04-06-04:Stellar>>雑貨店主の証言

 治療院唯一の病室ベッドでは、インテグラが横になって本を読んでいた。


「インテグラさん! お見舞いに来たよ、腰の調子はどうだい?」

「アンタかい。ご覧の通り、ちょっとだけ痛むがもう大丈夫さ」


「だからって無理したらいけないぞ。『治ったと 思う時こそ 要注意』ってなもんだ。

 な、ヴァイセ医師?」

「お、おう。そのとおりだ……」


 にふにふ笑えば、老婦人も嬉しそうに笑った。


「あ、これお見舞。よかったら食べて!」

「おや、気が利くねぇ……中々良いアルマの実じゃないか」


 手渡したアルマをそっと撫でるインテグラは、ヴァイセを見てニヤッと笑う。


「俺、ヒマじゃないんだが?」

「ちょうどいいじゃあないか、ちょっと休憩おしよ」

「ったく……」


 彼は舌打ちしてナイフを取り出し皮を剥き始めた。くるくるさりさりと通す様はなかなかに……いや、すごく上手だ! 少なくともステラよりはずっと手慣れていることを認めねばならない。彼女は密かに焦った。

 残りはサイドテーブルの上にトコトコと載せておく。


「しかし珍しいねぇ。いくら探索者ハンターとはいえが殊勝じゃないか?」

「実は今日は聞き込みの日でなー。情報料に買ってきたのだ」

「は? アルマでかい?」

「え? めっちゃおいしいよ?」


 キョトンと首をかしげる様に、毒気を抜かれたインテグラもぷっと笑い出す。海千山千を超えた彼女をして、ただのアルマで懐柔を図るなど初めてのことだった。


「ほら、剥けたぞ婆さん」


 皿の上に乗った果実の断面はみずみずしい蜜で潤い、なんとも美味そうだ。インテグラが手に取りシャクりと齧れば、アルマの甘い香りがステラの鼻を満たす。


 くんくんと鼻を動かしていると、苦笑したインテグラが皿を指差した。


「見てないでアンタも食べな」

「いいの?! じゃあ1個もらうよ!」


 ステラが手に取りシャクリとかじれば、なんとも幸せそうに頬を緩ませもっしゅもしゅと果実のジュースを味わっている。


「むふ〜♪」


 寒空が糖度を凝縮してなんとも甘くて美味しい。お菓子のようなストレートな甘さも好きだが、こうした素敵な果物も当然大好きだ。


「ヴァイセ医師も食べない? おいしいよ?」

「お、俺は……」


 びくっと身を震わす様にインテグラがため息を付いた。


「アンタが何に怯えてるのか知らないけどね。このは馬鹿みたいに裏表がない。そりゃわかってんじゃないのかい?」

「だがな……」


「それな。近々対策練るので安心しておくれよ!」


 齧りつつ親指を立てると、インテグラが深くため息をついた。


「ヴァイセ……アンタは相手に気ばかり使わせるから、いい相手に恵まれないんだよ」

「それと之とは話が別だろう?!」

「いいや、今だから言うけどねぇ……!」




 アルマを肴に和やかに雑談する。更に乗った最後の一欠片を食べ終わった頃、インテグラがステラに顔を向けた。


「さて、何か聞きたい事が有るんだろう?

 情報料は食べちまったし聞こうじゃないか」


「なら聞くけど、ティンダーさん家のメディエちゃんって知ってる?」

「そりゃ知ってるけどね……どうしたんだい?」

「聞きたいのはおにーさんのハーブ君との事なんだけどさ」


 一瞬場が凍るのは、やはり隠された故だろうか。或いは貴族家への干渉に対する警告なのかもしれない。


「それを聞いてどうするんだい?」

「実は彼女、『シェルタ』という名義で探索者ハンターやってんだよね。もちろん小生の仲間だよ」


「そりゃ本当かね……」

「ほんとほんと。昨日もゴブリンと1対1で戦って、見事初陣を飾ったよ」


 油断はしたけど勝ちは勝ちだ。彼女の状態さえ目を瞑れば、ステラが手を出すまでもなくゴブリンは倒せていたのは事実である。


「とはいえ、彼女の現状は酷く歪んでいる。なら彼女のは何か、導かないといけない」


「そりゃ踏み込みすぎだ。そう思わないのかい?」

「だからこそだよ。一期一会を助けるのが探索者ハンターってもんだ」


「あの子が望んでいないとしても、かね?」

「ただ『目をそらす事』を『望み』と言うならそうするけどね」


 年月を感じさせる眼光がステラを射抜くが、彼女の芯は決して揺れない。


「今彼女は『最強剣士』という方針を切った。

 だがそれが本心なのか? その結末で満足いくのか?

