04-08-02:『アガート雑貨店』

 ある晴れた日のことである。


「シオン君、猫の様子を見に行かないか?」


 この提案にシオンはかくんと首を傾げた。


「何時も見てるでしょう、何を言ってるんですか」


「違う違う、『アガート雑貨店』で預かっている仔だよ。何か知っていると言っていた……そろそろ様子を見に行こうと思うんだがな」

「別に構いませんが、まさか猫の道を行ったりは」

「いや普通に道を行くよ? シオン君は小生を何だと思ってるんだ」


「限りなく猫に近いひと

「フフフ、褒めるなよぅ照れるゥ……」


 気恥ずかしそうに身をくねらせるステラに、シオンはため息を付いた。



◇◇◇



「――という建前だった筈ですが、何故レントゥース商会に来ているんですか?」


 2人が見上げるのは向こう三軒を連結して作った大きな商会の建屋である。看板には目立つ文字でシオンが読み上げた大商会の名が彫られていた。


「勿論用事があるからに決まっているじゃないか」

「こう言う大店は個人向けに商売することは無い筈ですけど……」


 ウェルスの食糧事情の殆どを賄うレントゥース商会は、要するに問屋である。故に客は商会や商店であり、個人に対して商売する店ではない。


「そりゃ小生商会に用事があるわけじゃないぞ?」

「良かった。では――」


「テナークスじいちゃんに用事があるんだよ」

「あー知り合いでしたねぇそう言えば……でも尚更分かりませんね、何故大商会の顧問に会う必要があるんですか?」


「『アガート雑貨店』に行くからだよ」

「あの、関係性が見えない……」

「フフフ、なのだ」


 不敵に笑って内緒を宣言するステラに不安が募るが……恐らく猫関係ではないかとシオンは想像する。実際にフドウのおねがいの手助けなので間違いではない。


「とりあえず取り次いでもらおっか」

「聞いてくれるんですかねぇ……」

「商会に用事じゃなくて、じいちゃん個人への面会だからね。イケルイケル」


 にこやかな笑顔にシオンが項垂れ、更に冷や汗を流すのは商会に足を踏み入れた5分後のことである。



◇◇◇



 シオンの目の前でステキな老紳士がステキな相棒とご機嫌に歩きながら道を歩いていた。


「ステラさん有難う。私は素晴らしい商機を逃すところであった」

「でしょうでしょう、人の仕事振りを見るのは重要ですからね」

「左様左様、視察は重要な仕事だ」


「ハッハッハッハ!」

「フォッフォッフォッ!」


 ステッキをカツカツとご機嫌に付く老紳士はレントゥース商会顧問・テナークス・レントゥースである。『知人』という事実は知っていても、こんなに『なかよし』等とは全くもって思っていなかった。


 というかこの2人以外の誰しもがそうだとは思いもしない。


(受付の娘、可哀想に)


 彼女は対面したステラに毅然と対応した。

 何せ相手は最上位の上司である、アポイントもなく取り次ぐなどあってはならない。ましてや正体不明のハイエルフが『じいちゃんに御用です』などと言われて『お断り』しないほうがおかしいのだ。


 騒ぎを聞きつけたテナークスがステラを見つけ話を聞くと、爽やかな笑顔で『アガート雑貨店への合法的訪問おしごとのていあん』に同意すると受付嬢は顔を真っ青にさせた。テナークスに親しいということは、つまり『とても大切な顧客』ということだ。


 それに無礼を働いたとなれば彼女の心中に吹き荒れる嵐たるや。


 だが関係なしと快活な笑い声とともに去りゆく様に受付嬢のことは全く脳裏になく、従業員の全員が目をまんまるに見開いて見送っていた。


 シオンは『大丈夫、貴女は悪くないのだ』と目線で訴えたが……果たして伝わったろうか。涙目の彼女が変な気を起こさないことを祈らんばかりである。


「とりあえずじいちゃんはさ、押しが弱いとおもうんだよ」

「わ、私の押しが弱いと?」

「『タマの小さいヤツだねぇ!』って言われたこと無い?」

「グッ……」


 やけにソックリな声真似に、老紳士が眉尻をしょぼんとさげてうつむいた。一字一句間違いなく言われたことが在るらしい。


「だから花の1つでも持って、ちょっと強気で行こうって話だよ」

「それは……そう、だが」


 因みにこの世界で『花束』を作ろうとすると、野外で採取するか専用の庭園を保つ必要がある。貴重故にプロポーズに使うには定番の贈り物だ。

 テナークスも考えないことはなかったのだろうが、しかし急なことでは準備することもできな――。


「こんな事もあろうかとォ!」


 ステラがすっと鉢植えを取り出した。苔にのった小さな花は……スリアンの小さな花の鉢植えだ。魔法で整形した素焼き(のような鉢)に入った、飾るに良さそうな可愛らしい手乗りの贈り物だ。


