04-06-05:Stella>>猫の証言

 ウェルス七不思議に『猫の集会』というものが在る。


 夜な夜な猫が集まりやんややんやのお祭り騒ぎというものだが……。


 別に夜な夜な集まらないし、お昼寝する仔の方が多い。喧嘩することはあるけれど、基本的にまったり志向なのだ。


 ただし異物ステラちょいとを投じれば、まさに『猫の集会』の場面になる。


 街の一角にある最大規模の猫溜まりで、猫達の大歓迎を受けるステラがその証明だ。まるで同人即売会フリーマーケットが如き有様は、堂々たる壁サーにんきものの風格であった。


 しかもおさわりオッケーどころか、向こうから触れてくるから人気もうなぎ登りであろう。


 すり寄る大量の猫達に、しかしステラは十全に対応していく。むしろ撫でる毎に洗練される業は最早職人の域にあるのだ。


 ひと撫でにて体調を把握。

 ふた撫でにて好きな場所を理解。

 みつ撫でにて猫心を掴んで殺しきる。


 野良も飼いも箱入りも、すべて貴賤なく撫で回し、毛並みを整え美しい美猫製造マッシーンと化した。


 にゃんこキラーと化したステラが猫の集会を蹂躙する――ッッ!


 控えめに言って猫満足、強いて言えばご飯がないってことくらいであった。

 にゃんにゃーされた猫達は、各々お気に入りの場所で丸まったり横たわったりとくつろいでいる。


 すべての猫を撫でまわし、満足げなステラはフゥと幸せなため息をついた。余剰ハピネスが口から漏れ出て周囲に幸福を振りまいている。

 周囲にプラス概念を齎すステラジウムは、気体となって場を祝福した。


 この場合猫たちがいい夢を見る効果がある。つまり……いつも通りだ!



 時刻はお昼にちょっと早い時間で、1つ昼寝するにはすごくいい陽射しだ。毛並みの綺羅やかなフドウなど、二つ名にの通りすやすやと丸まって眠っている。

 おうさま特権でステラの膝を占拠するのは何とも暴虐的であるが、おうさまなのでしかたない。


 ステラもぽやんと寝てしまってもいいのだが……何を忘れているのだったか。


 お昼。眠る。ごはん。……約束!


