04-07-09_BP-01:Etcetera>Everyday///幸せ尻尾のお昼御飯

 エダルベア討伐の準備をするべき所、しかしシオンはステラに手を引かれて道を急いでいた。彼女に手をひかれるとは……中々に新鮮な感覚だとシオンは思う。


 過ぎ去る街並みは見慣れたもので、歩く道筋は何時もの石畳、辿り着く先が贔屓の宿屋ときて首を傾げた。


「一体何なんです?」

「フフフ、内緒だ」


 魔銀級のディセオ氏からの食事の誘いを蹴ってということは……十中八九食べ物のことだろう。今朝方台所を預かる旦那さんと話していた事を覚えている。


 ただ普段から彼女を見ている物ならすぐに『食べ物関係だな』と分かるだろう。現在ステラの長耳は嬉しそうにピョンピョン跳ねているのだから。


 食堂は昼に少し早いが幾つか埋まっている。何時も使っているテーブルに陣取ると、商売上手の看板娘・トゥイシがやって……

 見慣れぬエプロンの女性に話を聞けば、新しく雇われたスタッフなのだと言う。ここ最近は目が回るほど忙しそうにしていたし、漸く人足確保が出来たのかと安堵した。


「ラソンさんに試作スペシャルと伝えてくれるかな?」


 スペシャル。特別という意味にやはり食事関係かと納得する。だが何が特別なのだろうと質問すれば、


「ふへへ、ひみつだよ〜」


 と、ほほをゆるんゆるにさせる。なる程、とシオンは身構えた。生半可な心持ちではすぐにだろう。




「はい、今日のスペシャルお待ちですよ~」


 目の前に置かれた皿は3つのフライが乗っている。狐色からは香ばしい油の香り、隠れて少しハーブが香るのは植物油を使ったからだろうか。


「こいつがコロッケ……クリエトという料理だな」

「これが……!」


 なるほど聞いたとおり、芋を丸めて揚げた料理のようだ。


 また添え物に見たことのない芋のサラダと……小さなカップにタルタのタレだ! タルタのタレがついている! 遂に実用に至ったか、これだけで来たかいがあるというものだ。


「フフフ、熱いうちに食べるのだ!」


 いうが早いか、ステラは懐からハシなる棒を取り出す。掴み、刺し、掬い、切りと万能性のある食器だ。操る様は見事で、シオンも使用するのが難しい物である。


 ステラが掴み上げたを一口食べる。



――さくり。



 かろやかな快音に、シオンの胃がくるると鳴った。


 シオンもフォークでクリエトを1つ、さくさくと切り分ける。途端ほかりと立ち上る湯気が鼻孔を突いて、かぎ慣れたのに食欲をそそる甘い香りが漂ってくる。断面はテルテリャ芋の鮮やかな橙色だ。


 揚げ芋との違いがいまいちわからなかったが、蒸して潰して丸めるとはこういうことか。彼は油断なくフォークで突き刺し、ざくりと頬張る。


「!」


 噛みしめるに驚くは、その食感である。


 揚げ物故にサクリとした食感。わかる。

 フォークを突き刺した柔らかさ。想定内だ。


 だがと噛み潰す快感は何か。


 予想外の感触に何度も何度も噛み締めて、やっと気づくことができた。火を通すと甘みを増す根菜、ネルシが使われているのだ。


 さくり、ふにり、ぷりりくしゅ。飽きない食感、噛むほど増す甘みにちょうどいい塩気と油。1口2口といくらでも食べられそうだ。


 素の状態のクリエトを食べ終えると、ステラが時を見たように問いかける。


「タルタのタレは使わんのか?」

「!!」


 こいつ何言い出してんの? そんなん絶対美味しいじゃん。だがタルタのタレは限られた資源。故に計画性を持って使用――。


――ステラはタルタのタレにクリエトをだぷりと放り込む。


 計画性なくして味わうことは――。


――狐色からは照り輝く白いドレスを纏い、


 け、計画――。


――桜色の唇に吸い込まれていったのである。


「むふぅ~ふまぃ♪」

「……」


 シオンは無言でドサクーっとフォークを突き立て、どぅぷんとタルタの海へ沈めて、口に放り込んだ。計画? 知らない子である。


「ッ……!!!」


 ああ、なんということか。


 手を取り助け合いたる衣、芋、根菜、油。

 すべて包むは、タルタの神。

 甘きこと幸いなれ、蕩けること幸いなれ。

 丸く丸く卵のように。

 円に円に黄身が如く。


 かくあるべしは調和の安らぎ。



「――美味しい」



 万感の言葉にフォークがするりと動く。

 幸福の時間、円満なる一時をサクリと過ごした。


 だがほんの一時のことである。


「あ」


 無計画に資源を使っては、枯渇するのはごく当たり前のことだ。宙を舞う黄金色はもはや白き聖衣を纏うことはなく、神話の時代が終わりを――。


「これあげる」

「?!」


 差し出されたカップ。白の祝福。

 顔を上げるとステラがにへーと笑っていた。これはいけない、彼女の分がなくなって――しかし彼女の手にはフィールの果実の切り身が握られていた。


「揚げ物ってタルタのタレだけがすべてじゃないだろ?」


 ぷしりと絞られた雫が、クリエトに雨の如く降りかかる。


 見ていた誰しもが『なんてことを!』と悲鳴をあげた。それでは揚げ物が揚げ物たる、サクサクがではないか。

 しかし彼女ときたら、それをハシで掴み上げ美味そうに『むふーん』と唸るのである。


「フィールの酸味があると、さっぱりさわやか食べやすいのだよな。

 嫌いな人は嫌いだけど……つまりはな」


 ぴしっとハシを突きつけられる。


「自分が一番おいしいと思う方法で、

 自分の料理を最高に美味しく食べたらいいんだよ!」


 有言実行、彼女はとても幸せそうに揚げ物を頬張った。ならばとシオンもタルタのタレに身を委ね、一時の放蕩に浸ることに決めたのであった。





 なお、この日生まれた『クリエト』は、テルテリャ・ウースと双璧をなすご家庭料理になっていくことになる。


 同時に『クリエトにフィール掛ける派、掛けない派』の仁義なき大戦争に発展しかけたのだが、『幸せ尻尾のお昼御飯』の故事を示され和解するなどあるとかないとか……。

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