 1つ言えるのは……偽りに真を載せても、訪れるのは空虚だけってことだよ」

「……なるほどね」


 じっと目を見るインテグラが息をついて頷く。その視線は幾分和らいで、彼女本来の柔らかで力強いものに戻っていた。


「……良いだろう、でもあまり良い話じゃあ無いよ?」

「むしろ良い話だったらびっくりだよ」


「たしかにそうだね。アンタは今どこまで知っている?」

「ハーブ君が死んでいる事、その場にメディエちゃんが居合わせた事。

 彼を騙る原因は事。こんなところだね」

「「?!」」


「えっどうしたの?」


 驚く視線がステラを見やる。例えて言えば『ミステリ最大の謎が犯人自ら解き明かした』ような、愕然としたものを感じる。


「それ、他言したかい?」

「シオン君は……あ、小生の相棒バディね! 相棒バディ! 彼は知ってるな」

「あんまりひけらかすんじゃないよ?」

「わかったけど……調べたらすぐ分かることじゃないの?」


 普通はから忠言しているのだが、ステラときたら頓珍漢に首を傾げているのだ。インテグラは見ていてハラハラする娘だと痛感し、相方少年の苦労に思いを馳せた。


「まぁいい、それなら話しちまったほうが良いね。

 アンタはティンダー家が嘗て、どういう経緯で街の領主に就いたか知ってるかい?」


「街を作ったのは魔法使いマギノディールの家で、かなり前に代わったとかなんとか」


「よく知ってたね、一体何処で……」

「探索者ギルドの年報をシオン君がサッと読んで推理したんだ。

 取引の推移で判断したみたいだよ」


「なるほどねぇ……よく気づいたもんだ」

「シオン君は優秀だからね!」


 ぐっと親指を立てた。教養という意味では王の庶子である故に、一般水準以上の知識を彼は持っている。


「そうさ、ウェルスの支配者は一度入れ替わっている。良くある政争ってやつだが、元々はフェルゼン家が担ってたんだ」

「フェルゼンか……知らない名前が出てきたな」

「ちゃんと覚えときな、必要な家名になるだろうからね」


 もとよりそのつもり、とステラは力強く頷いた。


「不仲だった2家なんだが、いい加減手仕舞いにしようって事になった。なんせ300年は前の話だよ。恨み辛みも形骸化しちまったのさ。

 とはいえまたすげ変わるわけにも行かない。いま街を回してるのはティンダー家だし、王都にも繋がりがあるからね。

 だから、フェルゼン家から嫁を取ったんだ」


「……それが2人のお母さんか」


 インテグラがコクリと頷く。


「目論見は表面上は上手く行ってたんだ。子宝にも恵まれているし、兄弟仲も悪くなかった」

「サビオ君はメディエちゃんの身を案じていたし、問題なさそうに思えるが……」


「そう、思うかい?」


 急に変わった雰囲気にステラがゴクリとつばを飲む。


「結局フェルゼン家を恐れた連中がいたのさ。結果メディエを攫って……いち早く気付いたハーブが1人で追っかけたんだ」

「え、1人で……?」


 肩をすくめるのが答えだ。


「ハーブは天稟の才があっただからね。正しく『最強の剣士』になり得るを持っていたのさ。

 一刻も早く助けたくて駆けつけて、獅子奮迅の活躍さ……馬鹿な子だよ全く」

「そんなに大立ち回りしたんだ?」


 少し話を聞くと、彼は重いレイピアイェニスターを使用した鎧通しが得意技だったという。ヴォーパルに認められぬ事すら利用するあたり、とんでもない人物だったようだ。


「でも幾ら強かろうが戦は囲まれちゃ勝てない。毒を塗った武器を使っていたからね。徐々に追い込まれたのさ」


「ならメディエちゃんは何故助かったんだ?」

「兄を助けようとして魔力暴走オーバードースしたみたいだね」

「マジか……よく無事だったな」


 とはいえメディエの側にはイェニスターが居た。いつメディエと繋がったかは不明だが、魔力暴走オーバードースした時には認めていたのだろう。


「しかし人攫いとは……一緒にいるうちは注意するよ」

「そうしな。この事件もにかこつけたモンだからね」

「……なんだって?」


 身を乗り出す彼女にヴァイセも声を合わせる。


「俺もその話は聞いてます。女子供や老人が突如姿を消すとか……」

「ヴァイセ……なんでアタシを見ながらいうんだい?」


「心配だからにきまってんでしょうよ」

「馬鹿言っちゃいけないよ。アタシを誰だと思ってんだい?」

「腰やっといて何言ってんだ……?!」



 わいわいぎゃーぎゃーと騒ぐ2人を見るに、これ以上話は進められそうにない。


(しかし人攫いが2つもあるとはなぁ……)


 腕組みして思案する彼女はこの後の事を考える。インテグラの言によれば人攫いは2つ、うち1つはお家騒動に起因するものだ。


(犯人は別……なんだろうか? 何にせよ猫達に聞いてみようかな)


 ステラが同席したフドウに目配せする。

 『にゃー』と鳴くと、『な゛ぉー』と色よい返事をくれた。


「盛り上がってる所でスマンが、そろそろお暇するよ。

 いい話をありがとうインテグラさん、必ず役に立てる」

「ああ、アタシも楽しかったよ。また来なよ」


「ヴァイセ医師もすまんな」

「い、いや、問題ない……」


 明らかに問題ある態度に苦笑しつつ、ステラはフドウを伴い治療院を後にした。


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