「スリアンではないか……これは一体」

「へへっ、こないだ採集依頼があってね。ひと株余計に取っておいたんだ~貰っておくれよ」

「いや、しかし……少し刺激が強いのではないだろうか」


 スリアンは眠りの作用がある薬草であるが、加工することで誘惑の効果がある。心をひきつける願いを籠めて、『甘い誘惑』の花言葉がついていた。意味的に強いし、使われる効果から『はしたない』ことを懸念しているのだ。


「まぁまぁ、ただの手土産。贈りたいという意味が大切なのだ」

「……ううむ」


 受け取ったテナークスは朝露に濡れた小さな白花に目を落とす。朝露を葉先に宿す白は凛とした佇まいで、気高い彼女に似ていなくも無い。

 事実日陰に凛と咲くスリアンは、高貴な象徴としても使われているのだ。


「……すまんな、礼は必ず」

「例は結果報告で頼む。上手くいくといいなぁ~♪」

「そ、そうだな……うむ、そうだな」


 にへーと笑うステラがぐっと親指を立てて応援した。見ている分には孫と爺の一幕と見えなくもないが……この2人、他人なのである。


 シオンは頬をかきつつやり取りする2人について行った。



◇◇◇



 本日の『アガート雑貨店』の店前は、普段にまして猫達が屯していた。フドウの鶴の一声……もとい猫の一声で集まった頼もしい護衛達である。


「にゃーん!」

「「「「「ニャアン!」」」」」


 ステラが声をかければ揃って声を上げる規律の良さと言ったら、なんと頼もしいことだろう! 群がる猫達をいい子いい子する様に、一歩引いた所で見ていたテナークスは唖然と見ていた。


 良いか悪いかで言えば確実に悪い。


 テナークスが派遣している店員がいながら、この猫祭りとはいかなることか。これでは店が店として機能していないではないか。あきらかに問題であるのだが……。


「にゃー」

「「「「「ミャゥ」」」」」


 ステラがひと鳴きすれば、猫達が道をあけて雑貨店への道が開いた。規律ないはずの猫達が道をあけたのだ。一体如何なる事であろうか、驚くべき光景であるがシオンにとっては日常である。


「ほら、道をあけてくれたよ。行こう行こう!」


 にぱーっと笑って彼女はぴゅうと風のようにステップを踏んで店に入ってしまった。


「なぁ、君。普段からこの感じなのかね?」

「そうですね、概ねこのように」


「君も苦労しているようだな……」

「慣れです。さあ、行きましょうテナークスさん」


 中々突拍子もない人物、そう評価しつつシオンに促されて2人もステラに続いて店へと足をすすめた。






 店に入ったテナークスは己の培った人を見る目が甘かったことを痛感し、続くシオンはまぁ予想しないわけではなかったが『そうきたかー』と眉間を揉んだ。


 店主のインテグラはジト目で有様を見て、カウンターの上のモフ猫フドウはすやすやと眠っている。フドウ的にはOKのサインだ。


 当のステラは焦って跪き、面を上げてと嘆願するのだが……。


「どうかにゃでてください」


 彼女の目の前にはドゲザする猫獣人の少女が居るのだ。


 その毛柄と色艶……シオンは見覚えがあった。確か以前突っかかってきた……『グラン・クレスター』のシーフ、チャルタと言ったか。彼女は現在迷宮ラビリンスに潜ることを禁じられているため、こうして街の仕事に勤しんでいるのである。


