04-06-03:Stellar>>治療院へ
休日の朝とて始まりは、見事なタイミングで茹で上げたほこほこのお芋さんである。まったく尻尾亭の旦那さんは最高だぜ、そう声高に宣言する次第だ。
たかが芋、されど芋。シンプル故に奥深のが芋という存在だ。
しかし毎日芋では芋食った顔にならないか心配だ。いまだステラの頬はぷっくり丸い訳ではないが……重点注意が必要だろう。
ステは対面で上品に切り割って、一口大にしつつとんでもねぇ速さで食べるシオンを見る。
オイオイオイ、よく噛んで食えよコイツ。そう思って指摘したがちゃんと噛んでいるらしい。
シオンがよくやる訳の分からない技術だ。ニンジャ・フィジビリティが更に高まっていく。実際彼はペースを決して崩さず、オートメーションめいて芋を食べるのだ。
ただずっと見ていると、なんとなくボール運び工場を見るようで秋が来ない。恐るべき食事術である。
なのになぜ誰も注目しないのか、己が芋かじるよりよっぽど興味深いというのに!
この場でステラを見て頬をゆるゆるにする全員に言いたい。叫びたくてたまらなかった。王様の耳はロバだという事実を!
なおロバ耳の王は普通に居るので、例えは全く伝わらない。
唯一視線の異なる看板娘は目が金貨である。
畜生金の亡者め! でもよくオマケくれるので、どちらかと言えば
芋に齧り付いて食事を片付けたあとは、なんとも背伸びがしたくてたまらない。シオンはあまりいい顔をしないが、癖のようなものだ。
ぐぬぬと背伸びして胸がぎゅうと押し出されて注目を浴びる。斜めがけのカバンがさらに強調し、恐るべき幽谷を作り上げている。
目を向けないのは最初から興味の無い者だけで、つまりは一人もいなかった。反応は戦慄したり喉を鳴らしたりと多種多様である。
シオンの目線は唯一『やれやれ』と語っていたが。
何故わざわざ注目を浴びる行動を取るのか。自己分析によるものだが、無意識的に『試し行動』に走っているのでは無いかと推測している。
シオンの反応を否定行動で試しているのだ。
あまり迷惑をかけたくない、だが湧き出るのは言いようのない不安。これを押さえつけると暴走しかねないので、細かくガス抜きに努めているのだ。
「ンじゃあ……昼頃に一度集まるんだね?」
「区切りが良いですし、そうしましょう」
「わかった、じゃあお互い頑張ろうな!」
にへらと笑って両手を掲げる。仕事前の願掛けにハイタッチである。
円陣組むでも良いのだが、2人では丸を作れない。結果的に時間もかからない形として、ハイタッチに収束したというわけだ。
シオンには
「イェーイ!」「イエーイ」
ぺちぱーんと音が打ち鳴らされる。清涼な音が食堂にほんわか空気を作り出した。にへーと笑うステラは、ちゃんと付き合ってくれる少年に気が置けないのだった。
なおハイタッチは後に『拝発ち』なる旅の安全を祈るまじないとして広く知られる事になる。
意味も結束よりつながりを意識するようになり……絵物語で姫と騎士が『拝発ち』するシーンが頻出する事になる。
あまりにシュールな光景にステラの腹筋は消滅しかけるが、今の彼女にそれを知るすべはない。
◇◇◇
今日の『ヴァイセ治療院』も大盛況である。
主に猫で。
閑古鳥が鳴かないのはとても良いことである。ひもじい思いは辛いもんな。
客は猫だ。
なお恣意的に偏向した情報を記載しているが、ヴァイセは街の衛兵にも名が知られるたいへん優秀な薬師である。
そもそも朝っぱらから大繁盛する治療院というのも宜しいものではない。あるとしたらパンデミックか最前線だ。
(それに動物によるアニマルセラピー的な効果があるやもしれん)
昨日よりは少ないが、意外と日当たり良いことに気付いて屯する仔が6匹程いる。
薬草の匂いがきつめなので、大丈夫な仔だけが残ったのだろう。通りかかる明らかな猫好き通行人が鼻の下を伸ばしているようだ。
もちろん嫌いな人や、顔を青褪めさせる者も居る訳だが……比較的好意的に捉えられているようである。
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「
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いくら撫でたくとも、ステラは手にかごを抱えているから無理だった。美しい編み込み模様に収まるのは、ひとっ走り市場で買ってきた
ステラは纏わりつく仔達をうまく避けて、治療院の入り口をノックしてから開く。
「ごめんくださいよー」
「わヒッ!」
丁度出くわしたヴァイセが悲鳴を上げた。
「ヴァイセ医師の悲鳴が何処まで縮まるのか……小生気になりますっ!」
「す、すまん……こう、身にしみた恐怖と言うか……ですね」
「なんていうか、分かるものなの?」
「ええ……まぁ」
うーむと申し訳なさそうに唸る。これは本格的に対策を考えたほうが良いかもしれない。具体的には以前シェルタに聞いた隠蔽の魔法だ。
(でないとヴァイセ医師の心臓が突如止まるかもしれん)
もはや医者の不養生どころではない。
「ところでインテグラさんのお見舞に来たんだけど」
「見舞いですか?」
「ほらマルスを買ってきたんだ~」
色味の良いものを取り出し見せびらかすようにフラフラ揺すると、物珍しそうにステラを見る。
「お見舞って普通はしないものなのかい?」
「そ、そうは言わないが……」
つまり……マルスでは足りぬというのか。仕方ない、ステラは奥の手……でも無いが、カードを切ることにする。斜めがけの鞄から差し出したのは3株の薬草だ。
「これは……アルヒャじゃないか」
「うん、リペルティア集めの時採ったんだけど……それしか集まんなかったからね。放っといても枯らしちゃうし、勿体無いからあげるよ」
せっかくだからと採集したはいいものの、集まりがあまりに悪すぎた。季節もあるが、採取可能な群体があまり無かったのだ。
注意深く見分するヴァイセがピクリと眉を動かし、真剣な面持ちでステラを見る。
「……これもアンタが?」
「ん、何か問題がありそう? 注意点が在るなら教えて欲しい」
「問題ない。いや、なさすぎるのか……? 何にせよ使わせてもらおう」
手の3株をひもでくくり、壁際の1角に吊るすと、丁度奥から静かにフドウがやって来た。もはや眠そう等と誰が言えるのか、尻尾をふりふりとステラを見上げた。
「な゛ぉぉ~」
「にゃーん! よかったな~!」
しゃがんで顎をこしょこしょすれば、な゛ぁーんと気持ち良さげな声が帰る。
「良かったな、ヴァイセ医師!」
「は、い? 一体何が……?」
「『御主人を助けてくれてありがとう』だってさ」
一瞬何を言われたか分からず、フドウをもて遊ぶステラを3度見直してから、絞り出すように問いかける。
「猫が……?」
「猫が!」
「な゛ぁおぉ〜」
むっふふと笑うステラに併せて鳴くものだから、ヴァイセも驚いてフドウを見た。あまりにまじまじ見るものだから、猫目が細まり『何やワレ』と睨んだ。
フドウはむぷーと鼻を鳴らすと、くるりと身を翻して奥へと入っていく。
「早く行こうだってさ」
「は、はぁ……」
ステラもトテトテ歩く彼に付いて歩くと、首を傾げ戸惑うヴァイセも彼女に続いた。
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