「あああ〜〜!!」 


 びくーんと猫たちが毛羽立たせてステラに注目する。眠のフドウが耳をぴこりと動かしてステラを見上げてひと鳴きする。


『ステラどうした?』

『おはなしをきくつもりだったのに、わすれてた……』


 しょぼーんと肩を落とすステラにフドウが目を見開き、しっぽで地面をたしたしーんと打った。すると猫たちがびくっと震えて整列する。


 スゴイ! 流石はおとこの中のおとこたる猫の王にゃんぺらーの風格といったところか。自由奔放さを圧して規律を生み出す、圧倒的カリスマであった。


 やっぱりフドウさんは一味違うぜ! ステラは内心で拳を振り上げた。


『きけ、ステラがききたいことがある』

『『『!!!』』』


 ぴこーんと各々が耳をもたげてステラに目を向けた。無数の目の瞳孔は開いて、各々が口勝手に情報をストリーミングで流し始める。


『あのねあのね、おひさまぽかぽか!』

    『さかながたべられるところがある』

 『しもべがごはんうっちゃるとこあんの!!』

『もふもふのしもべがいるよ!!』

   『ねずみはわるいやつ!』

  『くまもわるいよ』

    『しもべがいないよー』

       『くさい”す”があるよ。くさいよ!』

     『ごーすとがささやくよ!!』

  『すごいぬけみちしってる!!』

    『ごしゅじんがおでかけするの』

 『たこす!!』


「おっ、おう」


 長耳が忙しなく動いて、多重に重なる猫達の訴えを聞き取る。1つ役に立ってを手に入れんとする猫達の熱気はむせ返るようだ。


 ステラも軽く50はある主張をなんとか聞き取って、暴れる情報の海に目を瞬かせた。


 フドウがたっしーんと尻尾を叩く。するとぴたーっと猫達がとまり、ステラを見てふんすと鼻息を吹く。


 猫達は失策を悟り、お膝元権がちょうちょの如く飛んでいく様を幻視した。なお頼めば乗っけてくれる程度の権利である。


『えっとね、ききたいのは、”しもべ”か”ごしゅじん”のことなんだけど』


 猫で言うところの飼い主、あるいはよく構ってくれる人の事だ。意地悪だったり攻撃するものは”おっきいテキ”である。


 ステラが声を上げると、しょぼーんと耳を垂れる仔が数匹前に出た。


『どうしたの?』

『ごしゅじんいないのね。おんなのこ、”おともだち”なのね』

『そりゃシンパイだね』


 猫が言う”おともだち”は気の置けない仲を指し示し、家族扱いで最上位の親愛を示す。


『おれは”しもべ”がへった』

『つれていかれたの?』

『ネズミのテキがいる』


 ネズミの敵……恐らく誘拐犯であろう。それに『フシッ!』と意義を申し立てるのは別の猫だ。


『テキはクマだよ! おれみたもの』

『ふむ? クマなのか?』


『ねずみ!』

『クマ!』


「あらら……」


 やんややんやと猫パンチの応酬が始まったので、ステラが手を差し入れてやんわり留める。ぽこここここ! と叩かれて「むふっ」とちょっと気持ち悪い笑顔が漏れ出た。


『どっちも”わるもの”をみたんだなー。ありがとうなー』


 お礼に顎をこしょこしょすれば、


『『ふにゃーん』』


 とすぐさま仲直りである。善きかな善きかな。


『あとだれか、”おとこのこ”と”おんなのこ”をみなかった? こんなこなんだけど――』


 周囲を見回し、念のため【鷲の目】いーぐる・あいで確認してから指をピッと立てる。


【流水】うぉーた想起リコール偶像にんぎょう心象イメージ――願掛ファンクション・『メディエ・ティンダー子爵令嬢』)


「――【揺らめく人形】りぐ・どーる


 ひゅるりと振った指の先で、生み出した水が形を作り、一体の胸像を作り上げた。透明な水晶のような像は、まさに髪を下ろしたシェルタの姿であり……、


「まて、令嬢なら髪結うよな」


 水がくるりと回って高めのポニーテールになる。リボンはふわやかに結ばれた。


「無表情も味気ない」


 口元がすこしあがって、可愛らしく微笑んだ。


「てか裸は不味いすぎる」


 簡単なフリル付きワンピースを着せる。


「透明なのが気に入らない」


 ギンっと睨めば髪、肌、ドレスと色がつく。


「ていうか胸像である意味無くな……い?」


 猫達がステラを、正しくは胸像を見ていることに気がついた。ギラつく目は狩人のものであり、新たなおもちゃを与えられた子供やんちゃ達の目である。


 まずい、このままではにゃんこパンチで。ステラは慌てて声を張り上げた。


『ま、まって! あそぶまえにしってる?』


 間一髪、飛びかかる前に猫達は目を瞬かせた。


『しらなーい』

『かわいいこ!』

『あそんでいい?』


 やはり知らないか。そう思ったところ、耳を垂らして尻尾を足に挟んでいる仔を目にかけた。

 首を傾げてその仔に近寄ると、微笑みつつ向き合う。


『うー……』

『だいじょうぶ?』

『だいじょ ばない』


 ふるふるりと震える仔猫は可哀想なほど怯えきっている。至極ゆっくりと手を伸ばし、顎から軽く触れるように撫でる。

 慣れてきたところで抱き上げて、子供をあやすように胸元へ包み込んだ。


 一体何を見たのだろうか、怯える猫はそのまま眠ってしまった。


『フドウさん、この"おともだち"をしてもいい?』

『まかせろ。"ごしゅじん"のすみかでまもる』


『でもインテグラさんは、ゆるしてくれるかな?』

『"ごしゅじん"は"ごしゅじん"だからな』


 ふんす、と鼻を鳴らすフドウは『舐めるな』と言いたげに尻尾を揺らす。しくじったか、王自らが認める"ごしゅじん"なのだ。そんなものは猫好きに決まっていた。


『じゃあいったんにいこうか』

『わかった、いこう』


 ステラの声に猫達が残念がって鳴くが、ステラがぱちんと指を弾く。すると【揺らめく人形】りぐ・どーるがぶるりと振るえて複数のボールになった。


 それがおもむろにぽいんと跳ね、猫達の注目が一斉に集まった。


 ぽいんぽいん。はね飛ぶ毎に尻尾が揺れる。


 始まりは一匹の猫で……あとはなし崩しだ。ニャーミャーミィーゴロお祭り騒ぎだ。


『じゃあ行こうかフドウさ……フドウさん?』


 見ればボールに魅了されたフドウが見事なアクロバティックジャンプを見せていた。3回転捻り宙返りである。


 スゴイ! 流石はおとこの中のおとこたる猫の王にゃんぺらーの風格といったところか。


 つまり彼もまた猫でしかなかった。


 結局猫達が飽きるまでたっぷりと遊んでから、出発することとなったのである。


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