「ど、どうしてまた?」

「忘れられにゃいんです……貴女のナデテクが!」

「むぅ?!」


 やりすぎた因果が応報しにきたとシオンは見た。シオンに気づいたステラが振り返り、引きつった笑みを浮かべる。


「自業自得ですね?」

「うっ」


 ステラはそれはもう深くハフゥとため息を付いた。


「ハァ……後でやってあげるから頭上げて? お店の邪魔になるから」

「! わかりました!!!」


 獣人由来の身のこなしで立ち上がり、キラキラした目でステラを見上げた。仕方ないなぁと苦笑する彼女が軽く頭を撫でると、


「ひゃう♪」


 と気持ちよさそうに身を委ねるのだった。



「……なぁ、君。普段からこの感じなのかね?」

「そうですね、猫が関わると大体。そう、大体こうです」


「君、本当に苦労しているのだな……?」

「慣れです。本当に慣れ、お気になさらず。

 さあ、用事を済ませましょうテナークスさん」


 その煤けた背に、百戦錬磨のテナークスですら声をかけずには居られなかったという。



 軽く撫でられてご機嫌になったチャルタは、ステラに『仕事はちゃんとしないと撫でない』と通告され当社比2倍の速度仕事をし始めた。これにはインテグラ目を見開いたが、仕事をしてくれるならまぁいいかという判断で見守ることにした。

 


「というかステラ、あんた一体なにしにきたんだい……?」

「小生はフドウさんに会いにきたんだけどなー」

「フドーに? 悪いがウチの仔は寝てるようだがね」


 だがフドウはカウンターぴくりと耳を立てて、納曽利と立ち上がりぐいぐいーと背伸びする。そして、


「な゛ぉぉ」


 と1つ鳴いた。これにステラが「にゃん?!」とつぶやき押し黙る。その後むむむと眉間を揉んでハァ、とため息を付いて肩を落とす。シオンには推し量れないが何某かの情報やり取りが発生したのだ。


 勿論猫語なので意味は推し量れない。


「で、テナークス。アンタは忙しいだろうにどうしたってんだい」

「視察、だな。ウチの者が良くやっているかと」


「花を持って視察とは、中々面白いじゃあないか?」

「こ、これは……」


 テナークスが小さく息を呑みじいっとインテグラを見た。


「君に送ろうと、思ってね」

「ほぅ……?」


 目を見開くのはインテグラだ。普段ならそのまま口ごもる所、すぐに答えが返るとは思わなかったのだ。


 何故そうなったか、答えはやはり間の抜けたハイエルフの――。


「な゛ぉぅ」


 インテグラは『とん』という足音を耳にした。床に目をやれば、のそりのそりとフドウが歩いている。向かう先は鉢植えを手にしたテナークスだ。


 足元にすとんと腰を降ろしたフドウは靴墨で磨きあげられた靴にトンと前足を置いた。


「な゛ぉー」

「……?」


 首をかしげるテナークスを置いて、フドウは踵もとい肉球を返して店の奥へと立ち去ってしまった。


 まるいにくきゅうマークを床にスタンプしながら。


「テナークス、あんたフドーに好かれたみたいだねぇ」

「そう、なのかね……?」


 ぺとぺとと残る可愛らしいマークに、インテグラが微笑みを浮かべるのがその証拠とも言えた。


「さて、こうも騒がしくちゃあ商売どころじゃない。少しお茶にしようじゃないか」


 そういってインテグラはかたりと椅子から立ち上がる。


「そこの2人はどうするね? 茶菓子もあるが」

「うっ。すまん、やる事が出来てしまった……」


 お茶菓子に耳をピコンと立てるも、とたんしょんぼり耳を垂らす彼女は、しょぼくれた顔でぺこりと頭を下げる。


「ありゃ。残念だねぇ」

「ごめんよインテグラばあちゃん。また誘ってくれると嬉しいな。

 テナークスじいちゃん、ばあちゃんを宜しくね」

「もとよりそのつもりだ」


 手を振るステラについて、シオンも目礼して辞する。こういう時の彼女は、何か秘密を得たときである。




 だから道すがら問いかけてみたのだ。


「あれは何かあったんですか?」

「……いやー、予想外。件の仔、居なくなっちゃったんだって」

「居なくなったって……穏やかじゃありませんね」


 ステラが腕を組み、指を顎に手をやりウンウン唸る。


「夜中フラフラっと歩き去る事が何度かあってな。いつの間にかいなくなったとか」

「ダメじゃないですか。確か任せろーとか行っていたような」


「いやまあ猫だし? それに、なんか青い影を見たとかなんとか」

「青い影ですか?」


 これにステラが指を立て、おどろおどろしい低い声で答える。


「……透き通ってたらしいぞ?」

「穏やかじゃありませんね?」


 何か、尋常でないものが蠢いている。その事実に二人はため息をついた。




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