
「なんっ?!」
そのまま振り返らずに駆け出すも、食欲の追跡者は執拗に男を追い立てる。やがて足は縺れて転がり、めしりという音とともに回転は止まる。
仰向けとなった男の腕に爪が食い込み、滴るぬめりが目の前に現れた。
終わったと男は理解し、嫌だと訴え、しかし悍ましき牙は男に迫る。
がちん。
顎が閉じて鳴る音のあと、男は布の破れる音を聞いた。びりりと服が破け、視界の先で四ツ目が首輪をうまそうに飲み込みひと吠えする。
ぎゅるりと目を回しよたよたと歩く化物は、男の前から姿を消してしまう。
ややあって生き残ったと理解した男は悲鳴をあげて、その場からほうほうの体で逃げ出した。
その幸運を、神に感謝しながら。
◆◆◆
「――で、失敗の結末がそれか」
ボロ切れのような男が巨躯の男の足元に転がる。体中にある痣はぶつけたものでは無い。殴られた事によるものだ。
男の目が何故、と訴える。
「知りたいか? お前の標的は怪我1つ無い、五体満足でピンピンしてやがる……。お前は俺の顔に泥を塗りやがったのだ」
ひ、と喉から声が出てぼやける巨躯が目に入る。
「ケジメをつけてもらおうか……」
こうして1人の男が消えて、歯噛みして顔をしかめる巨躯が残った。それでも街は何事もなかったように回っていく。
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